AREKORE

bonjinan.exblog.jp
ブログトップ

タグ:国内 ( 104 ) タグの人気記事

御射鹿池 sanpo

  長野県茅野市、奥蓼科高原に「御射鹿池(みしゃかいけ)」というため池がある。
  農業用水用のため池ですが美しい風景であることから、絵画のモチーフとされたり、
  CMの背景としても使われている。初めて行きました。
c0192215_10425790.jpg

  御射鹿池。
  言われている通り、透明度が高く、木々の緑を美しく反射させていました。
  高透明度については、鉱泉を含むことから酸性で魚が棲まないからという。
  また美しい緑の反射は、湖底に酸性水を好む緑のコケが繁茂しているためとのこと。
  ところで御射鹿池の下には横谷峡があり流量豊富な渋川が流れているのになぜため池がと不思
  議に思えますが、標高が1500mを越え水が冷たく、そのままでは農業用水としては使えなく、
  一時的に滞留させ温めるために造られたという。昔の人の工夫に驚きました。
c0192215_1125954.jpg

  絵画やCMに採用されている構図(確かこんな感じでは・・・)
  東山魁夷画伯は「緑響く」(1982年)で池の向こう岸に白馬を配して幻想的な風景を描
  いた。絵のように美しい風景をしっかり撮るには天気が良く風のない朝が良いという。
c0192215_1116185.jpg

  おしどり隠しの滝
  御射鹿池から歩いて15分位のところにある渋川沿いの滝の一つ、おしどり隠しの滝がある。
  この川の特徴は、水が酸性であることから川底や周辺の石に酸性を好むコケが繁茂している
  こと、また滝の周辺はマイナスイオンが他の渓流と比べ桁違いに多いことだという。
  御射鹿池と併せてみるのが良いだろう。但し坂道なので無理をせず御射鹿池をじっくり堪能
  するのも良いと思います。
  参考1:奥蓼科観光協会ホームページ
  参考2:美しく景色を映す池は全国にあると思います。長野県では戸隠高原の鏡池も有名。  
[PR]
by bonjinan | 2018-08-30 17:49 | 旅、散歩 | Trackback

秋の訪れ@白樺湖 sanpo

  白樺湖(長野県茅野市)の花畑を歩いてきました。
  コスモスが咲き秋の訪れを感じさせます。
  白樺湖の湖面標高は1,416m。
c0192215_8231185.jpg

  ライムグリーンアカシアの丘
  景色が全体として丘の名前に相応しく黄緑色に見える。
  黄金アカシアの黄緑が特徴づけているのかも知れない。
  写真手前から、コスモス、黄金アカシアの木(ニセアカシア)、その先に白樺湖。
c0192215_832674.jpg

  ニッコウキスゲ(7月)、ユリ(8月)が咲き終わり今はフロックスが中心。
  もう少し経つと黄金アカシアが名前の通り黄金色に輝く。
[PR]
by bonjinan | 2018-08-30 09:05 | 旅、散歩 | Trackback

日光山内の風景

  何十年かぶりに日光に行ってきました。
  日光山内(日光東照宮、二荒山神社、日光輪王寺のある一帯)の風景です。
  山内(さんない)は広大で観るべきものが多いことに改めて驚きます。
  参拝順は輪王寺(三仏堂)、東照宮、二荒山神社、輪王寺(大猷院)の順。
c0192215_1717156.jpg

  表参道
  日光山内は標高約630m。東京スカイツリーの高さに相当する。

  <日光輪王寺>
c0192215_1758783.jpg

  日光輪王寺、本堂(三仏堂)
  建物は平成の大修理中。但し堂内では、修理され金色に輝く本尊(阿弥陀如来像、
  千手観音像、馬頭観音像)をまじかに拝むことができる(2018年3月26日~ )。

  <日光東照宮>
c0192215_187199.jpg

  東照宮境内
  石段の先に陽明門、両脇の左に鼓楼、右に鐘楼。
  鼓楼の左には薬師堂があり鳴き龍を聞くことができました。
  かの有名な三猿は表門近く神厩舎の上押上に彫られている。
c0192215_1814338.jpg

  陽明門(国宝) 別名:日暮らし門
  2017年3月、昭和の大修理以来44年ぶりの修理を終え輝きを取り戻した。
  扁額には徳川家康の勅諡号「東照大権現」と書かれている。
  陽明門では逆さ柱もみることができる。
c0192215_18381279.jpg

  唐門(国宝)
  胡粉で塗らた彫刻が見事。
  中国の神話の世界に登場し民衆から慕われたという舜帝などが彫られている。
  ただし説明を受けないと分からない。  
c0192215_19294147.jpg

