人気ブログランキング |

AREKORE

bonjinan.exblog.jp
ブログトップ

<   2013年 10月 ( 11 )   > この月の画像一覧

横浜イングリッシュガーデン

   横浜イングリシュガーデンを歩いてきました。
   秋バラ、コスモスなど秋の花を楽しむことができました。
c0192215_15351023.jpg

   園内ガーデンの一つ、ローズ&グラスガーデン
   名前の通り、バラを主役に季節の草花を配した典型的なイングリッシュガーデン。 
c0192215_15422577.jpg

   秋バラ。 香しい匂いが漂っていました。
   花の美しさもさることながら匂いもバラの魅力。
c0192215_15441139.jpg
  
   淡い黄色のコスモス、イエローキャンパス (キク科)
   濃い紫のチョコレートコスモスも咲いていました。

   参考:横浜イングリッシュガーデン・ホームページ
by bonjinan | 2013-10-30 16:23 | 旅、散歩

室町時代の日明関係

橋本雄『なぜ、足利将軍家は中華皇帝に「朝貢」したのか』NHK出版(2013.3)
室町幕府三代将軍・足利義満は、天皇は外国でいう皇帝、国王と考えられていた中で、なぜ、中華皇帝に朝貢し、異国に臣下の礼をとり冊封を受けてまで国交を開いたのであろうか。最新の研究結果を踏まえて当時の状況が書かれている。本書の結論から言えば、当時、日明双方は大きな国内事情を抱えていた。これを乗り越える手段として国交回復が成ったとする。どのような国内事情を抱えていたのか。もう少し具体的にみてみると、明は倭寇対応、建文帝の即位をめぐるクーデター説などあり、それまでの国際秩序(中華思想に基づく華夷秩序、冊封体制、朝貢=勘合貿易)をより強固にすることで政治的基盤を強化したいと考えていたこと。これには遠交近攻的意味合いも込められていたと述べる。一方、室町幕府においては、不安定な財政を立て直し、経済的、文化的求心力を高めることによって、しばしば反旗をひるがえす守護勢力を手なずけ、幕府体制をより強化したいと考えていたこと。その方策として莫大な利益を生み出す勘合貿易が考えられていたと述べている。国交の動機はそれぞれ微妙に違っていたが、それぞれが抱える国内問題を解決する手段として国交回復に至ったとする。しかしそれにしても国交にあたり、なぜ蒙古襲来以降、神国思想が蔓延している中で、義満は日本国王を名乗れたのか。依然として疑問が残るのだが、著者は、そもそも中世日本において、日本国王として認定・冊封されること自体には余り政治的な意味はなかったとし、良く言われる皇位簒奪計画を否定している。その証拠に、義満は国内に向けては日本国王の称号を一切使用しなかったことをあげている。しかし義満のこと、明使接見儀礼においては、明との関係から明使と鄭重に接するとともに、参列者を昵懇者だけにとどめるなど内外に細心の注意を払っていたとも述べている。こうしてみてくると、義満は、外交にあっては正確な情報収集による時宜を得た交渉、体面を傷つけない交渉、内政にあっては予想される批判に対して細心の注意を払いつつ、したたかに財政の立て直しによる権力基盤の強化を進めていたことが分かる。現代における国際関係論からすれば内外不一致の政策ともとれるが、義満の外交力、政治力に加えて、日明間に大きな緊張関係がなかったことが幸いしたのだろう。ひるがえって現在の日中関係をみると、尖閣問題発生以降、国家主権の衝突という事態に陥ってしまった。ナショナリズムも絡み内外不一致の政策は採りにくい状況になっている。お互いの立場を尊重しつつ、静かに関係修復を図っていくしかないのかも知れない。
<関連する歴史年表>
蒙古襲来(1274、1281年)、明(1368-1644年)、建文帝(在位1398-1402)、義満(3代将軍在職1368-1394年)、1372年懐良親王への明使捕縛、1378年義満、室町に花の御所造営、1394年義満、太政大臣に、また同年辞任、1401年義満、第1回遣明船派遣、1402年永楽帝即位、義満、明使と接見、

