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<   2014年 06月 ( 17 )   > この月の画像一覧

メスキータ@スペイン・コルドバ

コルドバ、メスキータに入った(メスキータとはスペイン語でイスラム教寺院のこと)。
赤と白を組み合わせた二重アーチとこれを支える柱が林立することで知られる。
後ウマイヤ朝を創始したアブデラフマーン1世の命により、785年に建てられた。その後、歴代カリフによって増改築され10世紀後半に完成したモスク。当時、2万5000人のイスラム教徒を収容できたという。しかしレコンキスタが進行していた1236年にはコルドバが再びキリスト教徒に征服され、メスキータはカトリックのカテドラルとなり、今日に至っている。イスラムの繁栄を今に伝える文化遺産。もちろん世界遺産。
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  ↑ 円柱の森。かつては1000本以上あったが、カテドラルへの改築により、現在約850本
    と言われる。馬蹄形のアーチが幻想的。
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  ↑ マクスラ:モスクで最も重要な場所であるミフラブを囲む荘厳な空間。
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  ↑ ミフラブ:イスラム教徒(ムスリム)が祈りを捧げるメッカの方向を示すくぼみ。
    壁にはコーランの一部が刻まれ、金のモザイクで飾られている。
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  ↑ 華麗な多弁型二重アーチ
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  ↑ メスキータの中央部に建てられたキリスト教の中央祭壇。
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  ↑ オレンジの中庭からみるアルミナールの塔。モスクのミナレットが聖堂の鐘楼となった。
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  ↑ オレンジの中庭。モスクの時代には身を清める場所だった。
    オレンジの木はキリスト教の時代に植えられた。今は市民憩いの場所にも。
by bonjinan | 2014-06-29 18:37 | 旅、散歩

ローマ橋@コルドバ

  紀元前にローマ帝国が建設した町、スペイン、コルドバ(Cordoba)。
  メスキータ(Mezquita)の南、グアダルキビル川に架かる橋がローマ橋。
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  プエンテ門(ローマ橋側):かつては城壁の一部だった。
  メスキータ側から来るとこの門。アルカサル通りを挟んでローマ橋。
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  アルカサル通り:パティオ祭りは過ぎたのだが。花飾りをつけた馬車の列が通り過ぎた。
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  ローマ橋とカラオーラの塔
  古代ローマ時代に造られた橋の土台の上に幾度となく修復を繰り返してきたという。
  カラオーラの塔はイスラム時代の要塞。
  グアダルキビル川を南に下る(写真の左方向)とセビーリャ。

  補足:第5代ローマ皇帝ネロの家庭教師、帝国の政治家、ストア派の哲学者、詩人
  セネカ(前27-後68)はコルドバで生まれている。
  コルドバはローマ帝国属州の州都であった。
  参考:2011.1.31記事「セネカの言葉」
by bonjinan | 2014-06-29 18:13 | 旅、散歩

コルドバ、旧ユダヤ人街

スペイン、コルドバは古代ローマ時代には属州の首都、イスラムの時代には後ウマイヤ朝(756-1031年)の首都として繁栄した。10世紀頃には最盛期を迎え、政治の町であるばかりでなく、古今東西の文化の中心地としてヨーロッパ各地から人が集まり、50万人とも100万人とも言われる人口を擁した。メスキータ(イスラム教のモスク)は殊に有名だが、その北に迷路のように路地が入り組んだユダヤ人街が広がる。イスラム時代には徴税等経済を支える存在として歴代カリフから厚遇されたユダヤ人が住んだが、レコンキスタが完了した1492年には追放された。今は世界遺産「コルドバ歴史地区」の一部として観光客で賑わう。
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   ↑ 写真スポットとして人気の「花の小道」:メスキータのミナレット(尖塔)がはいる。
    個人旅行で行った友人は分からなかったというが、確かに狭く、かつ袋小路。
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   ↑ 小さなモスク。イスラムの時代には約300のモスクがあったという。
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   ↑ 町の広場に咲くハカランダの花。まぶしい紫色だった。
    ハカランダ/ジャカランダ(Jacaranda):ノウゼンカズラ科 世界三大花木の一つ 
by bonjinan | 2014-06-29 17:44 | 旅、散歩

