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千葉・富津岬

東京湾周遊ドライブ(首都高湾岸線、館山道、アクアライン)を楽しんできました。
木更津の南、富津市・富津岬に初めてまいりました。丁度、干潮の時間に合わせ潮干狩
りに向かう車も結構おりました。富津公園・保安林の中を暫く走ると岬の先端に。
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  富津岬:東京湾内湾と浦賀水道の二つの海流がぶつかるところに砂が堆積して形成
  された約5kmの岬。写真は岬の先端にある展望台(遠くからみると五葉松の形)から
  みた富津岬。岬の地形が良く分ります。黒松を中心とする保安林が延々と続き、海浜
  植物の群生地でもあるようです。時間があれば園内をサイクリング、散歩もよし。
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   三浦半島側を望む。空気が澄んでいれば富士山も見えるはずですが今日は見えず。
   岬の先は、明治期に外国から首都を守るため築かれた「第一海堡」(砲台)。
   干潮の時間も近づきこれにつながるように砂地が見えてきています。
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      6/27、都心では30℃を超える真夏日。ここでは水遊びを楽しんでいます。
      白い砂浜が延々と続いており、勿論浅瀬なので子供の水遊びも安心ですね。
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         そろそろ海開きの季節。賑わう前にのんびりするのが贅沢です。
by bonjinan | 2009-06-28 09:14 | 旅、散歩

千葉公園の大賀ハス

2000年の時を経て開花した大賀蓮*が、今年も千葉公園に開花しています。沼より出で、水を弾き、すっと伸び、清らかな薄紅色の花を咲かせています。弥生時代に、そして如来様、菩薩様のお住いに思いを馳せながら観賞してまいりました。
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*大賀蓮:1951年3月、植物学者・大賀博士が地元中学校の生徒たちと落合遺跡(千葉検見川東大グランド)を発掘していたところ、女子生徒が地下約6mの泥炭層からハスの実1個を発見。翌月さらに2粒を発見し合計3粒となった。鑑定の結果、弥生時代(約2000年前)のものと判明した。その後、大賀博士は3粒の発芽を試み、そのうちの1粒が発芽し翌年見事に開花したという。以来、大賀ハス(古代ハス)は世界最古の花として、千葉公園から世界各地に根分けされ友好親善を深めている。
by bonjinan | 2009-06-27 18:06 | 旅、散歩

東京の坂道・行人坂、大円寺、雅叙園 sanpo

東京には魅力ある坂道がたくさんあります。行人坂もその一つで私の好きな坂です。
JR目黒駅を降り、権乃助坂(目黒通り)から左側の道に入ると行人坂。
喧騒の街から一気に緑に包まれ歴史が薫る静寂な空間に入り込むことができます。
坂を下ると左に祠、大圓寺があり、坂を降り切ると目黒・雅叙園に至る。
五百羅漢寺、成就院、目黒不動尊、林試の森公園と歩くと約3Kmの散歩コースとな
りますが、今日はふと思い立っての立ち寄り程度、雅叙園での休息にとどめた。
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        行人坂:権乃助坂が開かれる前は二子街道として主要道だった。
        近辺にはたくさんの行人(修行僧)が住み行き交ったという。
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        目黒川架橋供養勢至菩薩石造を祀った祠。静かな雰囲気です。
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       大圓寺(天台宗):江戸初期に湯殿山の大海法院が行人坂を切り開き、
       祈願の道場を開いたのがその始まりと伝えられる。
       もっと有名なのは江戸三大大火の一つ目黒行人坂の大火(1772年)
       の火元となり死者約15,000人を出したこと。生臭坊主が庫裏に放火
       したためという。山の手七福神(三面大黒天像を安置)の一つでもある。
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     大火の被災者を供養する五百羅漢石像など都指定文化財「大円寺石仏群」
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      目黒・雅叙園:写真は飾られたううちかけと生け花。
      よく假屋崎省吾さんの華麗な生け花展が開催され御夫人には人気あり。
      7/24~、都指定有形文化財「百段階段」(通常非公開)で人形師の
      辻村寿三郎×百段階段展(雨月物語から平家物語縁起へ)が開かれる。
by bonjinan | 2009-06-25 19:40 | 旅、散歩