関連Webサイト:NHKネットクラブ
by bonjinan | 2013-10-29 20:03 | 読書

清水観音堂「月の松」

  今となっては古い話題かも知れませんが、昨年12月、上野公園にある「寛永寺清水観音堂」
  に約150年ぶりという「月の松」が復活している。円を描いた独特の枝ぶりの松で、歌川広重
  『名所江戸百景』にも「上野清水堂不忍ノ池」「上野山内月のまつ」の2枚に描かれている。
  美術館で芸術を鑑賞した後、ちょっと寄り道してみるのも良いのでは・・・。 
c0192215_17433942.jpg

   清水観音堂の正面からみた「月の松」
   確かにお月様のように丸い。
c0192215_1749975.jpg

  「月の松」越しに眺める「不忍池弁天堂」
   広重の「上野山内月のまつ」では「月の松」の先に不忍池が描かれている。
c0192215_17552831.jpg

   案内に出ていた広重の「上野清水堂不忍ノ池」
   江戸の風情を取り戻し、上野の新たな観光名所を目指しているようだ。

 
by bonjinan | 2013-10-28 18:09 | 旅、散歩

大島町、高齢者ら島外避難

 台風26号の豪雨で大規模な土石流が発生した伊豆大島では、被災から1週間となった。家屋の被害は言うに及ばず、被災から「72時間の壁」を過ぎた23日現在、死亡者30人、行方不明15人となっている。更には台風27号、台風28号が接近していることから、高齢者を中心に島外避難をせざるをえなくなっている。大島の場合、仮に災害発生の数時間前に非難勧告が出されたとしてもどこに避難して良いのか、直ちに判断し、かつ行動することなどできなかっただろう。被災者の皆さんのご心労をお察しします。考えてみれば大島に限らず、日本はどこにいても絶対安全という場所はないのだが、これだけ全国で地震、大雨等による被害が頻発する以上、相対的にみてであれ安全な場所を自治体としても調べ点検し公表するとともに、中長期的な町づくりの指針を出してもらいたい。もちろんいつ発生するか分からない災害のことである、個人個人としてもいざという時のことを考えておく必要に迫られている。
参考:2009.10.6記事「藤原効果」
追加2013.10.26
台風27号は26日午後、温帯低気圧になった。伊豆大島では避難指示が解除され帰島も始まった。

追加2013.10.27ニューズウイーク日本版(10.29)
台風26号が日本を襲った同じ頃、「インドでも強力なサイクロンが発生したが、99年に1万人近い死者を出した教訓から、政府(インド東部オディシャ州とアンドラブラデシュ州政府)や軍隊が周到に準備。住民90万人以上が学校などに避難し、死者は21人にとどまった。」
気象庁から発表される警報、特別警報、自治体から発表される非難指示、命令も当らないかも知れないリスクを伴う。リスクを恐れず英断する勇気、最後は自己責任であることへの意識改革を繰り返し繰り返し確認していく必要がある。
参考:気象庁ホームページ「気象等に関する特別警報の発表基準」
by bonjinan | 2013-10-23 17:48 | できごと

