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<   2010年 01月 ( 17 )   > この月の画像一覧

坂本龍馬ゆかりの地、立会川散歩

坂本龍馬(1835?-1967)ゆかりの地の一つ京急・立会川駅周辺散歩です。
まず龍馬と立会川駅周辺(品川区東大井)の関係を簡単にみてみようと思います。
1853年4月
龍馬身を立てるべく剣術修行のためとして藩の許可を得て江戸に。
北辰一刀流の創始者・千葉周作の弟・定吉の道場(現神田岩本町あたりにあった)に入門。
同年6月
ペリーが開国を求めて浦賀に来航。
幕府は江戸湾岸に藩邸を持つ諸藩(土佐藩は品川に下屋敷があった)に警備を命じた。
土佐藩は江戸詰の藩士を動員した。
修行中の龍馬も「臨時御用」として9月まで警備の一員として務めた。
まさに品川は歴史に残る龍馬活躍のスタートの場所であった。
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  坂本龍馬像:写真でみる龍馬の風貌が伝わってきます。
  1953年9月、龍馬は父・八平宛ての手紙で「異国船処々に来り候へば 軍も近き内と
  奉存候 其節は異国の首を打ち取り 帰国可仕候」と書き送った。
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      土佐藩下屋敷入口付近:立会川の東、東海道の北一帯辺りが屋敷だった。
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 土佐藩鮫洲抱屋敷、浜川砲台跡(立会川の江戸湾河口):龍馬はここで警備にあたった。
 今は浜辺の柔かい土地を埋めた石がその面影を残すだけ。
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 勝島運河としながわ花海道:かつては運河ではなく江戸湾であり外国艦船が迫ってくる
 かも知れない外国とつながる海であった。

追加「坂本龍馬誕生地」
坂本龍馬(1836-1867)は、父・八平、母・幸の二男として、現在の高知県高知市上町一丁目で生まれた。坂本家(土佐藩郷士)は豪商才谷屋の分家で、多額の財産を分与されたこともあって非常に裕福な家庭だった(Wikipedia)。現在この地は上町病院、龍馬の宿ホテル南水となっている。敷地としてはかなり広かったことが窺い知れる。なお上町病院横には「坂本龍馬誕生地の碑」があり、近くには「高知市立龍馬の生まれたまち記念館」がある。
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  写真は記念碑の建つ上町病院付近。右端に暗くて良くみえないが記念碑。
by bonjinan | 2010-01-31 19:39 | 旅、散歩

大山街道の歴史

江戸時代に江戸から現神奈川県を通って西に向かう主要街道には、東海道、中原街道(中原往還)、大山街道(矢倉沢往還)、甲州街道の4街道があった。この内の一つ大山街道(赤坂御門から箱根矢倉沢間の一部二子玉川~溝口間)の歴史を振り返ってみました。
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 川崎市大山街道ふるさと館:大山街道の歴史がまとめられ展示されています。
 昔の風景、生活の様子など展示され地域コミュニティーの場にもなっているようです。
 以下、往時の面影を残す歴史的遺産のウォッチングです。
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 道標:大山街道と高幡不動道(現府中街道)の交差点にあったもので、ふるさと館の前
 に移設されています。
 「是ヨリ北 高幡不動道、南 川崎道、西 大山道、右 青山道」と刻まれています。
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 二子橋:この橋ができたのは1925年のこと。それ迄は「二子の渡し」の渡し船で渡った。
 江戸時代には江戸庶民が三々五々「講」を組み「大山阿夫利神社」の「大山講」、富士山
 への「富士講」などでこの「二子の渡し」を渡った。
 「大山詣」の最盛期、江戸中期には年間約20万人も渡ったという。     
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 岡本かの子文学碑:かの子(1889-1939年)の子、岡本太郎作によるもので「誇り」と
 命名されています。「二子神社」境内にあります。
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 光明寺:矢倉沢往還が整えられた時、農民とともに移り、二子村の中心となった。
 なおこの辺りは「溝口・二子宿」でもあり、「時の鐘」が時を知らせたという。
 明治になり「二子学舎」として教育の場にもなった。
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 蔵造りの店(タナカヤ呉服店):明治時代に造られた「蔵造り」で釘を使っていない。
 出窓は「扇垂木造り(おうぎたるぎづくり)」といい当時としては贅沢な造りだそうです。
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 大山街道:右手に見えるのがタナカヤ呉服店。
 江戸時代には、この付近、人の往来だけでなく、巨大消費都市”江戸”を目前にして
 伊豆の乾魚、駿河の茶、秦野の煙草など集積され出荷調整もした。
 現代における物流センター的機能も果たしていた。
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 江戸時代の薬屋(灰吹屋):約200年前から続く薬屋さんだった。大山道では青山から
 ここまで薬屋が無かったそうで、たいへん繁盛したとのこと。建物は明治時代のもの。
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 溝口神社:溝口村の総鎮守。街道筋の神社仏閣は旅人にとってほっとする場所でもあ
 り観光スポットでもあったのだと思います。
 この神社、勝海舟筆の祭礼用の幟が社宝になっているという。
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 庚申塔:溝口駅の西の四つ角にあります。江戸時代、庚申塔は庚申信仰の盛んな江戸
 時代に建てられたものですが、道標(みちしるべ)でもあった。
by bonjinan | 2010-01-31 11:21 | 旅、散歩

