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散歩@赤坂界隈

広重は赤坂を「名所江戸百景・赤坂桐畑」で屋敷街に植えられた桐畑と溜池の風景で紹介した。坂の上の高台には大名や旗本の武家屋敷があり、幕末には勝海舟が住み、坂本龍馬と出合ったのもこの地であった。今では高層ビルが立ち並び高台の頂上"akasaka Sacas"(坂の複数形、坂s)にはビジネスマン、若者が集い、新しいものばかりが眼に入る。それでも坂の多いこの街には、情緒豊かなスポットがあり、季節の変化を知らせる梅が静かに咲いているはずと思い、日枝神社(地籍は永田町)から東京ミッドタウンまで寄り道しながら歩いてみた。
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  日枝神社の梅
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  報土寺の梅
  この報土寺には史上最強と言われた力士、雷電が眠り、寄進した梵鐘(1814年に
  寄進した梵鐘は今はなく1908年に鋳造されたもの。鐘楼の屋根瓦に「雷」の文字
  がある)、また三分坂(さんぷんざか)に面した築地塀(練壁)でも有名。
  同じ赤坂にある氷川神社でも築地塀がみられる。
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  三分坂:報土寺の横の急な坂道で車賃が銀三分・約100円増しになったという。
  ちなみに"さんぶ"と言えば3/4両のことだという。
  兎に角、赤坂には坂道が多い。三分坂に通じる薬研坂(やげんざか)、円通寺坂
  など25以上の坂道があるという。高いところで標高約30m、低いところで20m弱
  ですが短い距離でこの落差があるから結構きつい。
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  道教寺の梅。道教寺は薬研坂と円通寺坂の交差点あたり。
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  近代的な高層ビルを借景にした梅@赤坂小学校近く桑田児童公園
  変るものと変らないものの面白さを感じさせる赤坂ならではの風景です。
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  港区立檜町公園の梅
  江戸時代には長州藩・松平大膳(毛利家)の屋敷があり名園と言われる「清水園」
  があったところ。東京ミッドタウンに隣接しミッドタウンの庭と勘違いしそうだ。
  なお公園の名、公園横の坂道(檜坂)の名もこの辺りに檜の木が多かったことに
  由来している。



 
by bonjinan | 2010-02-24 11:54 | 旅、散歩

春を訪れを告げる猫柳

猫柳が春の訪れを知らせています。
銀白色の花穂が膨らんできています。
@小石川後楽園
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by bonjinan | 2010-02-23 20:18 | 季節の花

半世紀前のくらし

川崎市市民ミュージアム(中原区等々力)で開かれている"昔のくらし今のくらし"展に寄ってみました。今、使っている道具の昔の姿をみることができます。第18回オリンピック、東京大会の開かれた1964年(昭和39年)頃の暮らしを振り返ることができた。時代はまさに高度経済成長期、便利な道具がどんどん普及していた。
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46年前ころの居間の様子。
1950年代末からの高度経済成長期には、白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫を「三種の神器」と
言った。テレビは居間の主役となった。テレビの受信契約者もオリンピックを前に1000万人を超えており、1964年の普及率は87.8%だったという。当時の普及率をみるとテレビ>洗濯機>冷蔵庫>掃除機。
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          写真右:1954年製、電気洗濯機。手回しローラの脱水機付き。
          写真左:1985年製、二槽式洗濯機。脱水槽が付いた。
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            1950年代後半の電気釜
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            1960年代の電気アイロン
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            1965年製8㎜フィルム映写機。
            ビデオカメラが一般に普及してくるのは1980年代後半。
by bonjinan | 2010-02-21 18:17 | 文化・歴史

観梅会@横浜大倉山公園

春本番のような陽気に誘われて横浜・大倉山公園梅園に行ってきました。
ちょうど「大倉山観梅会」が開かれており、とても賑やか。
天気にも恵まれ明るく楽しい観梅会でした。

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 地元の子供たちによるソーラン節。控え目に咲く梅もここでは華やいでいます。
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 梅の花を愛でる人たちで一杯。
by bonjinan | 2010-02-20 17:59 | 旅、散歩