無常性を徹底させるとは

「今日ほど「無常」の事態を眼前にさらけ出してゐる時代は、さうざらにはない。現実の事態が「無常」なのである。・・・・もはや無常なるものの無常性を、徹底させるほかはない」(唐木順三『無常』)とはどいうことか。
先日、市民講座のテーマになった。倫理学者・竹内整一先生の話で分かったような気になったが時間が過ぎてみると、どう仰ったのかさっぱり思い出せない。無に帰してしまった。私には、まさに「ニヒリズムが普遍化し、すでにニヒリズムといふ実態が観念されえないほどに、ニヒリズムそのものが、のさばっている」(同『無常』)。いやそんな高尚な話しではない。単なるバカなのかも知れないと思いながらも、配布された資料をたよりに解釈を試みた。
無常なるものとはこの世の出来事のすべて。この世の出来事のすべては無常であるのだから、それを無常と嘆いても得るものは何もない。ならば無常なる世界にどっぷり漬かろうではないかということかも知れない。でも無常なる世界にどっぷり漬かるとはどういうことか。ニーチェは、「精神には駱駝の精神、獅子の精神、遊ぶ子供の精神の3段階があると言った」(『ツァラトゥストラはかく語りき』)。おそらく遊ぶ子供の精神、すなわち無心になれということなのかも知れない。だが待てよ、無常という言葉を知っている以上、やはり無常なるものの実態を理解した上でそれを乗り越えた能動的世界観に入れなければ唐木の言う無常性を徹底したことにはならない。もう少し考えてみよう。人が無常を感じる時というのは、思うようにならない、あるいは嬉しいことがあったとしても一時のこととして、過ぎ去ってしまった過去を振り返り、未来までも空しく感じるからだ。だからと言って過去をすべて消去してしまえば認知症になってしまう。だとすれば過去に影響されながらも過去とは違う今現在に集中して生きることだと考えれば幾らか答えに近づいてきたような気になってくる、が唐木の言う「徹底させる」という能動的な響きがやはりない。仏教の基本経典『般若心経』に「色即是空、空即是色」のことばがある。その意味は「前半は、あらゆるものを空とみることによって人間の煩悩や妄想を取り除くことをねらい、否定的であり、後半は、執着のない目でみたとき、あらゆるものがそれぞれの働きをもって生き生きと現象し存在していることを肯定的に表している」(江島惠教『日本大百科事典』)と書かれているという。無常という否定的ことばを的確に表現し、また無常を徹底し乗り越えた明るい世界感を提示しているではないか。だがこれも待てよ、神仏をもなきものとする無常、ニヒリズムを持ち出しながらその延長上に考えを展開できず仏の教えに頼る結末になっている。やはり中途半端にしか理解できないのだろう。どうあがいても仏様の手のひらの上のこととして、とりあえず分かったことにして終わりにしよう。

補足(古典にみる無常、そして永遠)
本文では無常を徹底し乗り越えることとはどういうことか、無謀にも挑戦し書いた。
最後は、仏教のことば「空即是色」にその答えを頼ったのだが、自分のことばで語るには至っていない。これは色に惑わされる凡夫なるが故の言いわけだが、古典をみても無常を語る事はできても、また或いはその背景として横たわる永遠を表現できても、能動的世界観までは語れていないのではないか。誰しも到達できていない世界観なのだということで気を静めたい。世阿弥の言葉に解を求めたいがここでは断念する。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。」 鴨長明『方丈記』(鎌倉時代)、「それ行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にはあらず。流れに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結んで、久しく澄める色とかや。」 世阿弥『養老』(室町時代)

補足(方丈記にみる無常感の無常性)
方丈記作者はとてつもなく巨大な力で引き起こされる天変地異を目の当たりして人の世の無常を感じ、どう生きるかの答えとして、出家し人里離れた山中の簡素な住まいで執筆と音楽に興じる道を選んだ。しかし最終章では「そもそも一期の月影かたぶきて、余算の山の端に近し。たちまちに三途の闇に向はんとす。何のわざをかかこたむとすうる。仏の教え給うおもむきは、事に触れて、執心なかれりとなり。今、草庵を愛するも、とがとす。閑寂に着するも、障りなるべし、いかが、要なき楽しみを述べて、あたら時を過ぐさん。・・・ただかたはらに舌根をやとひて、不請阿弥陀仏両三遍申してやみぬ。」と正しい選択ではなかったのではないかと述べる。無常を感じないはずの悠悠自適な世界に入ったはずなのに人生の最終章においてまだ不完全燃焼で終わらざるを得ないという無常を感じているというのである。何という往生際の悪さなのだろうか。しかし方丈記は古典中の古典である。そう解釈してはいけないのだろう。人の一生は好むと好まざるに関わらず大きな力に影響される。自然災害はもちろんのこと、そうでなくても人間関係、心持によっても影響される。自分の努力だけではどうしようもないこともある。そうした弱さ、往生際の悪さこそ人間であることの証と捉えれば、それをさりげなく、或いは恥じらいもなく描いていることが評価されていると考えるのが正しいのだろう。日本に生まれた以上、自然災害を決して忘れるな、或いはそうなったとしても乗り越えろという強いメッセージともとるべきなのだろう。

