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ものづくり指向型金融国家

辞書によれば、「空念仏とは実行の伴わない口先だけの主張や宣伝のこと」とある。最近、何とこの空念仏が多いことか。デフレ脱却、円高是正、成長戦略、アジアの成長を取り込む・・・。あげたらきりがない。それも一度や二度ならまだ新鮮だが、メディアで書店で、そして政治家から、ここ何年も、しかも何度も何度もこのフレーズを聞いたり見ていると念仏のようだ。ただひたすら念仏を唱え極楽往生したい。最近、そんな響きに聞こえてくる。心の平安に宗教は極めて有用だが、ビジネスの問題は自ら解決していくしかない。よく企業では三現主義という言葉を良く使う。三現主義とは現場、現物、現実を丁寧に観察し行動の伴う解決策を見出すことだが、思考に柔軟性がなければ見えるものも見えない。そんな時には旅をすることだ。旅をして新たな目で見直すことが必要になる。世界はグローバル化している。日本でダメなら世界に旅立ってみることだ。前置きが長くなった。とても良い本がある。 松島大輔『空洞化のウソ』講談社現代新書だ。
著者は、現在、タイ王国政府政策顧問として政府より派遣され、東南アジアからの貴重な報告をしてくれている。「現地化こそ最大の雇用創出策。恐れるべきは日本の未来の空洞化」、「わが国が目指すべきは「ものづくり指向型金融国家」だと説く。よく我々は「アジアの成長を取り込む」というフレーズも良く聞かされる。一見、進取の気性からのように思えるが、本書を読めばこれも空念仏に近いことが分かる。本心が、国内は今のままで果実だけを採りたい、だからだ。円高を嘆く前に、TPP参加是非を論じている間にも、まずやるべきことがあるがあることに気づかされる。海を巨大な池のある庭と思えるかどうかとも問える。
by bonjinan | 2012-11-30 11:31 | 読書

紅葉の色づき方

毎年、秋になると話題になるのが紅葉の色づき。
田中修『都会の花と木』中公新書によると、「カエデは、緑色の葉っぱのときに、赤い色素を持っていない。だから赤色になるためには、葉っぱの緑色がなくなるにつれて、「アントシアニン」という赤い色素が新たにつくられなければならない。そのために、大切なことが二つある。一つは、一日の温度の変化であり、昼は暖かく、夜は冷えることである。もう一つは、太陽の光、特に紫外線が強く当ることである。この二つの条件がそろったとき、赤い色素が葉っぱの中で多くつくられる」のだそうだ。簡単に言えば、寒暖の差が激しく、空気がきれいで太陽の光が良くあたるところ、となる
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   @世田谷区立岡本公園

イチョウの黄葉はどうなのだろうか。「イチョウの葉っぱの色づき方が、年ごとに、場所ごとに、そんなに違わない。理由は、イチョウの葉っぱには緑色のときからすでに「カロチノイド」という黄色い色素がつくられていて、葉っぱの緑色で隠されているのだが、気温がだんだん低くなると、緑色の色素が減ってきて黄色い色素が目立ってきて黄色い葉っぱになるからだ」という。
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   @慶応日吉キャンパス

参考1:「モミジとカエデ」
今の時代ではどちらもムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属の総称で違いはなく使われているが、少なくとも奈良、平安の時代には言葉の生い立ちから微妙に区分けされて使われている。語源からすれば上代語(文学用語で主として奈良時代を指す)では秋に草木が色づくことを「もみつ」、中古以降は「もみづ」と言い、その名詞形を「もみち」「もみぢ」と言った。一方、カエデの語源は「蛙手(かえるで)」で、葉の形がカエルの手ににていることによる。
『万葉集』では「蛙手」を植物そのもの、色づくことを「もみつ」として明確に分けている歌もあれば、両者を一体化し色づいたモミジのことを「黄葉」「紅葉」と表記し使われてもいる。
『万葉集』から(蛙手ともみつを区分けした歌)
「子持山 若かえるでの もみつまで 寝もと我は思ふ 汝はあどか思ふ」作者不明
「我が宿に もみつ蝦手 見るごとに 妹を懸けつつ 恋ひぬ日はなし」田村大嬢

