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オランジュリー美術館コレクション展(2019年)

「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」と題したオランジュリー美術館コレクション展(より正確には、ジャン・ヴァルテル&ポール・ギョームコレクション)が横浜美術館で開催されています(2019.9.21~20.1.13)。パリ、オランジュリー美術館は現在、改装中、この間、横浜美術館開館30周年記念として借り受け開催されている美術展。モネの『睡蓮』は観られないものの、パリに行かずしてオランジュリー美術館所蔵の印象派とエコール・ド・パリの作品を一気に鑑賞できます。行って良かった美術展の一つ。以下、メモ。
①クロード・モネ《アルジャントゥイユ》(1875年)
印象派の絵画を象徴するかのような光り輝くヨットハーバーの風景画でした。
アルジャントゥイユはパリの北西約10kmのセーヌ河沿いにある町。シスレー、ルノワールなどの印象派の画家が集まった場所として知られる。
②ルノワール《ピアノを弾く少女たち》(1892年頃)
モネらしい、ルノワールらしい絵が観たい。この美術展ではそんな期待に応えてくれる。もちろんルソーにおいても、マティス、ピカソ、モディリアーニにおいても同じような満足感が得られる。
③アンリ・ルソー《人形を持つ子ども》(1892年頃)
現実には取り得ない姿勢ですがこれがまた違和感なく見せるところが素晴らしい。
写真はあるものをその通りに写す。絵画は対象物に潜む美を表現して初めて人を引き付ける。
《婚礼》(1905年頃)葉っぱ一枚一枚が描かれファンタジックな世界に引き込んでくれる。花嫁の足元が不確かなことから宙に浮いた花嫁とも言われるがそれがまた観る者を引き付ける。
《ジュニエ爺さんの二輪馬車》(1908年)右下に描かれた小さな犬がこの絵の構図に安定感をもたらしている。やはり描くものに無駄がないということだろう。
④マティス《赤いキュロットのオダリスク》(1924-25年頃)
部分部分は原色系の個性的な色だが全体としてみれば色が調和している。
⑤ピカソ《大きな静物画》(1917-18年)
キュビズムを象徴するような絵画。どこから見た構図なのか。でもこれはこれで全体として調和しているから不思議だ。一方《泉のほとりの女たち》(1921年)を観ればこれがピカソの絵かと思わせる。キュビズム以降の画風とまで位置付けていいのかどうか分からないが静かな絵であった。
⑥モディリアーニ《アントニア》(1915年頃)
首が長く、いかにもモディリアーニらしい。
⑦キース・ヴァン・ドンゲン《ポール・ギョームの肖像》(1930年頃)
画商・コレクターであったポール・ギョーム(1891-1934)の肖像画。モディリアーニ《新しき水先案内人ポール・ギョームの肖像》(1915年)、アンドレ・ドラン《大きな帽子を被るポール・ギョーム夫人の肖像画》(1928-29)、マリー・ローランサン《ポール・ギョーム夫人の肖像》(1924-28年頃)と併せてみるのが良いだろう。謎多き夫人ではあったがギョームの死後、彼が収集した絵画をオランジュリー美術館に売却したことで今日、こうした絵画が鑑賞できている。
⑧アンドレ・ドラン《アルルカンとピエロ》(1924年頃)
ドランの代表作の一つ。
⑨ユトリロ《サンピエール教会》(1914年)
ユトリロらしくどこか哀愁ただよう風景。
➉シャイム・スティーン《風景》(1922-23頃)
余りに現実の風景から変形してあってこれは風景といえるのかと首を傾げたくなる。しかしこれは素人考え。スティーンはすべての画家がそうであるように対象物に潜む美、エネルギー、空気感などを表現すべく、しかもほかの画家とは違う表現をもって表現しようと挑戦した結果たどり着いた画風なのだろう。この絵の場合、自然の持つ動的エネルギーを表現したかったのだろう。

(参考展示)ポール・ギョームの邸宅(フオッシュ通り22番地、1930年頃)ミニチュア展示
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 ポール・ギョームの書斎
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 ポール・ギヨームの食堂

参考:横浜美術館ウェブサイト
 
by bonjinan | 2019-10-20 18:51 | 文化・歴史

横浜、ブリキのおもちゃ博物館 sanpo

暑かった夏が終わり。散歩にはよい季節になってきました。横浜山手を歩いてきました。
何度も歩いている横浜山手ですが初めて「ブリキのおもちゃ博物館」に入りました。
ブリキ玩具を通して古き良き時代の日本に思いを馳せることができました。
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目に留まった案内板(元町公園前の山手聖公会前)
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ブリキのおもちゃ博物館館内
同館は北原照久氏が精力的に収集したブリキ玩具をもとに1986年、開館した博物館。
写真はブリキ玩具ショップ。最近はほとんどプラスチックに代ってしまいブリキ玩具を作る
会社もほとんど無くなってしまったという。
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展示物は1950年代の物が多い。
形といい色合いといいレトロな感じだが、手作り感が愛情、幸せをも感じさせる。
当時、外国の子供たちを喜ばせただけでなく、日本は外貨(1$=360円)を稼ぐことができた。
教科書や書籍では感じ取れない歴史の生き証人としてのブリキ玩具たちであった。