補足(古典にみる無常)
日本人ほど「無常」という言葉に異様に引き付けられる人種もいないのではないか。福沢諭吉はそんな性質を明治維新の頃に見抜いていたようだ。丸山眞男『福沢に於ける秩序と人間』によれば、「秩序を単に外的所与として受け取る人間から、秩序に能動的に参与する人間への転換は個人の主体的自由を契機としてのみ成就される。独立自尊がなにより個人的自主性を意味するのは当然である。福沢が我が国の伝統的な国民意識に於いてなにより欠けていると見たのは自主的人格の精神であった」。グローバル化がますます進展する中で、今改めて認識すべき認識ではないだろうか。
by bonjinan | 2013-10-18 22:47 | 文化・歴史

日本人はリスクを避けたがる

山岸俊男+メアリー・C・ブリントン『リスクに背を向ける日本人』講談社現代新書(2010年)を読んだ。
まず驚かされるのは、2005年から2008年に世界各国で実施された「世界価値観調査」の結果。「自分は冒険やリスクを求める人」かどうかを訪ね、「自分はあてはまらない」と答えた人の割合をみたもので、調査した48か国では20%弱から70%強までばらついているのだが、日本は何とその割合が最も大きいのだ。なぜこれほどまでに「内向き指向」になってしまったのか。著者たちは、「ニートやひきこもりに代表される若者の「リスク回避傾向」が、実は、若者だけではなくて、日本社会全体を特徴づけていること。そして日本人全体を特徴づけているこの「リスク回避傾向」は、実は、(日本社会の)リスクが大きいことに原因している」として対談が進む。そして「日本人のリスク回避傾向は日本社会と経済にとっての大きな足枷になるだろう」と警鐘をならしている。その一つの例として雇用の問題が取り上げている。日本で雇用の安定といえばクビ切りのないことと同義だ。アメリカでもクビを切られることは気分の良いことではないとしても、新しい職が見つけられると考えるから悲劇が起こったとまでは思わない。キャリアと努力次第ではむしろ所得が上がるかも知れないからだ。少なくともそう思える社会だということだ。ではどちらがリスクが高いか考えてみれば、一度クビになったら新たな職を見つけられない、或いは見つかったとしても給与が激減する日本こそハイリスクな社会だとなる。しかもわが国において、国際競争に負けた企業がどんどんリストラを断行する一方、かつて規制緩和と並行して盛んに宣伝されたセフティーネットなどほとんど機能していなく、無いに等しいことを考えると、リスクは益々高くなってきていると言えるだろう。著者たちの言うように、日本人に蔓延してきた「リスク回避指向」は個人の気持ちの問題としてではなく、社会の仕組みがそうさせていると考えた方が良さそうだ。だがどうすれば良いのか。簡単に言えば社会全体で再チャレンジ可能な社会を創るということだが、企業の人事制度、学校の教育制度、社会保障制度など社会制度全般に絡む問題なので複雑ではある。ただ取組まなければ社会全体から活力が失われていくのも確かだ。著者たちは、キャリア、資格、能力などをベースとした「開かれた労働市場」創りをイメージしているように受け取ったが、もう少し言及して貰いたいところだ。コミニュケーションについても面白いことが書いてある。日本でコミュニケーションといえば以心伝心的に分かり合うこととされるが、アメリカでは自分の考えていることを伝え協力してもらうためのもので生きていく上での基本的な能力と考えられていることだ。著者たちは、日本のこうした特質は、経済活動がますますグローバル化し、文化的背景が異なる人の間でスピーディーに物事を処理しなければならない時代にあって、大きな障害になると指摘する。その他、面白いことがたくさん書いてある。なお、日本人のコミュニケーション能力低下については、猪瀬直樹『言葉の力』中公新書ラクレ(2011.6)でも取り上げられている。こちらの方は、現実の生活シーンを引き合いにして論じられているので、また一般読者を意識した作家の表現力もあって、はっきり理解することができる。
参考:2012.10.29記事「聞き手責任」2013.8.11記事「日本人の満足度」

追加、2013.10.23(金融資産の運用面からみたリスク回避の傾向)
日本の金融資産、家計1590兆円、事業会社845兆円。
6月末時点で銀行などに預けられた預貯金は1261兆円、このうち融資に回っているのは682兆円(対預貯金比54%)に過ぎず、残りの多くは国債で運用されている。銀行はバブル崩壊の怖さを知っているからこそ融資には慎重なのだが、慎重なあまり有用な投資先を開拓する「目利き力」も低下している。(日経2013.10.23)