参考2:「黄葉と紅葉」
漢字では紅葉とも黄葉とも書き、現代感覚でいえば葉の色の違いを表すが、万葉の時代には木や草の葉が色づくことを「もみつ」、その名詞を「もみち」と言い「黄葉」と表記した。「紅葉」と表記されるのは一般には平安時代以降であった。
『万葉集』から
「秋山の 黄葉を茂み 惑ひぬる 妹を求めむ 山道知らずとも」柿本人麻呂
「妹がりと 馬に鞍置きて 生駒山 うち越えくれば 紅葉ちりつつ」作者不明
万葉の時代には前の歌のようにほとんど「黄葉」とが表記しているが、後の歌のように「紅葉」と表記しているのはこの一首だけ、貴重な一首となっている。(古語辞典から引用)
では万葉の時代になぜ紅葉ではなく黄葉と書いたのか。日本古来の色表現は、赤、青、黒、白の4色だったことを思えば「赤葉」と表記しても良かったはずだ。だが赤は明るい色の意味も含まれることからみてこれから枯れ葉となる葉の表現としてはしっくりこない。諸説あるが、やはり漢文に使われている表記を取り入れたと考えるのが良さそうである。

参考3:「楓」
同じく『万葉集』に「楓」が出てくる。だがこちらは「かつら」と読み中国にならい「桂」の木をイメージしていたようであり、今で言う「かえで」とは違っているようだ。
「黄葉(もみち)する 時になるらし 月人の 楓(かつら)の枝の 色づく見れば」作者不詳
しかし『枕草子』『徒然草』になると「楓」は当たり前のように出てくる。
言葉はその時代の感覚を表現するに適した海外の言語(当時は漢語)が使われたり、或いは造語も加わって変化していく好例かも知れない。
清少納言『枕草子』から
「花の木ならぬはかへで。・・・楓の木のささやかなるに、萌え出でたる葉末の赤みて、同じ方に広ごりたる葉のさま、花もいとものはかなげに、虫などの枯れたるに似て、をかし。」
ここでは葉っぱの色づきよりなにより、赤みを帯びた種子が面白いといっている。
吉田兼好『徒然草』から
「卯月ばかりの若楓、すべて、万の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり」(第139段)
この例でも、同じで今風に言えば「青もみじ」が良いと言っている。

参考4:「紅葉を英語で言うと」
紅葉(風景)を見に行くを訳すと、例えば、go out to enjoy autumn colors 。
紅葉はまさに秋の色というわけで、粋な表現になる。

参考5:「紅葉、黄葉、褐葉と代表的な樹木」
葉の色が気になる人は、紅葉、黄葉、褐葉と分けると良いだろう。
紅葉(こうよう):イロハモミジ、ハゼノキ、ツタ、ハナミズキ、・・・
黄葉(おうよう):イチョウ、ムクロジ、カツラ、イヌビワ、・・・
褐葉(かつよう):コナラ、ケヤキ、クリ、ブナ、スズカケノキ、・・・
草紅葉(くさもみじ):草の色が変化し、それが面的広がりを持った時そう呼ぶ。

参考5:2013.2.18ブログ記事「花の開花、紅葉時期」
by bonjinan | 2012-11-29 20:50 | 季節の花

紅葉@殿ヶ谷戸庭園

   国分寺、殿ヶ谷戸庭園を歩いた。
   今、紅葉が真っ盛り。
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   大芝生:広くて気持ちが良い。
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   紅葉真っ盛り。
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   紅葉亭:天気が良く紅葉を愛でる人で賑わっていた。
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   紅葉亭からみる崖の下の次郎弁天池
   ここは国分寺崖線の南の縁。弁天池は水量豊かな湧き水の窪池。
   武蔵の自然を活かした回遊式林泉庭園となっている。

