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オブジェ@丸の内仲通り sanpo

丸の内仲通りのオブジェ。さ~と通リ過ぎると気に留めないことが多い。今日はゆっくり
楽しんできました。作品はいずれも彫刻の森美術館所蔵品。
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                 峯田義郎作 "Afternoon" 1984
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                Liu Jilin (chinese)作 "対歌" 1990
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         Arnaldo Pomodoro (Itarian)作 "円筒の大きな建物"1969
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               Jim Dine (American)作 "展望台"1990
by bonjinan | 2009-09-28 19:14 | 旅、散歩

世界天文年2009

2009年はガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が自作の筒眼鏡(望遠鏡)で初めて天体を観測した1609年から数え400年の節目の年にあたることから国際連合他で国際天文年(International year of Astronomy)と定めています。ガリレオの生まれる以前の宇宙観はプトレマイオスの考えた地球を中心とする天動説であった。これに対してニコラウス・コペルニクス(1473-1543)は『天球の回転について』で地動説を提唱しているが、五つの惑星以外の星は天球に張り付いているもので宇宙は有限であるという点においてプトレマイオスの宇宙観を踏襲するものであった。ガリレオは天体観測をもとに1年後の1610年、観測した成果を『星界の報告』で著した。月面の観察、木星の4つの衛星の観測から、地球も月とおなじように一つの天体であること、地球以外にも天体の周りを回る系があることを立証したのである。ガリレオは観測の積重ねによりそれまでの迷妄を見事に打ち破ったことで”現代科学の父”と呼ばれている。ちなみに振り子の等時性発見もガリレオの実験による。国際天文年のスローガンは、"THE UNIVERS: YOURS TO DISCOVER"、日本語では、"宇宙・・・解き明かすのはあなた"となっている。
by bonjinan | 2009-09-27 09:55 | 文化・歴史

低炭素化社会の必要性

鳩山首相が国連気候変動サミットで「20年度/90年度比25%削減」を宣言した。
産業界からは直接的批判はないもののコストアップを伴い競争力を失う、として懸念が示されている。
また長期的には寒冷期に向かうのだという説もある。でもそんな悠長な話なのか改めて何故必要なのか
点検してみたい。
<世界の共通認識>
現在、先進国で共通認識になっているのは、昨年、北海道洞爺湖サミットで合意された「50年の排出量
を世界全体で半減させる」であり、イタリア・ラクイラサミットでの「先進国全体で80%以上削減」である。
残念ながら、現状は目標であって、各国が達成に向けて具体的活動に入っているわけではないが、間違
いなく共通認識になっている。
<その根拠>
先ず、化石燃料は有限であり、我々の次世代では枯渇するということ、また確保が日を追って厳しくなり
調達コストが上がってくるということです。
・石油42年 ・天然ガス60年 ・石炭133年 ・ウラン100年
次に、よく問題にされる温暖化
産業革命以降二酸化炭素の蓄積が進み280ppmから現在380ppmに増加。年2ppmの増加スピード
であり、あと10~30年で280pmm当時から2℃上昇。何度で止めるにしても、さしあたり地球の吸収量
以下が目標となる。現在、地球の吸収能力は炭素換算3.1Gトン/年、対して人為的排出量は7.2Gトン
であるから、単純に半減しなければならないということである。しかし地球の温度が上ってくると、土壌の
有機物質が分解し、海洋に溶け込んだ二酸化炭酸が気化し、自然排出が増え吸収が減ってくる。
ある試算によると、3~4℃上昇した場合、地球の吸収は2Gトンになるという。すなわち、大雑把には排
出量を現状比1/4にしなければならなくなる。
<結論>
低炭素化は短期的には確かにコストアップになる。しかし何れ背負わなければならないコストであると考
えて対策を採ることに越したことはない。経済界には規制のゆるい発展途上国に事業移転するしかない
との意見がある。これも早晩規制されるであろうし先進国の進出企業は真っ先に規制されるでしょう。
またこの取組みに積極的な欧州が製品に対して何らかの規制をかけてくるでしょう。RoHS指令のような
ものである。外圧によって初めて本腰を入れるようだと世界市場からはじき出されてしまう危険性もある。
ここでは述べなかったが、排出量削減と並行して取り組まなければならないのは吸収技術。排出量取引
など実施されるとすると有力な武器になる。新しい産業の基軸として本腰を入れるべき分野であることに
変りはありません。
*参考資料:大気環境学会50周年記念公開シンポジウム資料