「わかりやすさ」の功罪

2002年から始まった景気拡大は、07年に頂点に達し、08年末、米国発の金融危機をもって世界同時不況に突入しました。この時期の特徴は、内需による好況ではなく外需によるもので、実質GDPに占める輸出依存度50%を超えていたことでした。これを反映するように一部のグローバル企業と言われる輸出企業とその関連企業はかつてないほどの好決算を出した。しかし企業の事情としては、原油高に象徴されるように原材料価格が高騰し続けていたにも関わらず、市場環境はグローバルな戦いの中でもあったから、販売価格には転嫁することができず、内部コストの削減に動かざるをえなく、賃金の徹底的抑制(正規社員の賃金アップ抑制、派遣、非正規雇用の増)によって凌ぐことになった。また株主資本主義の流れが強まっていたことで、利益は配当に回った。結果、一般家計への利益配分はほとんどなく、実感なき好況に終わった図式であった。次に、こうした表面的な動きの底流にあった大きな動きを振り返ってみたい。まず、株主資本主義の潮流の中での経営のオープン化、及び現場レベルでの「わかりやすさ」の追求であった。多くの企業で工数、投資削減の有力手段としてTPS(Toyota Production System)に飛びつき、現場ではカンバン方式に代表される目で見る管理が導入された。結果として、無駄が取り除かれ一定の成果を挙げてきた。管理部門、開発部門においても、生産量が増え、取引先が増え、かつ素材コストもアップしていたから、スピード判断が求められ、複雑なことも「わかりやすく」単純化し判断することが求められた。しかし、冷静に考えてみると、好況と言っても、輸出の増、言い換えるとそれまであった製品の仕向け先が変わっただけの増という幸運に恵まれただけの話だった。今、世界同時不況に直面してみると、「わかりやすさ」の追求の結果として、何か将来に結びつく芽が残ったのだろうか。グローバルスタンダードへの追いかけ、量的拡大を冷静に再点検し、まだ顕在化していないニーズ、自分では気づいていない宝探しを是非してもらいたい。かつて松下幸之助は「好況よし、不況またよし」と言った。不況こそあるべき姿を再検証する絶好の機会なのかも知れません。複雑さの中に共通性、普遍性、あるいは特異性を見出そうとする行為は人間の本能的欲求であり、むしろ創造にも結びつきますが、複雑さを吟味もなく単純化することは軽薄化と結びつきます。ここ10数年の動きはまさに後者の世界であったと思える。本項は製造業について述べたものですが、政治の世界でも紋切り型の表現が好まれましたし、マスコミ、書物・・・あらゆる分野で共通してみられた世相だったと思います。
by bonjinan | 2009-06-16 23:54 | 企業・起業

川崎・東高根森林公園

川崎市宮前区に神奈川県立東高根森林公園があります。東京のベッドタウンとして都市化が進む中に
あって、ほとんど自然のままの景観を残した貴重な公園になっています。今では鎮守の森にしか残っていないシラカシの自然林がそのまま残っており(県指定天然記念物)、谷間には小川を好む湿性植物が我が適地として繁茂しています。暑い夏には涼感が一層感じられる場所です。
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        鬱蒼と繁る森の中の歩道。湿性植物園。水田もあり、里山の景観もあり。
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        寄生植物の寄生したシラカシ。豊かな森であることの証拠です。
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         水辺が適地のワスレナグサ(勿忘草):ムラサキ科
         ドイツの騎手ルドルフと恋人ベルタの悲恋に由来し英名:forget-me-not 
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      ドクダミ(毒溜):ドクダミ科。ここではいたるところに繁茂、群生している。
      昔は身近な薬草として使われた。葉っぱは、膿とり、湿疹、カブレ、乾燥して
      解毒剤として効用あり。日本薬局方で十薬と記される生薬でもある。
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      シラカシの林に囲まれた古代芝生広場。竪穴住居も発見された遺跡の場所。

※参考:東高根森林公園から東名高速に掛かる橋を渡ると長尾、つつじ寺の妙楽寺が あります。
  途中、全山つつじで埋まる等覚院もあります。散歩コースと思います。
by bonjinan | 2009-06-14 07:51 | 旅、散歩

世の中、無常なるもの、はかなきもの

昨日、郵政社長人事をめぐり、鳩山総務相が辞任した。鳩山氏いわく「世の中、正しいことが通らない時があるんだなと、今はそう思います」と発言した。鳩山氏にせよ西川社長にせよ、良くある「世間を騒がせたことにお詫び申し上げます」パターンの辞任にはならなかったものの、「世の中」とか「世間(せけん)」という言葉はこうした場合、良く使われる。この会見でも「世の中」ということばが使われている。「世の中」は抽象的な言葉で枕詞のようなものだが日本人の精神風土にどっぷり根付いている。歴史をたどれば万葉の時代から無常なるもの、はかなきもの代名詞でもあったようだ(はかとは、はかどらないのはかで、思うように進まないの意味)。
「世の中を何に譬へむ朝びらき漕ぎ去(い)にし船の跡のなきがごと」(沙弥満誓)*
「世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり」(大伴旅人)
阿部**によると、鎌倉時代になるとさらに無常なるものがリアリティーを増して、より身近な人間関係に及んでくるという。現在、「世間を騒がせた・・・」と言えば心情として、一般大衆をイメージしているわけではなく、自分と直接関係ある人たちに迷惑をかけたの意味合いで使われている。ほとんど同じ使い方が鎌倉時代に定着してきているという。
「世ニ随(シタガ)ヘバ身苦シ。随ハネバ狂(キョウ)セルニ似タリ」(鴨長明、方丈記)
「世に随へば、心、外の塵に奪はれて惑ひやすく、人に交はれば、言葉、よその聞きに随ひて、さながら心にあらず。・・・・・」(吉田兼好、徒然草第75段)
生真面目な個人を悩ます「世の中」はこうして時代が下るとともにより冷たい非情なものになってくるのだが、時代が変わっても逃げるに逃げられない厄介な相手であるとの認識は変っていない。
話を戻そう。麻生首相は今回の鳩山氏の更迭理由として「国民の財産の郵政事業に関し、政府と郵政会社との間に混乱を生じた印象を与えたことははなはだ遺憾。早急に解決されてしかるべきだと思って、判断した」と述べた。混乱を生じた印象を与えたと述べたが、問題があったから混乱があったのではないか問題がまったくなかったのなら何故更迭劇が起きたのか疑問が残る。日本人は問題の本質を議論するのを嫌い元々世の中のことは無常ではかないものだから、いろいろ議論すること自体が野暮なのだ、との結論ずけるのがが好きだ。世の中が、無常なるもの、はかないものの代名詞として使われ、社会のリーダー達がことあるごとに権力者の村を意識して使われる限り、オープンな社会、安心とか信頼社会の実現は困難と思われる。
*和歌は鎌倉初期になると本歌取りによる重層的表現が流行る。
この歌も勅撰和歌集の拾遺和歌集になると変わる。
「世中を何に譬へむ朝ぼらけ漕ぎ行く舟の跡の白波」となる。
後世、これが無常を歌う標準歌となっている。
引用:**阿部謹也「世間とは何か」講談社現代新書(1995)
**竹内整一「はかなさと日本人」平凡新書(2007)
by bonjinan | 2009-06-13 08:05 | 文化・歴史