アルハンブラ宮殿@スペイン・グラナダ

スペイン旅行から帰って約1か月。みどころ多いスペインでしたが、南部アンダルシア地方で印象に残るのは何と言ってもイスラム芸術の最高傑作と言われるアルハンブラ宮殿(グラナダ)。
建築美、装飾美、庭園美に驚かされる。
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ライオンの中庭
庭の中央に12頭のライオンが支える噴水があり、噴水を中心に十文字に切られた4本の細い水路に泉水が流れる。「獅子のパティオは、イスラム教徒の全能の神アッラーの楽園に似せられて造られた地上の楽園とされる。」(『ことばコンセプト辞典』第一法規)。また中庭の周囲には124本の細い大理石の柱が立ち並ぶ回廊がめぐらされている。柱の上部のアーチも美しいがアラベスク模様の透かし彫りはさらに美しい。
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パルタル庭園
西欧の庭園とは違って権力を誇示するものではなく、砂漠の民にとっては水と緑あふれる庭園は天国の様相を現す楽園だったようだ。「緑の園がふたつもあって・・・さまざまな木々が茂り・・・さらさらと泉水が流れ・・・あらゆる種類の果物が実り・・・」(『コーラン』井筒俊彦訳、岩波文庫)。「それまでの宗教と比べ、聖典に天国は庭園であると明記し、庭園と天国は密接なものとしている」(深見奈緒子編『イスラム建築がおもしろい!』彰国社、2010年)。
庭園の先に見えるのは通称、貴婦人の塔。

以下、アルハンブラ宮殿の建築美を細部から再確認
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by bonjinan | 2014-06-24 19:28 | 旅、散歩

ヘネラリフェ庭園@スペイン・グラナダ

アルハンブラ宮殿(スペイン、グラナダ)を大きく分けると最も古い城塞部分であるアルカサバ、ナスル朝宮殿(王宮)、カルロス5世宮殿、夏の離宮ヘネラリフェ庭園の4つに分けられる。
その内、特にナスル朝宮殿は華麗な建築様式と装飾美で私たちを魅了するが、ヘネラリフェ庭園は砂漠の民が夢見た水と緑の織り成す庭園美で魅了する。
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  離宮中央に位置するアセキアの中庭。アセキアとは水路、掘割の意。
  シェラネバダ山脈から引いた清らかな水が噴水として上がり水路を静かに流れる。
  アルバイシンの丘からは6月ではあってもシェラネバダ山脈の雪が見えた。
  年中水が涸れることがないわけだ。

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  アセキアの中庭の横にある庭園。

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  離宮から眺めるアルハンブラ宮殿とグラナダの町。

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  離宮上段の庭。

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  離宮下段の庭。
  水と緑が暑いアンダルシアの地であることを忘れさせる。

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  離宮下段の歩道。
  刈り込まれた糸杉と花壇の花も美しいがモザイク模様の歩道も美しい。

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  ジャスミンの花咲く歩道も美しい。
  奥にはとてもいい感じの野外劇場がある。

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  歩道から眺めるアルハンブラ宮殿とグラナダの町。
  じっと眺めていたくなる風景だ。

参考:アルファンブラ宮殿公式パンフレッドより
GENERALIFE:The Generalife area includes the lower gardens, and the Generalife Palace
and upper gardens. It was constructed as the leisyre area of the Granadan monarchs,
where they escaped from the official routine. Do not miss Lower Generalife gardens,
Patio de la Acequia(Court of the Water Channel),...
by bonjinan | 2014-06-20 10:27 | 旅、散歩

グラナダ、アルバイシンの丘

  アルハンブラ宮殿内部はもちろん美しいが宮殿からみる風景も美しい。
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  宮殿から見るアルバイシンの丘
  アルバイシン地区は旧市街の中でも最も古くイスラム時代の街並みが残る。
  世界遺産に指定されている。
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  アルバイシンの丘から見る夕暮れのアルハンブラ宮殿
  遠くに見える山はシェラネバダ山脈。雪が見えた。
  万年雪もあるという。グラナダも水が豊富なわけだ。
  シェラネバダはスペイン語で積雪のある山の意。
by bonjinan | 2014-06-18 19:04 | 旅、散歩