追加(2013.11.20読売)
環境省は19日、2012年度の日本の温室ガス排出量(速報値)は、13億4100万トン(1990年度日6.3%増)と発表した。12年度までの5年間の平均では90年度比8.2%減だったことから、日本に6%減を義務づけた京都議定書の目標は達成した。12年度の排出量は11年度比も3320万トン増えた。議定書の目標が達成されたことについては、08年秋のリーマンショックによる景気低迷の影響、途上国での削減分を日本の削減分に算入する排出量取引、森林を手入れすることで削減とみなす制度などあってのことで、原発停止の影響を除いて積極的努力がどこまで実を結んだのかは正直分からない。京都議定書後の13~20年の削減については05年度比3.8%減としている。

by bonjinan | 2009-09-25 10:08 | 政治・経済

温室効果ガス「90年比25%減」を宣言

鳩山首相は米21日夜、国連気候変動サミットの開会式で演説し、温室効果ガス排出
量を米中などの削減努力を前提に「90年比25%減(~20年)」を目標とすると宣言し
た。各国代表から万雷の拍手を受けたようである。
国内、特に産業界からは、目標の高さからコストアップを懸念する意見が大きいが、
新たな産業の創出軸であるだけに官民一体となっての取組みが求められる。
わが国のCO2排出量(05年)をみると、エネルギー転換(発電等)32%,産業31%,
運輸20%,業務9%,家庭5%,その他3%となっている。
この数字から分るように、単一セクターの努力でなしえるものではなく、低コスト化の技
術革新は勿論のこと、需要サイド側の大幅変更も必要とする大きなテーマである。
エネルギー転換部門では原子力の安全性追求、約40%を占める石炭・石油の低減、
産業部門はこれまでにも大きな削減を図ってきているが、内10%を占める製鉄での水
素製鉄他、運輸部門においては電気自動車等に限らず公共交通システムの見直し、
地産地消の推進など社会システム全体の見直しも要する。
業務・家庭部門では電力分を加えると更に大きな数値になる。照明のLED化、給湯・冷
暖房のヒートポンプ化、太陽電池の導入促進に加え、太陽光熱の直接利用、建築の断
熱構造採用など地道な手立ても有効と考えられている。
産業界は産業立国復権にかけて、関連技術・商品の一層の低コスト化を追求してもら
いたい。ここしばらく産業界は人件費の削減に躍起になってきているが、本課題に対し
ては競合各社の開発競争だけではなく官産業界一体となて取り組んでもらいたい。
米国は本サミットでは積極的取組みを公言しなかったが、米国内では積極取組みが
進んでおり、これまでIT産業を牽引してきたシリコンバレーも低炭素化ビジネスに大き
く舵を切っているという。日本は低炭素化で先進国だという自惚れは止めた方が良い。
いづれにしても、政府はCO2増加のシュミレーション、コストアップ要因・額をその前提
と共に分りやすく開示し、具体的な取組み指針・内容に展開し示して欲しい。
参考:4/3記事
by bonjinan | 2009-09-23 11:16 | 政治・経済

リーマン破綻から1年、何が変わったか

米証券4位だったリーマン・ブラザーズが08年9月15日に米連邦破産法の適用を
申請してから1年経った。09年1~3月期を底にして回復しているものの在庫調整、
財政出動によるものと思われ自立的回復過程に入ったとは判断されていない。
主要経済指標をみると、特に問題なのが景気の先行指標である設備投資が全く
回復していないこと、および雇用が回復するどころか悪化していることにある。
企業は損益改善に躍起になっており、最重要案件は固定費削減になっていること
を示している。ここにきての円高もこの動きに一層拍車をかけている。
景気回復の原動力は家計の改善にあるが上記動きからはまったく期待できない。
新たな価値の創造による新規需要の開拓以外にないのであるが、残念ながらその
兆候がみえない。
最近、商品市場への投機的動きが指摘されている。あるところにはあるお金を新規
分野にどう引き込むか、政策もさることながら企業の新たな動きに期待したい。
量的回復を期待し固定費削減で動く企業からは国内経済には関係のない海外移
転の答えしかないだろう。
(主要経済指標)
・実質GDP:557.0兆円(08.7~9)→520.7(09.1~3)→523.6(09.4~6)
・鉱工業生産指数:103.6(08.9)→69.5(09.2)→82.6(09.7)
・輸出額:6.6兆円(08.9)→4.1(09.2)→4.3(09.7)
・完全失業率:4.0%(08.9)→5.7(09.7)
・設備投資(前期比):+5.0%(08.9)→-28.0(09.6)
by bonjinan | 2009-09-15 20:40 | 政治・経済