おもしろい物 in 日比谷公園 sanpo

普段は通り過ぎるだけの日比谷公園。今日はゆっくり歩いてみました。
面白いものが沢山あることを知りました。
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  心字池:入口は元「日比谷御門」で池は江戸城の濠につながっていたという。
  池の名前は草書体の「心」のかたちであることからで京都・桂離宮、西芳寺の池な
  どもそうだという。
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  古代スカンジナビア碑:バイキングの古代北欧文字碑を模したものだという。
  1957年スカンジナビア航空が北極経由の空路を開拓したことを記念して寄贈した。
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         石貨:1924年当時のヤップ島支庁長から贈られたもの。
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       南極の石:1966年南極観測船「ふじ」が持ち帰ったものだという。 
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  ルーパロマーナ(ローマの牝狼):古代ローマ建国の神話、ロムルス、レムレス兄弟が
  チベル河に流されていたところを狼が助け成長させたという彫像。
  1938年、イタリア大使館から贈られたものだという。
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  写真は昨年ミラノ、ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世で撮った兄弟のモザイク。
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             馬の水飲み:1903年、公園開設当時のもの。
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  はには像:1965年日比谷公園と宮崎・平和台公園が姉妹公園となったことを記念し
  て多くの古墳がある宮崎県より贈られたものだという。
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  首賭けのイチョウ:現日比谷交差点にあったイチョウ。道路拡張で伐採されるところ
  だったが公園の設計者・本多博士の首を賭けての移植依頼で残ったという。
  後方は「松本楼」:老舗のレストランで「恋人の聖地」に指定されている。
  恋人たちのメニューとして「プロポーズメニュー」がある。このメニュー、私にはもう無
  用と信じていますが参考まで。
  ※松本楼HP
by bonjinan | 2010-01-29 22:17 | 旅、散歩

世界の最も美しい都市 FM "Forbes"

米誌"Forbes"電子版は1/22付け記事"World's Most Beautiful Cities"で東京
を12都市の一つに入れた。
専門家による選定としているが、理由はどうであれ選ばれたことは嬉しい。
参考:Forbes記事
by bonjinan | 2010-01-29 17:45 | 生活

菜の花が満開@湘南・二宮 sanpo

 菜の花が満開の神奈川県二宮町「吾妻山公園」に行ってきました。
 標高136mの小高い吾妻山の山頂一帯に早咲きの菜の花が咲いています。
 山頂からは南に相模湾、伊豆半島、北に丹沢、箱根の山々も望めすばらしい眺望でした。
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    吾妻山山頂:鮮やかな菜の花と花の香りにうっとりしてしまいました。
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    陽光にきらめく相模湾、小田原の町、伊豆方面の眺望。
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    丹沢山系の眺望。桜の咲く頃もまた格別かも知れません。
by bonjinan | 2010-01-26 08:24 | 旅、散歩

東京湾の風景@城南島海浜公園

羽田空港C滑走路の北に広大な「城南島海浜公園」があります。
ベイエリアの公園はどこも広く、暖かい日にのんびりするには良い場所だ。
北風の冬には羽田空港C滑走路から次々と離陸して行くのが見られます。
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    広大な公園には砂浜、一角にはキャンプ場もある。
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    羽田空港方向:C滑走路を飛び立った飛行機は湾岸に沿って上昇していく。
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    浅草の「東京スカイツリー」(建設中)がはるか遠くに見える。
by bonjinan | 2010-01-24 15:53 | 旅、散歩

