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伊豆の国パノラマパーク

  伊豆長岡温泉(伊豆の国市)に宿泊。
  天気が良かったのでロープウエイで葛城山山頂(標高452m)へ。
  伊豆の国パノラマパークからの絶景を楽しみました。  
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  展望テラスから望む富士山、駿河湾。
  富士山麓に三島市、駿河湾沿いに沼津市街、富士市がつながる。
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  南側には、遠くに天城山、狩野川沿いに大仁町が広がる。
  ところで伊豆の国市のこと。
  2005年、伊豆長岡町、大仁町、韮山町が合併して誕生している。
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  山頂公園(空中公園)は、春は桜、新緑、秋には紅葉が楽しめる。
  冬の今は蝋梅が見ごろ。良いにおいを漂わせていました。
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  ロープウエイ山麓駅(標高31m)に飾られたつるし雛、雛飾り。
  春を感じさせる風景。

  参考:伊豆の国パノラマパーク、ホームページ
by bonjinan | 2017-01-24 10:34 | 旅、散歩

会津、大内宿

会津と日光を結ぶ下野街道(会津西街道とも)の宿場町として栄えた大内宿を歩いてきました。
茅葺屋根の家屋がつながり江戸時代にタイムスリップしたような感じ。宿場町は街道に沿って約450m続く。中山道の海野宿、奈良井宿、妻籠宿同様、国選定重要伝統建物群保存地区。
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大内宿北側の見晴台から眺める宿場の風景
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秋の気配の宿場町。蕎麦屋さん、民芸屋さんが並ぶ。
蕎麦にまつわる話としては、信州高遠藩育ちの保科正之が会津藩主になって以来(1643年~)、殿様が好んだと言われる大根おろしそばをここでは「高遠そば」と言っていること。特に有名なメニューは、長ネギを薬味と箸代りとする「ネギそば」が有名。ところで会津は蕎麦の産地でもある。あちこちに蕎麦畑があり、今、白い蕎麦の花が咲いている。秋そばの季節もまじか。
民芸品については、どこでも売られているような土産ではなく、現地産、手作りが特徴。すべてが江戸時代のようである。なお宿場の中ほどには本陣跡の大内宿町並み展示館があり当時の生活用品などが展示されている。

参考:大内宿観光協会ホームページ
by bonjinan | 2016-09-13 16:08 | 旅、散歩

裏磐梯、五色沼

裏磐梯と呼ばれる地域には磐梯山頂北側での水蒸気爆発による山体崩壊(1888年)でできた堰止湖である桧原湖、小野川湖、秋元湖と五色沼と呼ばれる湖沼群が点在する。その五色沼湖沼群の一つ毘沙門沼に立ち寄った。
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毘沙門沼と山体崩壊した磐梯山
毘沙門沼は五色沼自然探勝路の西側の入口にあり、探勝路は桧原湖付近まで続く。
磐梯山(1816m)は南側(猪苗代湖側)からみると富士山型の美しい山だが北側は崩壊している。写真では雲に覆われた部分が概ね崩壊した部分。
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自然探勝路をしばらく歩いた毘沙門沼の浅瀬
五色沼の由来は名前の通り、沼により、水質により、また天候により微妙に色が違って見えることから名付けられている。同じ毘沙門沼でも場所により緑がかった青色をしていた。探勝路には、日々変わる水面の色の変化、四季の変化に魅せられて何回もきているという方がおられた。
by bonjinan | 2016-09-13 15:45 | 旅、散歩

苗木城@岐阜、中津川

  岐阜県中津川市にある山城・苗木城跡(別名、赤壁城、霞ヶ城)に登ってきました。
  苗木城は苗木藩遠山氏の居城。苗木藩は小藩ながら幕末まで続いた。
  幕末期に1万石で城持ちの藩は苗木藩だけだった。
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  山城の城内下から望む城山山頂(432m)の本丸・天守展望台。
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  本丸下から望む天守展望台。
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  自然石と人口の石垣の上に柱を立てその上に天守があった(懸造り)。
  天守閣の壁は漆喰ではなく、赤土だったことから赤壁城とも言われた。
  竜が白い色を嫌い白壁にしても息を吹きかけすぐ落としてしまうとの伝説がある。
  実際には経済的に余裕がなかったからとも言われている。
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  二の丸から眼下に望む三の丸・大矢倉。高低差のある城郭であることが知れる。
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  眼下に望む木曽川、中津川市街、遠方に恵那山(2191m)。
  木曽川から天守閣までの高低差は170mある。

