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カテゴリ:読書( 95 )

今週の一冊

たいして本を読む方でもないので「今週の一冊」とは大それた題ですが、参考になった
本を採り上げ、印象程度の記録をしたいと思う。
今回は、原田泰 『日本国の原則』 日経新聞社 2007年 について。
ここ10数年、日本はダメになっているとの論調がやたらと多くなっている。マスコミなどもうわべの話題ばかりを採り上げ危機を煽る。打開策につながるであろう情報、データを提供するでもなく、かたちだけのあるべき方向を語って記事は終わる。こうした風潮の中にあって、著者は日本の歩みをロングレンジで鳥瞰し、人々に自由があったからこそ、また拡大してきたからこそ今日の繁栄がある、唯一の例外は30年代半ばだけだと述べる。日本の守らなければならない原則は「自由と真実を愛することだ」と説く。呑めない部分もあるが、明るく将来を考えたくなる一冊だ。
by bonjinan | 2010-06-17 19:56 | 読書

ルソーの「社会契約論」

近代デモクラシーの先駆的宣言の書といわれるルソー(1712-78)著『社会契約論』岩波文庫があったので読んでみた。二、三ピックアップしたいと思います。
わが国においてデモクラシーなるものがどの程度進化しているのか考えさせられる。
「第1編第1章 主題
人間は自由なものとしてものとして生まれた、しかもいたるところで鎖につながれてい。・・・」
第3編第15章 代議士または代表者
ひとたび、公共の職務が、市民たちの主要な仕事たることを止めるやいなや、また、市民たちが自分の身体でよりも、自分の財布で奉仕するほうを好むにいたるやいなや、国家はすでに滅亡の一歩前に
ある。・・・・・
第4編第3章 選挙について
統治者および行政官の選出については、すでにのべたように、これは複合的行為であって、これを行うには二つの方法がある。すなわち選挙と抽選とである。
「抽選による選挙は民主制の本質にかなうものだ」と、モンテスキュはいっている。
・・・中略・・・選挙と抽選が混用されているときには、軍務のような特有な才能がいる地位には前者をもってすべきである。裁判官の職のような、常識、正義、潔白だけで十分な地位には、後者が適している。なぜならよく組織された国家においては、このような資質は、市民全部に共通だから。・・・・」わが国の政治状況をみると、リーダーたちがどう発言した、力関係がどうだ、人気がどうだなど傍観者的話題に終始している。また現政権では性格の異なる外交と内政を同じ思考軸で考えている。ジャン-ジャック・ルソーの考えたデモクラシーとはどの観点からみても程遠い状態であるだけに依然として新鮮だ。
by bonjinan | 2010-05-26 22:14 | 読書

絵と真実

安野光雅著「絵の教室」(中公新書)カラー版が発売されています。
安野さんの絵は写実的でありながら人びとの生活があり、物語があり、動きがあります。
なぜこのような絵が描けるのか、何を考え描かれているのか興味津々で読ませていただきました。
絵と真実の項から抜粋して考えてみたいと思います。
「わたしたちが描く絵は、ちょうど舞台のできごとなのだと言うとわかりやすいのではないでしょうか。おもしろいことに、本当にあったこと(事実)には動かされないのに、絵なり映画なりになった「真実」のほうにこころ動かされるということがあるものです。
わたしたちが今まで追い求めてきた写実主義というものをよく考えてみると、本当の本当というので
はなくて、演劇的な「真実」だったのだ思い至ります。」 ・・・中略・・・ 
「わたしはそのとき「見たことのないもの」を描く世界があり、それがむしろ絵の本来のあり方だったかもしれないと思うようになりました。」と書かれています。
天使が宙を舞っているルネッサンス期の宗教画を考えてみたいと思います。みたこともない世界ですが、自然な感じ、いやむしろもっとのびやかに表現されています。もちろんしっかり描く技術があって表現されているのですが、その上に更に想像力、創造力が発揮されての絵です。では想像力、創造力はどこから生まれるのでしょうか。違いなく、人体の動きを良く観察しその動きが頭に入っているからこそと思います。
安野さんは、「子どもの時代のイマジネーションの積み重ねが、やがて、何事かを表現する力になる
と思います。」と仰っています。この想像力、創造力について、現代社会で考えてみたいと思います。自然の中で遊び観察することもなくなり、疑問があればうわべの答えはすぐ得られる時代になっています。子供たちはどこで想像力、創造力を育んでいくのでしょうか。昨今の活力のない社会を思うと、改めて想像力、創造力をどう育むのか、問題提起されたような気がします。
by bonjinan | 2009-10-01 18:10 | 読書