中国の凧

東京・小石川後楽園のすぐ隣の日中友好会館美術館に入ってみた。"春のたより~山東省凧の世界展"と題して凧の展示がされていた。凧は紀元前に軍事用として作られ、貴族の娯楽を経て庶民の楽しみとして広まったもので、現在でも山東省い坊では盛んに凧揚げされているという。勇猛な鷹、歴史上の英雄、美人、仙人、そして童子、野菜など題材はいろいろ。新年(春節)にあたりみな縁起をかついでの題材となっている。
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     日中友好会館美術館:龍の連凧、蝶、鷹の凧などが迎えてくれる。
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     鷹凧:作り方、材料なども展示されています。
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     八仙過海:神話上の8人の仙人で、酒に酔い海の仙女をからかったところ、仙女は怒り
     海を荒らし八仙に戦いを挑んだ。八仙は各自の持ち物で戦い、やっとの思いで海を渡っ
     たとの伝説。「各自がそれぞれ腕をふるって競う、各々独自のやり方がある」との意味
     だという。仙人仙女は中国で好まれて描かれる画題のようです。
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     ハスの下で戯れる金魚:蓮の中国語「荷(he)」と「和(he)」は同音でつがいの金魚が戯
     れる様は仲睦まじい様子を表しているという。こどもと魚:「魚(yu)」と「余(yu)」が
     同音であることを掛けて、「年ごとにゆとりがでる、裕福にある」という意味が込めら
     れているのだという。特に、子どもが鯉を抱く姿は年賀に好まれ、旧正月(春節)には各
     家庭でこの絵を貼り、新たな一年の幸福を願うという。
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     野菜凧:説明はなかったように思いますが、豊作、食べ物に困らずすくすく育つて欲し
     いと願ってのこと。台北の故宮博物館の白菜「翠玉白菜」には多産を願っての昆虫が
     ありましたがこの白菜凧には描かれていませんでした。いずれにせよ緑と白のコント
     ラストが清らかさを感じる野菜として好まれているのだと思います。
by bonjinan | 2010-02-20 09:28 | 旅、散歩

観梅@小石川後楽園 sanpo

   万葉の時代より多くの人に愛され絵に描かれ詩歌に詠われ続けている梅。
   どの花よりも春の訪れを実感させてくれる梅。
   「梅まつり」の開かれている水戸黄門ゆかりの「小石川後楽園」に行ってきました。
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    梅林:光圀は号を「梅里」と称するほど梅を好んだという。
    紅梅、白梅など20種類ほど植えられているとのこと。
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    梅は桜に比べ花数が少なく静かに味わう花ですが、「呉服枝垂(クレハシダレ)」と
    名付けられたこのしだれ梅は絢爛豪華、ひときわ目を引きます。
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    「鹿児島紅」:ほんとうに濃い紅色
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    「白加賀」
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    「見驚」:光の透き通る薄紅色の花
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    「紅千鳥」:紅梅でもいろんな色合いがあるものです。
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    「青梅」:薄緑色がかった花なことから名付けられたようです。
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    「福寿草」:梅園の所々で花開いていました。
by bonjinan | 2010-02-19 18:42 | 旅、散歩

世界らん展 in 東京ドーム

東京ドームで開催されている世界らん展(2010.2.13~2.21)に行ってきました。
蘭愛好家の皆さんが手塩にかけて育てられたものばかり。
華やかで気品ある蘭に酔いしれてきました。
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 東京ドーム一杯に展示されている蘭

 【日本大賞2010作品】
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  日本大賞作品 神奈川県 永井さん作
  デンドロビューム フィンブリアタム, オクラタムという蘭でインド、タイ、中国南部に
  幅広く分布する着生蘭だそうです。80を超える花房に2000近い花をバランス良く
  咲かせたのが受賞理由だそうです。
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           優秀賞作品 岐阜県 アボウオ-キッド/安保さん作
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           優良賞作品 千葉県 長岡さん作

 【カメラで撮っていたものから数点】
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  東洋蘭のジャンルもまた味があります。  
by bonjinan | 2010-02-14 08:51 | 旅、散歩

技術屋魂

2/10、NHK広島放送局制作の「今こそ信念を持ってつくる~技術者・貴島孝雄のメセージ~」が
放送されました。マツダのスポーツカー「ユーノス・ロードスター」の開発者の一人・貴島孝雄さんの
語る自動車論であり技術者魂でした。印象に残る言葉が幾つかありそのメモです。
※但し正確にメモしたものではありませんので意訳も含みます。

・自動車・・・人馬一体
 コミニュケーションできる関係、自分の身体能力を超えるものを実現してくれるもの。
 環境対応は基本であって自動車のもつ楽しさをつくり込めなければ自動車ではない。
・コストダウン
 (開発中止の危機に直面する中で)
 理想の製品を追求し続けるためにムダを削ること。
・組織
 (専門化分業化がますます進んでいいる状況をみて)
 石垣を築くことが目的ではない目的は城をつくることだ。
・未来
 プライドと情熱をもって新しい時代を切り開く

貴島さんの語っておられることは自動車に限らずあらゆる産業分野で見直してみる
必要があるように思います。
by bonjinan | 2010-02-11 10:19 | 企業・起業