追加、2013.10.24(パナソニック、半導体部門の社員半減)
パナソニックは半導体事業に携わる約1万4000人いる連結従業員数を14年までに半減するという(日経13.10.24付)。製造業を代表してきた電機で、近年、こうしたニュースが次から次ぎと続く。再雇用の口といってもかなり難しいであろうことを考えると胸が痛む。先に述べたように、わが国では再雇用の門は限りなく狭い。このことは経営者も十分承知しているはず。結果論ではあるが、ならばなぜ今日の姿を予見し手が打てなかったのか。厳しく問えば、これまでのリスク回避、即ち問題の先送り経営が結果として大きな困難を招いているのである。新しい事業を興し、競争力のなくなっている事業を縮小していく、その先見性がなかったということである。パナソニックに限らず、日本の企業は新しい時代を切り開く創造力が欠けているいるのではないか。気になるところだ。さらには、みずほ銀行における問題融資の放置も、社内的には認識されていたのだから問題先送りの典型的事例と言えるだろう。幹部の処分で決着するようだが、企業統治上の問題は残る。問題の核心はそもそも社長、幹部役員の交代において明確な引継ぎ、明確なミッションをもって任命しているのかどうか、役員会における相互監視、監査役機能などが風通し良く機能しているのかどうかだろう。

追加2014.2.26(パナソニック、テスラと車用電池工場)
パナソニックは米電気自動車メーカーのテスラ・モーターズと共同で、米国に電気自動車用電池工場を建設することで最終調整に入った。総投資額は1000億円を超えるとみられている。(日経)
テスラは2003年にシリコンバレーで設立された新興企業。前回はパナソニックのコーポレートガバナンス問題について書いたが、今回のような大胆な挑戦には拍手したい。ただしプラズマパネルへの投資と言い、少々大胆とも思えるが成功を祈りたい。

2014.4.28(パナソニック黒字転換)
パナソニックの2014年3月期決算は純損益1204億円の黒字(前期は7542億円の赤字)となった。黒字は3年ぶり。なお売上高は前期比6%増(7兆7365億円)、営業利益は90%増の3051億円。絵に描いたようなV字回復だ。思い切ったリストラの結果だろうが社員の士気など大丈夫なのだろうか。

2014.9.15 植物越す光合成
パナソニックは太陽光と二酸化炭素、水を使ってメタンやエタノールといった燃料をつくりだす次世代技術「人口光合成」で、世界最高の変換効率を実現する電子材料を開発した。メタンなどの生産量が従来の5倍に高まったという。実証実験を2020年までにはじめこの分野のビジネスで先行したい考えだ。植物の光合成における太陽光のエネルギーの変換効率は0.2%程度だが新技術では0.3%だという。改良を重ねれば1%程度になるという。(日経) エネルギー資源のないわが国にとってもっとも重要なテーマに挑戦していることに拍手したい。ただ実用化が2020年というのは先過ぎる。先過ぎるということは実用化できない可能性も示唆している。最も重要なのは研究で世界に先行することではなく先んじて実用化することだ。集中して貰いたい。
by bonjinan | 2013-10-17 10:33 | 読書