場所:横浜市中区山手町239
最寄り駅:みなとみらい線「元町中華街駅」
by bonjinan | 2019-09-15 22:24 | 旅、散歩

十五夜の飾り@山手234番館

偶然入った横浜山手234番館。十五夜の飾りつけを観ることできました。今年の十五夜(陰暦の8月15日の夜)は9月13日だったとのこと。改めてもう秋だと気づかされました。
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山手234番館の飾りとテーブルセッティング
十五夜の月は中秋の名月とも言われ1年で最も美しいとされる。名家、伝統美を追求する旅館、料亭では美しい月をより美しく観るための工夫と飾りつけをする。西洋館の飾りはもちろん純和風というわけにはいかないがさりげない飾りにセンスの良さを感じました。マントルピースの上の月夜を模した小さな掛け軸にススキ、月見だんごを供えた飾り付け。くすんだ銀鏡で表す月は幽玄の世界すら感じるものでした。うさぎを模した行燈は子供たちに喜ばれそうです。
by bonjinan | 2019-09-15 20:17 | 旅、散歩

横浜、正覚寺の紫陽花、花菖蒲

原稿を誤って消去してしまいました。
Woman excite 旅と散歩での掲題記事をご覧ください。
by bonjinan | 2019-06-11 15:21 | 旅、散歩

山手イタリア山庭園 sanpo

  風薫る五月。どこからともなく新緑、ツツジなどの香りが漂ってきます。 
  バラ鑑賞で賑わう港の見える丘公園を避け山手イタリア山庭園へ行ってきました。
  爽やかな五月の風景を静かな雰囲気の中で楽しむことができました。
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  イタリア山庭園
  明治時代にイタリア領事館がおかれたことから「イタリア山」と呼ばれている。
  庭園は花壇を幾何学的に配置したイタリア式庭園。
  南側の建物(写真右上)は「外交官の家」と呼ばれる。
  明治政府の外交官・内田定槌邸(アメリカ人建築家J.M.ガーディナー設計)として1910年、
  東京渋谷区南平台に建てられたもの。1997年に横浜に移築され同年、国の重要文化財に
  指定されている。(パンフより抜粋)
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  外交官の館から見る庭園
  眺望の良い高台にあり、みなとみらい21地区などが望める。

  参考:横浜山手西洋館公式ホームページ

 補足:イタリア式庭園、フランス式庭園
 ともに幾何学式庭園であることは共通している。
 違いはイタリア式が露檀式(テラス式)式と呼ばれるように斜面を利用した上段テラス中央
 に建物を配置する形式で14世紀から16世紀にかけ別荘の庭園としてして発達した。
 一方、フランス式庭園は平坦で広大な敷地に軸線を設定して左右対称性、植栽の人工的整形
 などを特徴とする平面幾何学式庭園を指す。17世紀から18世紀にかけフランスで発達した。
 イギリス式庭園については、これらとは異なり自然の景観美を追求し、広大な苑池などから
 構成される。(Wikipediaより抜粋)
by bonjinan | 2019-05-09 09:58 | 旅、散歩

早春の横浜山手(3月中旬) sanpo

  横浜山手を歩いてきました。
  モクレン、サクラ、アネモネなど春を代表する花々を楽しむことができました。
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  シモクレン @横浜地方気象台前の山手本通り
  山手本通りを華やかに飾っていました。
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  オオシマザクラ @山手資料館
  開花がやや早いような気がしますが葉っぱも一緒についており大島桜です。
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  ヤマザクラ @岩崎博物館
  オオシマザクラと同じように花と葉が一緒に開いています。
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  コブシ @港の見える丘公園、大佛次郎記念館付近
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  港の見える丘公園、イングリッシュローズの庭
  バラ園に季節の草花が植えこまれたことで1年中花を楽しめるようになりました。
  ルピナス、アネモネ、デルフィニウム、エレモフィラなどたくさん咲いています。
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  アネモネ:キンポウゲ科
  どの花見てもきれいなのですがアネモネもきれいでした。
  アネモネの後ろは銀白色の毛に覆われた葉が特徴のエレモフィラ。
  いずれも早春を代表する草花。
  以上、横浜山手の春の風景でした。 
by bonjinan | 2019-03-19 18:34 | 旅、散歩