新緑のフォンテーヌブロー

新緑の候、この頃になると思いだすのが新緑のフランス、フォンテーヌブロー。
2008年5月の風景です。
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  フォンテーヌブロー・アヴォン駅:パリ・リヨン駅から約40分。
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  世界遺産フォンテーヌブロー城:フランス・ルネッサンスを代表する城。
  フランソア1世(在1515-47)の時代にはレオナルド・ダ・ヴィンチもここを訪れた。
  ちなみにフランソアはフランス最初のルネサンス君主とも評されている。
  正面の馬蹄形階段は1814年ナポレオンがエルバ島に流される際に部下と別れを告げた場所。
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   鯉の池。
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   広大な庭園。
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   マロニエの並木。
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   広場で遊ぶ子供たち。
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   庭園の森。町を挟んで北側にはフォンテーヌブローの森が広がる。
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   城を取り囲む木々。
by bonjinan | 2009-06-12 08:18 | 旅、散歩

シャンゼリゼ通り

  凱旋門からシャンゼリゼ大通り、モンテーニュ通りの風景。2008年5月撮影。
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  凱旋門。ナポレオン(1769-1821)の野望とロマンの象徴。
  1805年のアウステルリッツの戦いに勝利。フランスの栄光を記念して建築開始。
  しかし着工7年目にしてナポレオンは失脚。完成したのは没後の1836年だった。
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  シャンゼリゼ大通り。凱旋門からコンコルド広場まで続く。
  フランス人は世界で最も美しい通りという。確かに華やかで美しい。
  名前の由来は古代ギリシャ神話に出てくる「至福の野」という意味だそうだ。
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  モンテーニュ通り。
  シャンゼリゼ通りのロン・ボアン(円形広場)からアルマ広場、アルマ橋に通じる。
  高級ブランド店が並ぶ。写真にはディオールの店が映っている。
  なおアルマ橋付近ではかつて英国・ダイアナ妃が交通事故に遭遇している。
  この後、エッフェル塔からパリ六区まで歩いたのでした。

(注)アウステルリッツの戦い(1805年)
イギリス・スペイン連合とのトラファルガー沖の海戦で敗れたが、オーストリア・ロシア連合軍とのアウステルリッツの戦いでは勝利し、大陸の覇権を握った。翌年にはライン同盟をつくらせオーストリア・ハプスブルク家を皇帝とする神聖ローマ帝国が名実ともに消滅した。なおアウステリッツは現在のチェコ領となっている。 
by bonjinan | 2009-06-11 17:42 | 旅、散歩

パリ、エッフェル塔

  エッフェル塔。2008年5月撮影。
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  セーヌ河越しに望むエッフェル塔。
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  シャイヨー宮テラスから望むエッフェル塔。
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  シャン・ド・マルス公園から望むエッフェル塔。 高さ321m。
  1889年、フランス革命100周年、第4回パリ万博の時建てられた。
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  エッフェル塔の足元で。
by bonjinan | 2009-06-11 13:51 | 旅、散歩

パリ、サンジェルマンの風景

  パリ6区の風景。2008年5月撮影。
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  サン・ジェルマン・デ・プレ教会。
  現存するパリ最古の教会の一つ。6区のランドマークでもある。
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  パリ大学(ソルボンヌ)界隈
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  リュクサンブール公園
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  リュクサンブール宮殿
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  パンテオン。ユゴーやルソーなどが眠っているという。
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  どこから撮ったのか忘れましたが遠くにパンテオンらしき建物。
by bonjinan | 2009-06-11 11:38 | 旅、散歩