米財政問題、金融緩和縮小問題

ワシントンで開かれていたG20財務相、中銀総裁会議は11日、共同声明を採択し閉幕した。
声明の主たるポイントは、①世界経済は先進国で回復の兆しがある一方、新興国では成長が鈍化、②米財政問題で米国債のデフォルトへの懸念を解消して貰いたい、③米金融緩和縮小に当たっては新興国への配慮をして貰いたい、④各国は財政の持続可能性を引き続き重要課題として貰いたいなどであった。
世界経済については①の通りだが、もし③米金融緩和が世界経済を、特に新興国経済を牽引する支配的要因であり、また今後もそれに依存せざるをえないのだとするならば世界の経済は極めて脆弱なものと言わざるをえない。そもそも金融緩和は金融危機への短期的対策であるべきもので、企業レベルで明確な成長戦略、投資戦略がみえない中での長期に渡る金融緩和は新たな金融危機、過剰投資によるデフレへの道筋に思えてならない。こう考えるとき、一歩踏み込んで、米国の金融緩和縮小を睨んでの対処すべき方向性が議論されていないことに少々不満を覚える。いろいろ考えられるが世界経済を停滞させることにもなりかねず公式声明としては出しにくく黙視せざるをえないのだろう。②についてはアメリカ建国以来の自由をめぐる解釈の違い、即ち政府機能の拡大を自由への束縛とみるのか、或いは連邦政府を自由を獲得するための手段とみるかの違いからくる論争とも言えるが、近年、政争と化しそれが国際社会に影響を及ぼしている様子をみると米国の威信を自ら低下させていると思えてならない。債務上限を際限もなく引き上げる国と比べれば健全な議論であるもののやはりこの問題にはG20の声明の通り緊急に解決すべきだ。もしこの問題が長引いた場合、直接的影響に留まらず④わが国の財政健全化は改めて大きな問題としてクローズアップされてくるだろう。
参考:2013.10.4ブログ記事(オバマケア)

追加2013.10.31日経夕刊
FRBは30日に開いたFOMCで現行の量的金融緩和策(米国債などを市場から月額850億ドル買い入れ)維持を決めた。米景気を牽引してきた住宅市場の回復がやや鈍化しているとの判断。縮小の道筋は示さず。
by bonjinan | 2013-10-12 19:28 | 政治・経済

所得再分配調査結果

厚労省から3年毎に調査される2011年の所得再分配調査結果が公表された。
①当初所得(所得+拠出(税金+社会保険料)と再分配後所得(所得+受給(年金+医療+その他)を見ると1世帯当たりの平均当初所得は404.7万円(内拠出94.8万円)、再分配後では486.0万円(内受給176.1万円)となっている。当初所得と再分配後所得の差は大きくは拠出、需給の差であり、社会保障制度が賦課方式となっている以上、人口動態を踏まえた税と社会保障の一体改革が依然として重要であることを示している。米国ではオバマケアをめぐり大きな問題となっているが、安易に自己責任の方向に流れることは後で述べるジニ係数(所得の格差を示す指標)とも絡み社会の不安定化に結び付くことになるところが悩ましい。
②当初所得と再分配後の所得をジニ係数でみると、当初所得の格差では0.5536、再分配後では0.3791であった。3年毎に行われる同調査を時系列でみると1999年以降、当初所得では0.4720→0.5536と確実に貧富の格差が拡大しているのに対して、再分配後所得では0.3814→0.3791とほぼ横ばいに推移している。ジニ係数で社会が混乱する警戒ラインは一般に0.4を越えたところからと言われる。わが国では少子高齢化の中で社会保障制度に大きな問題を抱えながらも、年金等社会保障制度で安定した社会になっているのだとも言える。理屈の上ではジニ係数が大きくても貧富の格差が固定化せず敗者復活が信じられる社会であればそれがまた社会の活力となるのだが、米国などでも最近、アメリカンドリームより格差の問題が論じられるようになり、まず成長ありきで突き進んできた中国が格差の拡大、固定化に腐心しだしたことを思えば、高度成長期を過ぎた国では成長に依存した問題解決から、高成長を前提としない安定した社会の構築が重要テーマになってきているといえる。現状では受給者と拠出者の世代間の問題としてある程度はお互い様感覚の中で理解されているのだろうが、長期的にみれば若年層における所得格差の拡大の方がより問題になるだろう。社会保障制度以前の問題として、格差が拡大するからだ。若年層の雇用の拡大、同一労働同一賃金をベースとした所得の底上げが極めて重要となる。
参考:厚生労働省ホームページ(所得再分配調査結果)

追加
世界の先進国ではロングレンジでみて労働分配率が低下してきている。経済のグローバル化に伴う賃金低下圧力が増していること、投資コストの低下に伴って労働代替的な設備投資が高まり雇用、賃金が抑制されていることなどによる。このため高度な知識、スキルを要する分野と単純労働分野では大きな賃金格差が生じ、所得格差の拡大は構造的なものとなっている。所得の再配分には財政難もあり限界があることを考えれば、雇用を生み出す新たな産業の育成(単純には工数=価値)が大きな課題であることが分かる。経済理論に「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透(トリクルダウン)する」という説があるが、先に述べたように先進国における労働分配率の低下は20、30年レンジでの趨勢であり、トリクルダウン説は格差の収斂までも意味する概念ではないことが分かる。中国においても鄧小平が「先富論」を掲げ改革開放を進め大きな経済成長を遂げたが、これに比例するように労働分配率が低下し格差が拡大固定化していることをみれば格差是正策としての先ず成長ありきは問題をさらに複雑にしているだけのような気がする。、