昔なつかしい農村風景@世田谷 sanpo

半世紀前にはどこでも見られたような農村風景が世田谷「次大夫堀公園」に再現されて
います。昔の生活環境が想い浮かべられるような場所でした。
次大夫は、徳川家康の関東入国直後、普請奉行として多摩川流域の新田開発のため
用水開発を任せられた「小泉次大夫」のことですが、最後に触れたいと思います。
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火の見櫓:村のランドマークだったのでしょう。火災報知は三打「カン-カン-カン」でした。
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   村の風景:生垣の向こうから人が。子供たちの声が聞こえてきそうです。
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   旧安藤家座敷:豊かなお宅とは思いますが。心豊かな生活が偲ばれます。
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   機織機:綿が栽培され愛情溢れる着物がつくられたのでしょう。
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   水田と雑木林:田んぼで稲をつくり、雑木林で薪を拾い。まさにエコライフです。
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        次大夫堀はもう見られませんが、その雰囲気が窺えます。

(小泉次大夫の開削した用水路について)
徳川家康に命ぜられて1597年から1611年にかけ多摩川両岸の用水路を開削した。
東京都側では、現狛江市で多摩川から取水し世田谷領・六郷領(現狛江市の一部・世田谷
区・大田区)一帯を潤す「六郷用水」を開削した。旧世田谷領内では「次大夫堀」と言った。
都市開発が進み今では昔の用水路はなく、旧六郷領、現大田区田園調布の南に湧水を
利用した小川が「六郷用水跡」としてその面影を残す。
川崎市側では、現多摩区布田、上河原堰で取水し旧稲毛領・川崎領(多摩区から川崎区)
一帯を潤す「二ケ領用水」を開削した。こちらは現在でもそのほとんどが残り、工業化の
時代には工業用水として、現在では遊歩道も設けられ市民憩いの場となっている。
中原区小杉陣屋町は小泉次大夫の陣屋(建設事務所)があったことに因む町名として、
その名をとどめている。なお工事は東京都側と川崎側交互に少しずつ行われたようだ。
by bonjinan | 2010-01-22 15:03 | 旅、散歩

横浜大黒埠頭からの風景

横浜、高速湾岸線大黒PAでひさしぶり休憩しました。
せっかくなので埠頭に出てみました。
山下公園、みなとみらいからみる風景とはまた違って面白い。
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  ベイブリッジ:典型的な斜張橋。全長860m、主塔間距離176m、主塔高175m
  道路下の展望台スカイウォークも開放日が限定され最終的には閉館されるという。
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                      本牧埠頭方向
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                     みなとみらい方向
by bonjinan | 2010-01-20 15:33 | 旅、散歩

日航、会社更生法申請

1/19日本航空は東京地裁に会社更生法の適用を申請した。
負債総額は2.3兆円で国内では戦後4番目の規模、金融機関を除く事業会社では最大
規模だという。公共性を理由とした過剰な政治・官界の介入、何をしても潰れないと考える
幹部、従業員の甘え、エリート意識がこの結果を招いたものと思われます。
再スタートすることになるのだが、国の支援を根拠に新たな政治介入がないかどうか、
新幹部、従業員が”お客様あっての会社”と意識改革して行動するのかどうか、
これからの取組みこそが重要だ。
by bonjinan | 2010-01-20 09:02 | 政治・経済

無人駅路線・JR鶴見線の旅

JR京浜東北線鶴見駅を始発として海芝浦駅、大川駅、扇島駅に至る路線がJR鶴見線。
京浜工業地帯の人口島をつなぐ。海芝浦駅、扇島駅周辺の風景を楽しんできました。
技術、創意工夫、人々の熱気が創りあげたパワースポット。
世界遺産に相当する地域なのではないでしょうか。
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   無人駅路線、JR鶴見線:鶴見から最初の駅が「国道」。親しみを感じる駅名です。
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  明治の実業家、京浜工業地帯の産みの親・浅野総一郎の名を残す浅野駅付近。 
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  京浜運河の岸壁にある海芝浦駅:出口が東芝京浜事業所の入口でもありますが
  東芝さん私設の海芝公園があり周りの風景を楽しむことができます。
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           扇島方向を望む。火力発電所の蒸気でしょうか。
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  同じく扇島方向。JFEスチールさんの製鉄所でしょう。強大なエネルギーを感じます。
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          扇島と大黒埠頭をつなぐ高速湾岸線鶴見つばさ橋を望む。
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   扇町駅付近:天然ガス発電所でしょうか。すごい勢いで蒸気を出しています。 
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   同じく扇町付近:巨大なLPガスタンクが並んでいます。
   ところで扇町の”扇”の由来、前出、浅野家の家紋だという。
    
by bonjinan | 2010-01-17 16:09 | 旅、散歩