   庭園の沿革、場所、アクセス等:東京都公園協会ウエブサイト 
by bonjinan | 2012-11-26 11:37 | 旅、散歩

八坂の塔

  2泊3日の京都・奈良旅行をこれまで長々と書いてしまいました。
  何度も行っていますが、いつも思いつき、まさに「そうだ京都、行こう」なんて感じで行って
  いる。今年は二度行ってしまった。今週あたりが紅葉の見ごろなのではないでしょうか。
  八坂の塔付近の風景をアップし、とりあえず京都・奈良旅行を締めくくりにしようと思う。
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   町屋の間から眺める東山のランドマーク八坂の塔
   法観寺の境内に建つ高さ46mの五重塔。
   古くは八坂寺といい、延喜式七大寺の一つ。
   何度か火災に遭い現在の塔は室町幕府6代将軍足利義教により1440年再建されたもの。   
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   三年坂(産寧坂)から清水道へ。
   名前の由来、清水寺が創建された808年(大同3年)に由来するとか、この坂を通り清水寺の
   子安塔にお産が寧(やすら)かにと願ったからなどと言われている。

   参考:京都の今を知るには→ブログ「京都を歩くアルバム」が良い。

by bonjinan | 2012-11-24 12:31 | 旅、散歩

晩秋の花、茶の花、柊の花 sanpo

   俳句では初冬の季語とされる茶の花、柊の花が見ごろ。
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   チャノキ(ツバキ科) @京都・渉成園
   確かにツバキやサザンカの花に似ている。
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   マルバヒイラギ(丸葉柊、モクセイ科) @京都・哲学の道
   柊は疼木とも書き、葉の棘に触ると痛いことから名付けられたようですが、この丸葉柊は
   園芸品種とのことで棘はない。辺り一面に芳香が漂っていた。
by bonjinan | 2012-11-23 15:57 | 旅、散歩

東大寺

  何度みてもやっぱり大きい東大寺、金堂(大仏殿、国宝)。
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  金堂(国宝):大棟に黄金の鴟尾が輝き威風堂々といった言葉が良く似合う。
  正面の幅57.5m、奥行き50.5m、高さ49.1m。
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  本尊、大仏様(盧舎那仏坐像、国宝)もやっぱり大きい。高さ約15m。
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  八角燈籠(国宝):四面に楽器を奏でる音声菩薩(おんじょうぼさつ:写真面では笙を奏でて
  いる)、両開き扉に唐獅子を描いている。天平文化を今に伝える。

  参考:東大寺ウエブサイト
by bonjinan | 2012-11-23 11:44 | 旅、散歩

唐招提寺拝観

  紅葉のはじまったばかりの奈良西ノ京、唐招提寺を訪ねた。
  数年前に訪ねたときには金堂の大修理で諸仏を拝観することができなかったが、
  2009年11月、約9年に渡る大修理が終わり、今、静かに仏様を拝むことができる。
  まずは鑑真和上の来日を決意したありがたい言葉より
  「何ぞ身命を惜しまんや 諸人行かざれば 我即ち去くのみ」(唐大和上東征伝)
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  静寂にして凛とした佇まいの金堂(8世紀後半の建築、国宝)
  ギリシャ神殿を想わせる列柱、屋根のフォルムなどどこか異国の雰囲気が漂う。
  内陣には、盧舎那仏坐像を中尊に、向かって右に薬師如来立像、左に十一面千手観世音菩薩
  立像が配され、三尊の脇士には等身の梵天、帝釈天立像など諸仏がたたずむ。いづれも国宝。
  優しい仏様も好きだが、身が引き締まる唐招提寺の仏様はまた素晴らしい。
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  左に金堂、右に講堂(国宝)、正面に鐘楼。
  唐招提寺は鑑真和上の願い「広く門戸を開放し優秀な僧侶を育て仏教を広める」に基づき
  建立されたいわば仏教学校。招提とは各地から集まった僧たちの住むところという意味。
  かつて鑑真和上はこの講堂で向学心に燃える学僧に心に染みる講義をした。
  永遠の時の流れ文化の流れを感じさせる空間である。
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  金堂、講堂を囲む築地塀。静かに紅葉が始まっていた。

  参考:唐招提寺ウエブサイト

  参考:鑑真来日関連事績
  鑑真(688?-763)
  988年 中国揚州に生まれる
  742年 入唐僧栄叡、普照の要請を受け渡日を決意。
  753年 5度の渡航失敗、失明に屈せず、6度目の渡航で来日。
  754年 戒律を伝え、東大寺に戒壇を築き聖武太上天皇ほかに初めて授戒。
  756年 東大寺大僧都に就任。
  759年 唐招提寺を創建。戒律普及に努めた。 
by bonjinan | 2012-11-22 13:16 | 旅、散歩