元気な築地、小歴史散歩

銀座から晴海通りを隅田川に向かって歩くと、左に歌舞伎座、築地本願寺、右に築地
場外市場・東京中央卸売市場、さらに進むと墨田川・勝鬨橋に至る。
高級感溢れる銀座から一気に江戸の風情を残した活気ある築地へ、このコントラストが
何とも言えない魅力です。外人さんにも人気があるわけです。
特に、築地市場は早朝から人・車がひしめく。世の中、不況とはいえ「腹が減っては戦
ができず」、東京の胃袋を満たすため、皆さん元気に働いていてくれる。
頼もしい限りです。私まで元気が貰えそうです。そんな築地の今と昔を楽しみたい。
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  歌舞伎座:121年の伝統と歴史を刻んできたが、改築のため来年4月をもって休館。
  掲示板には「歌舞伎座さよなら公演、平成22年4月まで、あと233日」とあり。
  九月公演夜の部では歌舞伎18番の内、勧進帳が演ぜられている。
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  築地本願寺:正式には「浄土真宗本願寺派本願寺築地別院」。
  1617年、京都・西本願寺別院として浅草橋近くに建立されたが、1657年(明暦3年)
  江戸三大大火の一つ、本郷丸山・本妙寺が火元となった明暦の大火(振袖火事)に
  より消失。佃島の門徒が海を埋め立て現在地に再建、これも1923年の関東大震災
  で消失。1934年、古代インド様式の石造りで竣工、現在に至っている。
  ご本尊は聖徳太子御作と伝えられる阿弥陀如来様。
  誰でも入れ、私も朝の読経を聴かせて頂きました。外人さんも多数おられました。
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  築地場外市場:朝から大賑わいの「もんぜき通り」。西本願寺が準門跡寺院である
  ことから、江戸時代より「築地の御門跡様」と言い、築地本願寺から連なるこの通り
  (現、新大橋通り)を門跡通りと呼んだ。そのなごりが見られます。
  ちなみに広重「名所江戸百景」では築地本願寺を「築地門跡」と記している。
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  東京中央卸売市場:元は日本橋にあったが、関東大震災以後に築地に移ってきた。
  東京都は豊洲への移転を計画していますが、東京の元気の源としての有形無形の
  価値があるようにも思います。セリが終り運搬車が頻繁に行き交う。
  市場脇には「魚河岸水神社遥拝所」がある。本殿は神田明神境内。この社も市場と
  共に移ってきているが、築地魚市場の守護神”水神(すいじん)さま」として崇敬され
  ている。境内の「旗山(はたやま)」碑は日本海軍発祥の地であることを記している。
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  勝鬨(かちどき)橋:築地と月島の間を渡していた渡船場が、1905年の日露戦争
  での戦勝を記念し「勝鬨の渡し」と命名された。はね橋となったのは1940年。
  1970年からは大型船の通航がなくなったこと、交通渋滞緩和のため、あかずの橋
  となっている。東京都選定歴史的建造物。
  近くには、東京築地運上所跡(旧税関)、電信創業記念碑、福沢諭吉の開いた私塾
  跡など見所がたくさんあり。
by bonjinan | 2009-09-10 17:28 | 旅、散歩

静かな散歩道@多摩丘陵

ゴルフでちょくちょく行く多摩丘陵。今日は散歩。緑が多く散歩には絶好の場所ですね。
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                     稲城市中央公園
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         くじら橋:専門的にはプレストレストコンクリートラーメン橋というのだそうですが、
         3次元的変化が美しいですね。確かにくじらをイメージさせます。
by bonjinan | 2009-09-09 01:02 | 旅、散歩