  左甚五郎作と伝わる「眠り猫」(国宝)
  奥宮に向かう入口にあり。
  牡丹の花に囲まれ日の光りを浴び、うたたねをしている。日光に因んで彫られたという。
  ただうたたねをしている様でもあるがいざという時に備えている様にも見える。
  反対側には雀が彫られ、平和な世の中を表しているとされる。

  <二荒山神社>
c0192215_1959531.jpg

  本社拝殿。手前は茅の輪。

   <輪王寺大猷院>
  徳川三代将軍、家光公の廟所。
  入口の仁王門から拝殿に至る石段は天上界に上るような雰囲気。
  石段がきつくさすがに参拝者は少ない。
c0192215_20222398.jpg

  仁王門(正面)
  手前左側に、比叡山(西塔)に倣った常行堂、法華堂
c0192215_20254570.jpg

  二天門
  世界遺産日光の境内で一番大きな門。
  急な石段が軽い気持ちでは上るなとプレッシャーをかける。
c0192215_20261437.jpg

  石段の途中から見下ろすに二天門
  まさに天界にきた感じ。
  さらに進むと夜叉門、唐門、拝殿に至る。
  夜叉門では膝小僧の語源となったとする4体の夜叉の一つ「烏摩勒伽(うまろきゃ)」
  (青い色の像)の膝についている白い象をみることができる。
  拝殿で拝み、日光山内の拝観を終わりにした。
[PR]
by bonjinan | 2018-07-08 17:20 | 旅、散歩 | Trackback

比叡山延暦寺三塔巡拝

 比叡山延暦寺三塔(東塔、西塔、横川)を巡拝してきました。
 延暦寺は伝教大師最澄が草庵を結んで以来、多くの高僧、開祖を輩出してきた名刹中の名刹。
 法然、親鸞、一遍、道元、栄西、日蓮などそれぞれ天台宗から独立し新たな宗派を開いた。
c0192215_19553976.jpg

  ケーブル延暦寺駅(標高638m)から東塔へ
c0192215_19585479.jpg

  霧が立ち込める境内は聖地であることを改めて認識させるものでした。
  長谷川等伯「松林図屏風」(国宝)にも似た杉林の幻想的な風景でもあった。

  <東塔>
  比叡山延暦寺三塔の中心。延暦寺発祥の地。
c0192215_2041635.jpg

  文殊楼から望む根本中堂(比叡山の総本堂、国宝)
  根本中堂は宗祖伝教大師が788年に一乗止観院として創建したのが始まり。
  本尊は大師が自ら刻んだと言われる”薬師如来(秘仏)”がまつられ、宝前には開創以来の
  ”不滅の法灯”が1200年の時を越えて輝き続けている。
  現在、根本中堂は2016年から約10年間の予定で改修中。
c0192215_22231777.jpg

  霧の中、凛として建つ前出の文殊堂
  ほか大講堂、戒壇院、阿弥陀堂、東塔に参拝。

  <西塔>
  東塔より北に1km、釈迦堂を中心に諸堂が点在。
c0192215_21131814.jpg
  
  釈迦堂
  本尊は伝教大師御自作の釈迦牟尼如来立像。
c0192215_21163098.jpg
 
  常行堂(写真右)と法華堂(左)、通称、弁慶のにない堂。
 
  <横川、よかわ>
  西塔からさらに北へ4km、昔日の面影を今に残す聖地。
  平安の昔から文学作品の舞台ともなっている。『源氏物語』に登場する「横川の僧都」は
  架空の人物だが、985年『往生要集』を著した恵心僧都源信がモデルとされる。
  横川で出家したとされる吉田兼好は『徒然草』238段で「三塔巡礼の事侍りしに、横川の
  常行堂の中、龍華院と書ける、古き額あり。」と記している(龍華院は四季講堂の別名)。
  古典を材料とした芥川龍之介『邪宗門』などにも横川の僧都は登場する。
c0192215_2273030.jpg

  巡拝受付を過ぎるとこれまた霊気漂う霊場の雰囲気。
c0192215_22134663.jpg

  横川中堂。横川の中心となる御堂。
  848年慈覚大師円仁によって開創された。本尊は聖観世音菩薩立像。
c0192215_22253866.jpg

  横川域内に点在する西国三十三ヶ所石仏の一つ。
c0192215_2234824.jpg

  四季講堂、或いは元三大師堂(がんざんだいしどう)
  ここを住房とした慈恵大師良源は延暦寺中興の祖、一般には元三大師として知られる。
  中世以降、厄除け大師、角大師、豆大師など様々な別称があり、広く信仰を集めている。
  前出の源信は良源に師事したことでも知られる。
  また全国あちこちの社寺でみられる「おみくじ」の創始者は良源だという。