  参考:中津川市苗木遠山史料館ホームページ
by bonjinan | 2016-07-24 10:09 | 旅、散歩

木曽路、馬籠宿

  木曽路、馬籠宿(2005年~、岐阜県中津川市)を歩いてきました。
  馬籠宿は、中山道69次、江戸から43番目、木曽11宿の一番南の宿場町。
  宿場町は坂道沿いに約600m続く。
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  馬籠宿から望む恵那山方向の風景。
  かつて馬籠宿生れの島崎藤村は『夜明け前』序の章で「木曾路はすべて山の中である」
  と書きだした。京都から来れば、馬籠からが木曽路、本格的な山道となる。
  以下、馬籠宿の南側から振り返ってみようと思う。
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  桝形:街道は直角に二度折り曲がっている。城郭建築と同じ。
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  古い町並みは石畳と桝形以外はすべて大火で消失。今風の姿で街を復活している。
  木曽名物「五平餅」、信州名物「やきもち」など味わった。
  最近は外人観光客も多く、お店には簡単な日本語英語対応表が貼られていた。
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  宿場町の真ん中にある馬籠宿本陣跡「藤村記念館」前。
  島崎藤村(1872-1943)は馬籠宿の旧本陣に生れ上京するまで過ごした。
  記念館には藤村の作品、原稿などが展示されている。
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  本陣隠居所:藤村は少年時代、国学者でもあった父からここで教育を受けたという。
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  中津川の方向を振り返ってみると、やはり坂道である。

  参考:馬籠観光協会ホームページ


by bonjinan | 2016-07-23 18:22 | 旅、散歩

赤沢自然休養林散策

 赤沢自然休養林(長野県木曽郡上松町)で森林浴してきました。
 木曽ヒノキの林間にはフィトンチッドたっぷり。森林セラピー基地ともなっている。
 赤沢美林には8つの散策コースがあり、ふれあいの道(約1.4Km)は車いすでも移動可能。
 段差をなくし、全線を橋と舗装路に整備されている。このふれあいの道を散策しました。
 ※フィトンチッド:森林が発散する揮発性物質。森林の香り。
 ※森林セラピー:癒し効果が科学的に検証された森林浴効果。
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 赤沢森林鉄道:かつては切り出した木材を運んでいたが1987年に観光用として復活。
 ふれあいの道の起点と終点間1.1Kmを結んでいる。往路を乗車しました。
 乗車すると、ヒノキの板に印刷された記念乗車券がもらえる。 
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  ふれあいの道、橋の上から見る道川の流れ。
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  こんな感じでのんびりと散策。
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  木曽ヒノキは乱伐され荒廃した時期もあったが尾張藩が「ヒノキ1本、首ひとつ」と保護
  して後、樹齢300年を超えるヒノキが残ったという。
  右に見える木の名前は?また何年経ったものなのだろうか。
  (参考)木曽五木
  ヒノキ、サワラ、ネズコ、アスナロ(以上、ヒノキ科)、コウヤマキ(コウヤマキ科)
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  ふれあいの道の起点、赤沢橋付近。
  付近には森林交流センター、森林資料館、森林鉄道記念館、セラピー体験館などあり。
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  かつて活躍した蒸気機関車「ボールドウイン号」が静態保存されています。

  参考:上松町観光協会ホームページ
by bonjinan | 2016-07-23 10:44 | 旅、散歩

木曽路、奈良井宿

 中山道木曽路11宿の江戸側から2番目、奈良井宿(長野県塩尻市)を歩いてきました。
 11宿の中で最も標高が高く約930m、奈良井川沿いに約1kmにわたって続く。
 かつては「奈良井千軒」と謳われ、木曽路一番の賑わいだったという。
 今も江戸時代の街並みがよく残されており、文科省選定、重要伝統的建造物群保存地区。

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  ↑ 張り出した軒先が特徴的な街並み。
  奈良井宿の京都側(写真の行く手)には難所、鳥居峠1197mが控えている。
  なお鳥居峠は日本海側と太平洋側のほぼ分水嶺。
  奈良井宿沿いの奈良井川は信濃川水系で日本海に流れている。
  街道のほぼ中間の大宝寺にはよくある子育て地蔵に似せたマリア地蔵尊がある。

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  ↑ 典型的な町屋の造りの「元櫛問屋、中村邸」
  間口が狭く、奥行きが深い。正面のくぐり戸、蔀、鎧庇、格子が典型的造り。

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  ↑ 町屋の1階正面の蔀(しとみ)は組み立て式で全開もでき、商品を陳列できた。
  蔀越しに向かいの建物の千本格子、鎧庇(よろいひさし)も美しい。