追加2013.11.13
総務省が12日発表した7~9月期の労働力調査によると、正規従業員3295万人(対前年同月比-32万人)、非正規従業員1908万人(同+79万人)。雇用者数も増えたが非正規(全体の36.7%)も増えている。
引用;総務省ホームページ「労働力調査」

追加2013.12.17日経夕刊
厚労省のブラック企業の疑いがある企業への立ち入り検査結果によると、全体の82%に当たる4189企業・事業所で違法な時間外労働など労働基準関係法令の違反があったという。法令違反の内、違法な労働時間外労働43.8%、賃金不払い残業23.9%など。こうした姿をみると労働市場という言葉を使うことすらはばかられる。

2015.1.15 世代間格差と経済成長
経産省産業構造審議会政策部会(2011)『中間とりまとめ』による世界の「世代間不均衡と実質経済成長率(幾何平均)の関係」をみると実質経済率が低くなると世代間格差が大きくなる関係が示されている。日本は格差も大きく成長率も低い。成長鈍化が格差を拡大しているのか、格差が成長を阻害しているのか、両面からの解釈が可能であるが、著者は少子高齢化のわが国においては、後者が悪循環をもたらしているのではと指摘している。。(加藤久和『世代間格差』ちくま新書、2011年)
by bonjinan | 2013-10-12 12:27 | 政治・経済

秋の鎌倉

   穏やかな秋の日、極楽寺から成就院、御霊神社、長谷寺、高徳院を歩いた。
   定番のコースながら、鎌倉の風情をたっぷり味わえる。
c0192215_17242757.jpg

   成就院参道から見下ろす由比ヶ浜海岸、材木座海岸方面。
   紫陽花の咲くころには108段の階段の両側を紫陽花が埋め尽くす人気スポット。
c0192215_17303245.jpg

   虚空蔵堂から見下ろす極楽寺坂切通と街並み。
   お堂の階段の下にみえるのは鎌倉十井の一つ「星ノ井」。
c0192215_17374580.jpg
  
   御霊神社(権五郎神社)に通じる小路。
   鳥居の前を江ノ電が走る。鎌倉ならではの風景。
   紫陽花の咲く頃には線路脇の紫陽花の中を江ノ電が走る感じとなる人気スポット。
   ところで虚空蔵堂から御霊神社にくる途中に「力餅屋」がある。
   ここに来ると名物、権五郎力餅をいただく。
c0192215_1823964.jpg
  
   鎌倉を象徴する高徳院の国宝・阿弥陀如来坐像(通称、鎌倉大仏)
   長谷のあたりにくると長谷寺の十一面観音菩薩様と大仏様はやはり外せない。
    
by bonjinan | 2013-10-07 18:14 | 旅、散歩

秋の草木花@鎌倉長谷寺 sanpo

   秋の鎌倉、長谷寺を訪ねた。
   秋を代表する花々を楽しむことができました。
c0192215_19181655.jpg

   秋明菊、シュウメイギク 別名;貴船菊 キンポウゲ科 
c0192215_1929540.jpg
  
   藤袴、フジバカマ キク科 言わずもがな秋の七草の一つ
c0192215_19313748.jpg
  
   金木犀、キンモクセイ モクセイ科  良い香りが漂っていました。 
c0192215_19473632.jpg

   水引、ミズヒキ タデ科  
c0192215_19483563.jpg

   梅擬、ウメモドキの実 モチノキ科  真っ赤な実が目を引きます。
   その他 萩、芙蓉なども楽しめました。
c0192215_2063380.jpg

   境内のお地蔵さん(良縁地蔵) 美しい花を楽しませてくれてありがとう。
by bonjinan | 2013-10-06 19:55 | 旅、散歩