 参考:延暦寺ホームページ

 参考:天台宗の本尊
 (東塔)根本中堂の本尊は「秘仏薬師如来像」、(西塔)釈迦堂は「釈迦如来像」、
 (横川)横川中堂は「聖観音立像」。さてどう解釈したら良いのか調べてみました。
 「現在も未来も人々を救いとるという「久遠実成の釈迦牟尼仏を本尊とする。したがって、
  その働きの属性を象徴した薬師如来や観音菩薩などあらゆる諸仏、諸菩薩をまつっている」
 (松濤弘道『仏教のわかる小辞典』PHP新書)
 
[PR]
by bonjinan | 2018-06-03 08:20 | 旅、散歩 | Trackback

新緑のグラバー園

  春の長崎・グラバー園を歩いてきました。
c0192215_9274979.jpg

  旧グラバー住宅(2015年、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」)
  英スコットランド出身貿易商・トーマス・ブレーク・グラバー氏邸宅
  1863年建築、日本最古の木造洋風建築。
c0192215_9281629.jpg

  ベランダで囲まれたバンガロー風の開放的建物。
  眼下に長崎港を望める。幕末の志士たちもここを訪れたのだろう。
  屋根裏には志士を匿う隠し部屋が設けられていた。
c0192215_9473230.jpg

  三浦環像前グラバーカフェの新緑
  写真の先に旧リンガー住宅。
c0192215_9514196.jpg

  花に囲まれた園内。眼下に三菱長崎造船所を望む。
c0192215_9555830.jpg

  旧三菱第二ドッグハウス(移築)
  ドッグハウスとは船を修理している間、乗組員たちが宿泊した施設。
  1896年ドッグのすぐ側に建てられたもので典型的な洋風建築。
  園内では高台にあり、多くの外国人観光客がここから長崎の風景を楽しんでいる。

  参考:グラバー園公式サイト

  補足:長崎開港前後の歴史
  1842年 南京条約(香港割譲など)
  1853年 ペリー、浦賀に来航
  1854年 日米和親条約調印、英露とも調印。下田、箱館、長崎を開港。        
  1855年 幕府、長崎海軍伝習所を設立。 
  1858年 日米修好通商条約調印、蘭露英仏とも調印。安政の大獄始まる(~59年)。
  1859年 グラバー(1838-1911)来日。2年後グラバー商会を設立。
  1863年 長州藩外国船砲撃事件(下関)、薩英戦争勃発。
       グラバーには各藩から銃や軍艦の注文が殺到した。
  1865年 坂本龍馬、亀山社中を創設。グラバーと組み軍艦等販売。
       大浦天主堂献堂式。
  1866年 薩長連合(同盟)成立。
  1867年 江戸幕府滅亡  
 
[PR]
by bonjinan | 2018-04-27 10:04 | 旅、散歩 | Trackback

長崎、大浦天主堂

  何十年ぶりかで、長崎、大浦天主堂を訪ねた。
  開国後の長崎、キリスト教徒受難の時代に思いを馳せる機会となりました。
c0192215_9542668.jpg

  大浦天主堂(正式名称:日本二十六聖殉教者天主堂)
  1864年竣工、1879年増改築、1933年国宝に指定されている。
  建設地は26聖人殉教の地を希望したものの叶わず居留地に隣接する現在地となった。
  天主堂を舞台にしては、奇跡と言われる信徒発見(1865年)が起こっている。
  その後は浦上四番崩れ(1867年)などの受難の歴史にもつながる。
  教会入口には、信者寄進によるフランスからの白亜のマリア様像が置かれている。
  礎石には、慶応元年(1865年)日本之聖母、信徒発見記念と記されている。
c0192215_10273012.jpg

  旧羅典神学校(右)と旧長崎大司教館(左)
  信徒発見の年には早くも神学生の教育が始まった。
  予科と本科併せて12年で授業はラテン語で行われていたという。

  詳細は、大浦天主堂HP

  追加(2018.6.30)
  大浦天主堂は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産に登録
  された。
[PR]
by bonjinan | 2018-04-27 09:27 | 旅、散歩 | Trackback

長崎、平和公園

  早朝の平和公園を訪ねた。
c0192215_2234134.jpg

  平和祈念像前広場
  上を指す右手は原爆の恐怖を、水平な左手は平和を表しているという。
  1945年8月9日。平和公園の南、現原爆落下中心地公園に原爆が投下された。
  プルトニウム239型原爆で上空約500mで爆発。
  死傷者約15万人、当時の長崎市の人口約24万人の62%にあたった。
  毎年8月9日には平和祈念式典が開かれる。
c0192215_22575087.jpg