花菖蒲@明治神宮御苑 (2014) sanpo

  久しぶりの快晴。明治神宮の菖蒲田へ。花菖蒲をたっぷり堪能させてもらいました。
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   森の緑に囲まれた花菖蒲が輝いていた。約150種1500株植えられているという。
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   花菖蒲の薄紫がとてもさわやかだ。
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   純白の花菖蒲もまた良い。清正井から湧き出る清らかな水があればこそだろう。


    
by bonjinan | 2014-06-14 18:17 | 旅、散歩

スペイン、幻想的光景の町「トレド」 sanpo

マドリッドから南へ約70Km。繁栄した時代をそのままに時間が止まったような町「トレド」がある。タホ川を挟んだ高台から町を見ていると幻想の世界にいるのではないかと思えてくる。
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  ↑ 幻想的光景のトレド:眼下にタホ川、写真中央左にカテドラル、右にアルカサル。
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  ↑ トレドは古代ローマ時代から要塞都市として栄えた。以後、支配者が代るたび、建物は
    スクラップアンドビルドされ建材はリサイクルされた。壁にはそんな痕跡が伺える。
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  ↑ カテドラル:1226年に建設が始まり1493年に完成した大聖堂。スペイン・カトリックの
    総本山。
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  ↑ キリスト教の世界を絵で説く主祭壇。堂内には聖体祭の日だけ外でお披露目される聖体顕示
    台もある。
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  ↑ エル・グレコ作 『聖衣剥奪』 が掲げられた聖具室。トレドはグレコが半生を過ごした町
    でもある。
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  ↑ サント・トメ教会。トレド観光では必ず組み込まれるという。ギリシャ人ながらトレドを
   こよなく愛したグレコ作『オルガス伯の埋葬』を観賞できる(写真撮影禁止)。
   肉体は土に魂は天国に昇天する不思議な絵だ。


(参考)トレドの歴史
 トレドはカスティーリャ=ラ・マンチャ州の州都。かつては西ゴート王国(418年に建国されたゲルマン諸国国家の一つ)の首都だった(560~711年)。その後、ウマイヤ朝によって征服されイスラムの支配下に入った(711~1031年)。後ウマイヤ朝が崩壊(1031年)してからはイスラム諸国の一つトレド王国となるが、1085年、カスティーリャ王国による長期にわたる包囲にトレド王国は降伏した。その後、イスラム軍に攻められることもあったがトレドを守り抜いたことで、レコンキスタの節目の一つとされている。トレド征服以降、カスティーリャ王国やスペイン王国は定まった首都を持たず、トレドは一時的な宮廷の所在地であったが、1561年、フェリッペ2世がトレドからマドリードに宮廷を移すと、マドリードが首都として定まり、トレドはゆるやかに衰退していく。(WIKIPEDIAより抜粋)
by bonjinan | 2014-06-11 12:12 | 旅、散歩