生理的最適、生態的最適

植物の世界を長年研究されてきた宮脇先生の著書*に面白いことが書かれていた。
植物を単植栽培すると湿りすぎず乾きすぎない場所で最大の成長を示すことは容易に想像できるが、混植すると乾いたところでも最大の成長を示す場合があるという。競争相手のいない場所での成長力と競争相手がいて好立地からはじかれた場所での成長力のどちらが本来の姿と考えるべきか、ある学者が考え、前者を生理的な最適域、後者を生態的な最適域と呼んだそうです。このように地球上のすべての植物は、自然状態にあるので種の生理的最適条件から少しずらされ、少しきびしく、少し我慢を強要されて生育しているのだという。またゴルフ場の芝を調べたところ、ラフで100%芝にみえるところでも20~30%は芝と同じ生活形をもっていて成長点が地際にある草が共存しているとのこと。若し雑草を全部抜き取ってしまうと虫の襲来で全滅することがあるという。こうしてみてくると、我々個人も企業も希望としては生理的最適を望みたいところだがそうはいかない。恵まれてそれが可能だったとしても環境が変れば一気に適応できなくなってしまう。少々不満はあっても居場所を見つけたらそこで成長していくことを考えた方がよさそうである。 
*引用:宮脇昭 『緑回復の処方箋』 朝日選書(1991.6)
by bonjinan | 2009-02-09 21:48 | 読書

バブルの物語

ジョン・K・ガルブレイス著「バブルの物語」(日本語訳本)ダイヤモンド社(2008.12)が発売されている。1991年に発売された初版をほとんど訂正することなく復刊されたものとのこと。
今読んでもとても18年前の著作とは思えないほど金融バブルとその本質を鮮やかに描いている。
「陶酔的熱病(ユーフォリア)=金融バブル」は繰り返し起こる現象であり、それにとりつかれた個人、企業、経済界全体を危険にさらすものだ。予防の働きをする規制は明らかな形では全く存在しえないのであって、個人的、公的な警戒心を持つこと以外に予防策はない・・・・」。
その本質の第一として、「金融に関する記憶は極度に短いということである。その結果、金融上の大失態があってもすばやく忘れさられてしまう。またさらにその結果として、ほとんど同一ないし同様な状況が再現する」と述べている。事実、01年ITバブルの崩壊からいくらも経っていない内に、今回のバブル崩壊はおきている。第二の本質として、「金と知性とが一見密接に結びついているかのように思われていることである。あらゆる自由企業性的な態度においては、個人が所有もしくは関係する所得とか資産とかいう形での金が多ければ多いほど、彼の頭脳の働きは機敏で鋭い、と考える強い傾向がある。金こそ資本主義的成功の尺度である。金が多いほど成功の度合いも大であり知性もすぐれている、というわけだ」と述べる。本項もその通りだと思う。金融を語るエコノミストの番組も多くの人がみる。頭の良い人はどう考えているんだろうかと。また儲けた人はいかにも世の中の動きを的確に掴み先取りしたんだと自慢話として語る。しかし損すると何も語らず、失敗の原因は闇の中に葬られる。今、バブル崩壊の影響が深刻になっている。しかし次のバブルの芽はどこかででている。またそれが経済回復のトリガーになることもある。資本主義は歴史的にも否定できないしくみではあるが、こうした病根も持っています。病根を徹底的に追求し制限すると資本主義の自己否定になるからまた誰もそこまでは追求しない。バブルは繰り返すだろう。しかし世の中に有用なものを生み出すこと、提供することがあくまでも基軸でなくてはならない。
メモ:John Kenneth Galbraith(1908-2006)、カナダ生まれ。
カルフォルニア大学バークレー校にて経済学博士号取得、ハーバード大学教授、アメリカ経済学界会長など歴任。
by bonjinan | 2009-01-24 09:16 | 読書