石仏・石塔・石碑めぐり@目黒不動尊界隈

何度も詣でる目黒不動尊。今日は石仏・石塔・石碑に注目して歩いてみました。
先ずは、関東最古不動霊場・目黒不動尊のお参りから。
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    「清らけき 目黒の杜の 独鈷瀧 災厄難を 除ける不動尊」(不動尊御詠歌)
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       意志不動尊@目黒不動尊
       新しく建てられたもので受験生が固い決意を誓っていました。
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       庚申塔@五百羅漢寺
       庚申の日には、人間の体内にいるという三尸(さんし)の虫が、寝ている間
       にその人の悪事を天帝に報告してしまうで、庚申の日には眠らずに一夜を
       明かす風習があった。庚申塔は、この三尸の害を防ぐため造られた。
       青面金剛が赤子をつかみ、邪気を両足で踏みつけている。
       台座には申にちなみ三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)が刻まれている。
       庚申の日は干支(えと)即ち十干(じゅっかん)と十二支(じゅうにし)を組み
       合わせた60組の57番目。庚申の年、月、日は人の心が冷酷になり易いと
       される。ちなみに還暦は暦を一巡した60年目の年。
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       原爆殉難碑@五百羅漢寺
       1945年、広島に原爆が投下された際、新劇の名優丸山定夫が主催する
       移動劇団さくら隊が被爆し悲惨な最期を遂げた。
       これを悼み弁士・徳川夢声が建立した。
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       お静地蔵尊@成就院(たこ薬師)
       徳川二代将軍秀忠の側室、お静の方(会津藩主・保科正之の生母、浄光院)が
       お腹さまになることを願い三体の観音様を奉納(写真右側)。
       その後、願いかない無事の生育を祈願し三体の地蔵を納めた(写真左側)。
       写真中央は阿弥陀如来様。
       その由来から縁結び・子宝・出世・開運を願う人の信仰を集めている。
       寺はご本尊が薬師如来様で蛸に支えられた蓮華座に乗っていることから蛸薬師
       とも云われ壁に「ありがたや 福をすいよせる たこ薬師」とあり。


      
by bonjinan | 2009-09-05 13:29 | 旅、散歩

たまプラーザ近くの桃源郷

再開発が進む東急田園都市線たまプラーザ駅を降り美しが丘の住宅街を過ぎると左側に小高い丘陵がみえてくる。山道を登るとおしゃれな街並みと打って変わってのどかな山里の風景が広がってくる。
名所旧跡など何もないが、これからも残して欲しい私にとっての桃源郷。
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            ゆるやかなカーブと変化がなんともいえない。
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            ケイトウ(鶏頭)が美しく咲いていました。
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            実りの秋、栗の実が大きくなっています。
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            こんな気持ちの良い場所で畑仕事。いいですね。
by bonjinan | 2009-09-04 18:18 | 旅、散歩

東横線・大倉山周辺散歩

東横線大倉山駅を降りると西側にはクレタ・ミケーネ様式の建物といわれる大倉山記念館を中心とした大倉山公園があり観梅の頃には梅園に多くの人が訪れる。今日の散歩は東側、関東随一大霊験所、最近ではサッカー神社とも呼ばれている師岡熊野神社、江戸時代の農村生活の原風景を残した横浜市指定有形文化財第1号横溝屋敷を訪ねた。むかしの人たちの生活・信仰が偲ばれる散歩でした。
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師岡熊野神社:724年全寿仙人により創建され和歌山県熊野三社の御祭神と一体。885年には光孝天皇より「関東随一大霊験所熊野宮」の勅額を賜った由緒ある神社。社叢林は昔からの植生を残しており神奈川県指定天然記念物に指定されている。関東における熊野信仰の根拠地、横浜北部の総鎮守となっている。最近ではむしろサッカー神社としても有名。日本サッカー協会のエンブレムの”やたがらす”は社紋である”三つ足烏”から採られている。サッカーをする者の神様でもあるのだ。
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熊野山法華寺:熊野神社の隣にある天台宗のお寺。明治時代の神仏分離以前には別当寺とその鎮守社として一体のものであり、熊野山と山号が付けられている。
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横溝屋敷:江戸時代、名主であった小田切氏の館跡に建つ民家跡で茅葺屋根の母屋、表門(長屋門)、穀蔵、文庫蔵、蚕小屋からなる。建築年代は江戸末期から明治中期とのこと。当時の農村の風景をほぼ完璧に残している。なお所在地は獅子ヶ谷であるが、古くは師岡郷で前出、師岡熊野神社の獅子舞を担当したことに由来する。
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横溝屋敷に残されている農機具:50年位前まではこのような農機具を使っていた。現代における農機具も原理は全く同じであり、動力が人力であったに過ぎない。
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車地蔵:かつて鶴見から師岡に抜ける道はこの地蔵尊の前の通りだけだったようで、往来の折、お堂の柱にある小さな車(後生車)を回すと六道の苦しみから救われると信じられことこと回しながらお祈りしたようだ。横溝屋敷、獅子ヶ谷市民の森の直ぐ近くにあり。
by bonjinan | 2009-09-03 23:52 | 旅、散歩