日本版スチュワードシップ・コード

6月10日付、日経夕刊が「日本版スチュワードシップ・コード」を採りあげている。日経の解説によると「スチュワードシップ・コードとは企業の株式を保有する機関投資家向けに定められた行動規範。資産運用の委託者の利益を実現すると同時に、投資先企業の長期的な成長を経済全体の発展につなげるため、機関投資家は積極的な役割を果たすべきだとの理念に基づく。英国で2010年に導入された。」とある。かつて何かと不祥事を起こす会社が出てくることから、株式会社は誰のものかの議論の延長として、株主等が外部から経営者を規律付けようと「コーポレート・ガバナンス」の考えが強まり、現在、主要各社では監督と執行の分離(執行役員制の導入)、外部役員、外部監査役の選任など行われるとともに、会社の透明性を高めるためとして法令により、内部統制の徹底なども求めてきた。しかし実態をみると、日本の優良会社には、社会への貢献と自らの存続を考え、会社のあるべき姿を説いた社是、社訓のようなものがあり、これが経営者のみならず社員までも律してきたから、米国流コーポレート・ガバナンスは必ずも根付いてはいない。一般的に物言わぬ株主と言われる日本の株主もそれを容認してきた。しかし近年、経済が停滞している様をみると、経済をけん引すべき会社が今のままで良いのかとの疑問はどうしても湧いてくる。また国民の財産を預かる公的年金、生保、損保、信託会社も経済の成り行きに任せていればそれで役目を果していることになるのかとの疑問も湧いてくる状況にある。株式会社を商品とみる考えには抵抗があるが、企業を育てる健全な株主(対話型株主)があっても良い。何を商品開発し何に投資すべきか鮮明に見通せない環境下でどこまで期待される成果があがるのか皆目分からないが、少なくとも株価上昇には効果するであろう。期待したい。
補足
東証上場企業の機関投資家の株式保有比率は96年の23%から13年には48%(うち海外機関投資家30%強)に増えた。2000年代の英80%、米60%に較べれば低いが米国の90年代の水準。(8/6日経)
by bonjinan | 2014-06-11 10:35 | 政治・経済

スペイン、セビーリャのカテドラル

スペインの旅、アンダルシアの州都セビーリャの世界遺産、大聖堂(カテドラル)を訪ねた。
カテドラルは、その昔はイスラム寺院(モスク)であったが、レコンキスタが完了しつつあった15世紀初頭、「後世の人が驚くほど大きなカテドラルを建てよう」との決定を受け約100年後の1519年に完成したキリスト教聖堂。世界ではローマのサン・ピエトロ大聖堂、ロンドンのセント・ポール寺院に次いで3番目の規模だという。聖書の場面を彫刻したといわれる巨大な木製祭壇などみどころはたくさんありますが、ここではスペインに莫大な富をもたらしたコロンブス(ca1451-1506)の墓、スペインを代表する画家ムリーリョの絵画、「ヒラルダの塔」からの眺めをアップします。
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カテドラル:イスラム的文様とゴシック建築と、スペインらしい風景。
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コロンブスの棺を担ぐ当時の4人の王。
セビーリャは、グアダルキビル川を通じて大西洋につながる港湾都市として中世から栄え、アメリカとの貿易では独占港として繁栄した町ならではのモニュメント。剣でザクロを刺す姿はレコンキスタの完成(1492年)を象徴している(イスラム最後の王朝があったグラナダの地名はスペイン語でザクロを意味)。
ガイドブックによると、「4人の王は当時スペインを構成したレオン、カスティリア、ナバーラ、アラゴンの王」となっているがレオン王国はカスティリア王国に統合され1252年には消滅しており、またコロンブスが亡くなったのは1506年だから、レコンキスタに貢献した王たちとして理解するのが正しいのだろう。なおザクロを剣で刺しているのは身に着けた国章からレオンの王と思われる(正面にライオンの紋章)。
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アントニオ礼拝堂のムリーリョ『サン・アントニオの礼拝』
当初はムリーリョ『無原罪の御宿り』(サン・ペドロ礼拝堂)を観たいと思っていたのですがすっかり忘れていました。なお聖具室にはゴヤなどの絵があるという。
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ヒラルダの塔:高さ97m
12世紀末にモスクのミナレット(尖塔)として建設され16世紀になり鐘楼が付け加えられた塔。先端のブロンズ像が風向きによって向きを変えるヒラルダ(風見)なのでヒダルダの塔と呼ばれる。塔の中は階段ではなくスロープだからゆっくり歩けば簡単に上がれると言われつい調子に乗って登ってしまった。最後になると結構きつかった(馬でもあがれるようスロープにされたようだ)。
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ヒラルダの塔から望むオレンジの中庭。
モスクであった時代にはオレンジの木はなく身を清める水場だったところという。
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同じくヒダルダの塔から望むセビーリャの街とグアダルキビル川
by bonjinan | 2014-06-09 15:26 | 旅、散歩