称名寺&金沢文庫

 何十年ぶりかで称名寺と金沢文庫(横浜市)を訪ねた。
 称名寺(真言律宗)は金沢北条氏の祖、北条実時(1224-76)が開基した一族の菩提寺。
 金沢文庫は実時が邸宅に造った文庫。鎌倉時代の政治、文学、宗教などに関する和漢の
 書籍、手紙、絵画を多数収蔵している。

 <称名寺>
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 そり橋越しに望む金堂。
 惣門(赤門)から境内に入ると仁王門がありこのそり橋につながる。
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 金堂と釈迦堂(写真右側)。
 最盛時には七堂伽藍を有する大寺院だったが、鎌倉幕府滅亡(1333年)とともに称名寺、
 金沢北条氏は衰退した。現在見る惣門、仁王門、金堂、釈迦堂は江戸時代に再建された
 ものではあるが風雨にさらされた建物には歴史を感じる。
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 阿字ケ池を中心とする浄土式庭園。
 1320年に造られたものが発掘調査を経て1987年に再建されている。
 前出のそり橋は浄土への道筋に変化と美しさを添えるためだろう。

 <神奈川県立金沢文庫>
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 称名寺の隣が金沢文庫。特別展「顕われた神々−中世の霊場と唱導−」(2018.11-16
 ~19.1.14)が開催されていました。入館するや引き付けられたのは、「十一面観音立像」
 (平安時代、小田原文化財団蔵、前田青邨、白洲正子旧蔵)。
 眼を閉じているようでも観ていてくださり、私たちの声(音)を聞いてくださっている
 ような、まさに観音様を具現化したような魅力あるお姿でした。
 絵画(掛け軸)では、伊勢参詣曼荼羅、春日鹿曼荼羅など中世宗教界を垣間見ることが
 できました。
 
 詳細:神奈川県立金沢文庫ホームページ
by bonjinan | 2019-01-09 17:55 | 旅、散歩

鎌倉、長寿寺

  北鎌倉、建長寺の近くに「長寿寺」という魅力ある名前の寺院がある。
  余りの紅葉の美しさに境内を覗かせていただいた。
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  春と夏の特別な期間を除いては非公開。
  春(4~6月)、秋(10~11月)の週末(金~日)限定で公開。
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  東門から望む境内の紅葉。
  鎌倉には珍しい華やかな境内でした。
by bonjinan | 2018-12-08 19:36 | 旅、散歩

紅葉@明月院(2018)

  鎌倉、明月院の紅葉を楽しんできました。
 「アジサイ寺」として知られる明月院ですが、今は紅葉の見ごろ。
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  本堂の丸窓越しに望む本堂裏庭庭園の紅葉
  アジサイの咲くころには丸窓から花菖蒲を楽しみ、今はモミジの紅葉を楽しむ。
  じっと眺めていたくなる風景。
by bonjinan | 2018-12-08 18:43 | 旅、散歩

鎌倉、英勝寺

  鎌倉扇ガ谷の英勝寺を訪ねた。
  もと太田道灌の屋敷跡に、道灌から数えて4代目の娘、お八(後のお梶、お勝、英勝院)
  が創建した寺院(1636年)。鎌倉唯一の尼寺。浄土宗の寺院。
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  仏殿。本尊は阿弥陀三尊。
  裳階(もこし)と呼ばれる二重屋根、花頭窓(かとう)は典型的な禅宗様式。
  創建以来、一度も火災に遭っていないとのこと。歴史を感じる建物です。
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  竹林からみる書院、紅葉
  鎌倉で竹の寺といえば報国寺ですが英勝寺の竹林も見事。
  江戸初期にタイムスリップした感の鎌倉の秋を楽しむことができました。
  なお英勝寺は鶴岡八幡宮からも比較的近く、撮影スポットとなっているようです。

  参考:英勝院のこと
  英勝院(1578-1642)は、徳川家康の側室、水戸徳川家初代頼房の継母。
  関ケ原の戦い、大阪の役には男装し騎馬に乗り家康に同行した。
  関ケ原で勝利した際にはそれを祝い、お梶を改め、お勝と改名された。
  聡明さを表す有名な逸話として「食べ物のうちで、一番うまいもの、一番不味い
  ものはどんなものか」と問われ、「それは塩です」と答え、料理には適量という
  ものがある、物事はやりようだとの心を伝え、家康と家臣を感服させたという。
  家康の死後は出家して英勝院と号した。江戸出身。
by bonjinan | 2018-12-08 17:47 | 旅、散歩