薬師寺拝観

   秋の奈良西ノ京、薬師寺を訪ねた。
   東塔(国宝・白鳳時代)、東院堂(国宝・鎌倉時代)を除いては灰塵に帰したが、
   昭和時代になり高田好胤管主による写経勧進により復興を遂げた寺。
   白鳳伽藍の輪奐美を甦らせている。
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   金堂:朱と緑が鮮やかな裳階(もこし:庇)を付けた龍宮造り。
   堂内には本尊の薬師如来を中心に、向かって右が日光菩薩、左が月光菩薩が配置されてい
   る。三体あわせて薬師三尊像(国宝・白鳳時代)と呼ばれている。
   今回の拝観の主目的は薬師三尊様におまいりすることでもあった。美しいお姿である。
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   西塔:1981年に再興された裳階を付けた華麗な三重の塔。
   アメリカの美術史家フェノロサが「凍れる音楽」と評した東塔は、現在、約110年ぶりの
   解体修理中。

   参考:薬師寺ウエブサイト
by bonjinan | 2012-11-22 10:00 | 旅、散歩

秋の京都・渉成園

  秋の京都・渉成園(東本願寺の飛地境内、別名、枳殻邸:きこくてい)を歩いた。
  京都駅の近くにありながらとても広くかつ静か。書院式の回遊庭園で渉成園13景と称され
  詩歌にも詠われるという見事な景色と諸建築を愉しむことができました。
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  印月池(いんげつち)と侵雪橋(しんせつきょう)、さらに京都タワーを望む景色。
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  印月池と回棹廊(かいとうろう)を望む景色。手前はタイワンフウの黄葉。 
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  タイワンフウの黄葉の先に見る傍花閣(ぼうかかく)。
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  大銀杏の黄葉とカリンの実。まさに秋。

  渉成園冊子の「彼是拾遺集」より
 ・渉成園は源氏物語の主人公・光源氏の実在モデルの一人、源融の邸宅・河原院跡?
  渉成園を造った際、源融愛用の塩釜とみられる釜を掘り当てたことから、河原院跡であると
  言われた。しかし近年の研究によって本園を河原院跡とする説は後退し伝説の範囲になりそ
  うだとのこと。
 ・印月池の島は秀吉の御土居? 
  広大な印月池に浮ぶ二つの島はほぼ高さが同じく、回廊北側の築山も含め一直線に並んでい
  ることから、秀吉の築かせた御土居(京都を囲む土塁)の一部であると言われてきた。
  古地図研究によってもそのライン上にあることから信憑性も高いとされる。ちなみに御土居
  を境に洛中、洛外と呼んだ。

  参考:東本願寺ウェブサイト(渉成園)
by bonjinan | 2012-11-20 10:28 | 旅、散歩

京都、瑞峯院の庭

   京都紫野・大徳寺塔頭、瑞峯院を訪ねた。
   瑞峯院は室町時代のキリシタン大名、大友宗麟が創建した寺。
   特徴ある庭園が楽しめる。
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   独坐庭(方丈前):寺号、瑞峯をテーマとした蓬莱山式庭園。
   荒波に打ち寄せられても雄々と独坐している蓬莱山の風景を表しているという。
   ほかでは見られない荒々しい砂紋をつけている。
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   閑眠庭(方丈裏):写真の石列の方向に十字架が組まれている。
   後方、中庭には灯篭があり灯篭を支える柱にも十字架が隠されている。
   縁側をさっと過ぎると十字架が隠されているとは気づかない。
   昭和の作庭家・重森三玲がデザインしたもの。重森氏は東福寺方丈庭園なども作庭している。
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   茶庭:赤と青の鞍馬石が敷かれている。

   場所、アクセス
   京都市北区紫野大徳寺町81
   市バス101系統ほか、大徳寺前下車、約7分

   参考:2012.6.4ブログ(東福寺関連)
by bonjinan | 2012-11-19 17:12 | 旅、散歩