みどころたくさん!緑の散歩道@世田谷 sanpo

東京世田谷区岡本(一部瀬田)を散歩してきました。
丸子川沿いの緑地帯に岡本民家園、静嘉道文庫、旧小阪家住宅、武家屋敷門が点在する。
それぞれに異なる趣の建物を楽しめ自然の緑もたっぷり楽しめる散歩でした。

【岡本民家園】
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 岡本民家園:江戸中期の古民家を移築し当時の生活環境を復元しています。
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 母屋の軒先に掲げられた目籠:2月8日と12月8日に行われる「コト八日」あるいは
 「コト祭り」と呼ばれる行事で、コト八日には妖怪が家々を訪れるため目籠の目の多
 さで驚かせ追い返すのだという。民話の世界です。
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 囲炉裏:いつも薪が燃やされています。最近、赤い火をみることはほとんどなくなり
 ました。何か見ているだけで癒されます。 
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 白壁の土蔵と梅ノ木:梅の花が一つ二つ咲き出しました。

【旧小阪家住宅】
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 旧小阪家住宅:瀬田4丁目広場の一角にある元衆議院議員故小阪順造氏別邸
 現在、耐震上の問題から入れません(残念!)が、武蔵野の自然そのままの木立
 と竹林など楽しめます。
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 広場からみた隣の「静嘉堂文庫」入口付近:何か軽井沢の風景に思えてきます。

【静嘉堂文庫&静嘉堂文庫美術館】
 静嘉堂は、三菱第1代社長・岩崎弥太郎の弟で2代目社長の岩崎弥之助と4代目
 社長の岩崎小弥太の父子二代によって設立された。
 国宝7点、重要文化財83点を含む凡そ20万冊の古典と6,500の東洋古美術品を
 所有しているとのこと。
 静嘉堂の名称は古典『詩経』の句から採ったもので弥之助の堂号だったという。
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 静嘉堂文庫:スクラッチタイル張りの英国風建物。
 1992年、静嘉堂創設百周年に際し文庫の横に美術館が建設され、展示品は美術
 館の方で公開されている。
 現在、”国宝・曜変天目と付藻茄子-茶道具名品展-”と題した特別展が開かれて
 います。
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 静嘉堂に至る道:静嘉堂を取り囲む敷地は広大で「岡本静嘉堂緑地」と呼ばれる。
 園内には沢山の木々が生い茂り木立の中に散歩道が造られている。
 国分寺崖線の一角にあり起伏を活かした変化に富んだ散歩道となっている。

【武家屋敷門】
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 もと岡山藩池田家筆頭家老、伊木家下屋敷の表門で移築されたもの。
 ナマコ壁が印象的な堂々たる門です。
 

 

  

 
by bonjinan | 2010-02-10 10:35 | 旅、散歩

ペリー提督の歩いた伊豆下田の街歩き sanpo

   日米和親条約(1854年3月)第2条により、鎖国を解きわが国最初の開港地となった
  下田。条約が結ばれるとペリー提督は艦隊をひきい開港地となった下田の調査と、
  条約の細部を取り決めるため伊豆下田を訪れた。
  その歴史的スポットを訪ねてみました。いずれも伊豆下田の代表的観光スポット。
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   遊覧船「黒船サスケハナ」:1853、1854年旗艦として日本に来航した蒸気外輪の
   サスケハナを模したもの。煙突からでる黒い煙、兵装に驚いたのでしょう。
   今は観光船として再現され吉田松陰が密航を試みた弁天島など下田港を遊覧。
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   ペリー艦隊来航記念碑:台座に添えられた錨はアメリカ海軍から贈られたもの。
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   ペリーロード:ペリー提督が下田条約締結のため了仙寺に向かって歩いたという。
   洋風の窓やナマコ壁の建物も見られる。風情ある川沿いの道となっています。
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   了仙寺:日米和親条約の付録協定「下田条約」(1854年5月)が締結された寺。
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   了仙寺に掲げられている「調練の図」:欧米式規律を目の当たりにしたことでしょう。
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   了仙寺に残された1854年11月に押し寄せた大津波の痕跡
   下田港から1km弱離れていても標高が幾らもないから大津波を前にしては為す術
   がなかったのでしょう。
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   下田開国博物館:ナマコ壁(防火と美観を目的に平らな瓦を漆喰で固めた壁)で
   覆われた資料館。ペリー来航時の航路(米ノーフォーク→大西洋→希望峰→インド洋
   →シンガポール→日本)、当時の下田の様子を知ることができる。

  
by bonjinan | 2010-02-08 09:43 | 旅、散歩