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  ↑ 商家の店先。木曽の名物胃腸薬「百草丸」が今でも販売されている。
  木曽は木材の産地。曲げ物、櫛、漆器などの産地でもあり土産屋さんが多数あり。
  ところで「百草丸」もキハダ(ミカン科)の内皮から抽出されるオウバクエキスを主成分
  としているから広い意味では木材製品とも言える。

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  ↑ 宿場に何か所かある「水場」。
  旅人の喉を潤し、世間話の場にもなったのだろう。

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  ↑ 城下町と同じく、通りは一直線ではなく「鍵の手」部分がある。

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  ↑ 宿場の入り口の「高札場」 
  幕府、奉行などからの命令、禁令などが掲げられた。
  復元品ながら江戸時代の雰囲気がある。

  参考(場所等):奈良井宿観光協会ホームページ
by bonjinan | 2016-07-22 09:59 | 旅、散歩

大阪城

  NHK大河ドラマ「真田丸」の舞台、大阪城を訪ねた。
  JR宮の森駅からかなり歩く。その広さを改めて知りました。
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  大阪城天守閣
  現在ある天守閣は三代目
 (豊臣時代)1583年、石山本願寺跡に築城。1615年大阪夏の陣で落城。
 (徳川時代)徳川2代将軍・秀忠の命により、1620年から10年の歳月をかけ再建。
  特筆すべきは徳川時代の城は豊臣時代の城に盛り土し天守閣が立てられたこと。
  以来幕府直轄の城となった。1665年、落雷により焼失。以後、天守閣なき城だった。
 (現在の天守閣)1931年、市民の熱意、寄付により復興。
  1995年から97年にかけ耐震化を兼ね平成の大改修が行われている。
  外観は4層までは徳川時代風の白漆喰壁、5層目は黒塗に金箔で豊臣時代風の折衷様式。
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  桜門石垣
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  大阪城一の巨大な石垣。桜門をくぐった正面にあり。
  左側に蛸のようなシミがあるので通称「蛸石」
  高さ5.5m、幅11.7mの花崗岩で約130トンと推定されている。
  ギザの大ピラミッド内部の石でさえ約80トンと言われるからいかに巨大かがわかる。
  この巨岩の隣に、大阪城第三位の大きさの「袖ふり石」がある。
  いづれも岡山藩主・池田忠雄が備前・犬島から採石し寄進したもの。
  石垣の多くは徳川幕府の天下普請により再築されたものという。
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  大阪城公園市民の森
  真夏のような暑さの中での大阪城見学。緑豊かな公園に戻りほっとしました。

  参考:大阪城天守閣公式ホームページ
by bonjinan | 2016-05-25 15:16 | 旅、散歩

大阪、四天王寺

  何度も行っている大阪ですが四天王寺を初めて訪ねた。  
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  石の鳥居
  門柱に「大日本仏法最初四天王寺」とあり。
  四天王寺は593年、聖徳太子により創建された最初の官寺。
  物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が、
  戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立しこの世のすべての人々を
  救済すると誓い、勝利の後、建立したと伝えられている。
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  回廊からみる金堂
  本尊・救世観音菩薩とその四方に四天王像(持国天、増長天、広目天、多聞天)
  を祀っている。伽藍配置は回廊の中に中門、五重塔、金堂、講堂が一直線に並び
  四天王寺式と呼ばれる。
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  六時礼賛堂
  昼夜6回にわたって諸礼賛をするところからこの名がつけられている。
  ほとんどの建造物は台風や戦火により壊れ再建されているが、六時礼賛堂は
  1615~23年に再建された建物。
  境内では毎月21日弘法大師の縁日、22日聖徳太子の縁日が開かれ賑わうという。

  場所:地下鉄、JR天王寺駅、近鉄・阿倍野駅から徒歩圏
by bonjinan | 2016-05-25 14:50 | 旅、散歩

道頓堀

  いつも賑やか、大阪・道頓堀界隈を歩いた。
  最近は外国人観光客が増え、ますます賑やか。
  ある店員さん曰く「エネルギッシュな中国のお客さんがたくさん来ると
  元気な浪速っ子の自分でも気持ちが負けそうになる」。
  元気なくしては過ごせない町だ。
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  道頓堀の風景
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  法善寺の不動明王。通称;水掛不動(西向不動尊とも)
  庶民の祈りの場、いつも水をかけられコケも青々している。
  ところで千日前のこと。かつて法善寺は千日念仏を行ったことから千日寺とも
  呼ばれ、その門前は千日前と言われるようになった。
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  くいだおれ太郎。通天閣のビリケンさんと並んで浪速のマスコット。
by bonjinan | 2016-05-25 11:35 | 旅、散歩