  平和の泉
  石碑には「・・・のどが乾いてたまりませんでした 水にはあぶらのようなものが
  一面に浮いていました どうしても水が欲しくて とうとうあぶらの浮いたまま
  飲みました・・・ -あの日のある少女の手記から」と刻まれている。 
[PR]
by bonjinan | 2018-04-27 09:02 | 旅、散歩 | Trackback

朝の風景、南アルプス

  八ヶ岳山麓・大泉高原からみた富士山、南アルプス、朝の風景です。
  冬は空気が澄んでいるからくっきり見える。素晴らしい景色でした。
c0192215_20134854.jpg

  富士山(3776m)を望む風景
c0192215_2018366.jpg

  南アルプス連峰
  写真中央に甲斐駒ケ岳(2967m)、左にアサヨ峰(2799m)、右に鋸岳(2685m)
  甲斐駒ケ岳の左は残念ながら少し雲が掛かっていた。
  富士山に次ぐ高さの北岳(3193m)は写真では見えないがアサヨ峰の更に左に位置。
c0192215_2026242.jpg

  鳳凰三山の一つ地蔵ケ岳(2764m)の地蔵仏岩
  地蔵仏岩はオベリスク(古代エジプト時代に建てられた記念碑)とも呼ばれる。
c0192215_20372552.jpg

  八ヶ岳(8つの峰の意ではなく多くの峰の意)
  写真左から三ツ頭(2508m)、阿弥陀岳(2806m)、赤岳(2899m)、横岳(2825m)
  牛首山(2280m)と続く。阿弥陀岳、赤岳、横岳は雪を冠り風下に雲ができていた。

  参考:本ブログ記事に出てくる百名山(深田久弥選)
  富士山、甲斐駒ケ岳(長野県伊那地方では東駒ケ岳と呼ぶ)、白峰三山(主峰・北岳)、
  鳳凰三山(地蔵ヶ岳)、八ヶ岳(主峰・赤岳)
 
[PR]
by bonjinan | 2017-12-12 20:59 | 旅、散歩 | Trackback

しまなみ海道

 しまなみ海道(愛媛県今治市~広島県尾道市)のうち愛媛県側の島を回った。
 (県境は多々羅大橋で、大三島側が今治市、生口島側が尾道市)
 天気が良く、風もなく、観光には最高の陽気だった。
c0192215_17493094.jpg
 
 来島海峡SAから望む来島海峡大橋方向
 来島海峡大橋は来島海峡を挟んで今治と大島間に架かる。
c0192215_1757030.jpg

 村上水軍博物館(大島)から望む伯方・大島大橋方向
 村上海賊(村上水軍)のこと
 14世紀頃から瀬戸内海で活躍した一族。能島・来島・因島に本拠をおいた三家からなる。
 最近は「水軍」ではなく古文書などでも記されてきた「村上海賊」と呼ぶことが多いという。
 村上水軍については多くの歴史物語が残されているが、毛利元就に歴史的大勝をもたらした
 1555年の厳島の戦いは有名だ。 
c0192215_18191018.jpg
 
 伊予国一の宮、大山祗(おおやまづみ)神社(大三島)
 海や山の神として、水軍、朝廷や武家の信仰を集め、戦勝の御礼に武具、甲冑などが奉納
 された。宝物館には国宝、重要文化財が数多く収納、展示されている。
 境内には樹齢2000年とも3000年ともいわれるクスノキの巨木(ご神木)がある。

関連ブログ:2009.5.26”しまなみ海道”

[PR]
by bonjinan | 2017-02-20 07:09 | 旅、散歩 | Trackback

愛媛、道後温泉

  道後温泉に何年振りかで浸かってきました。
  いい湯でした。石手寺にもお参りしてきました。
c0192215_12561877.jpg

  道後温泉本館(1894年竣工)
  道後温泉は文献に表れるわが国最古の温泉。中でも道後温泉本館は町のシンボル的存在。
  夏目漱石が通ったことで一層有名にしている。
  この歴史ある建物がえひめ国体終了後の今年10月頃から耐震補強工事に入るという。
  道後温泉の顔であるが故に、全館休館にして工事するのか、営業しながら工事するのか、
  最終決定に至っていないという。いづれにしても約10年はかかるという。
  今回は入館入湯しなかったがとりあえず外観を見ることができて良かった。
c0192215_13213331.jpg

  四国霊場、第51番札所「石手寺」(いしてじ) 本尊:薬師如来
  石手寺は、遍路の元祖とされる「衛門三郎」再来伝説ゆかりの寺。
  薬師如来さまには健康のことなどいろいろお願いした。
[PR]
by bonjinan | 2017-02-19 13:36 | 旅、散歩 | Trackback