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カテゴリ:文化・歴史( 119 )

ロシア国立トレチャコフ美術館展

渋谷、Bunkamura ザ・ミュージアムでトレチャコフ美術館展が開かれています。ロシアの美術展が開かれることは稀であり良い機会としてまいりました。
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ポスターにもされている、クラムスコイの≪忘れえぬ女≫は、肖像画でありながら内面の心情をも描こうとしているようでした。イラリオン・プリャニシコフ≪空っぽの荷車≫、ワシリー・マコフスキーの≪嫁入道具の仕立て≫などもロシアの大地に生きる人間の生活が生々しく感じられるものでした。人間の生き方を書いた文豪トルストイ、ツルゲーネフ、チェーホフの肖像画では、その人となりを知ることができたような気になりました。以下、ビラをもとに再編成した備忘録。
<トレチャコフ>
パーヴェル・トレチャコフ(1832-1898年)、紡績業で多額の財を築き、利益を社会
に還元しようと多くの慈善事業を行った、その一つとして「ロシアの芸術家によるロシア美術のための美術館」として始めた。当時のアカデミーの潮流に囚われず、信念に基づき、同時代の芸術家(クラムスコイら)の作品を鋭い審美眼をもって集めたという。
<当時の時代背景>
帝政ロシアは、聖地パレスチナの管理に絡め南下政策を採っていたが、トルコとのクリミア戦争に敗北(1856年)、以降、ロシア革命(1917年)に至るまで衰退方向に動いていた。しかし、芸術分野では、クラムスコイを中心とする14名の学生たちがサントペテルブルグ美術アカデミーを離脱、移動展示会協会を結成するなど自由な画題、表現を求めて活動し始めていた。当時の中心的考え方は、リアリズム(写実主義)だったが、ロシアの大地の日常風景、生活の一瞬を見事に表現し、写実ではありながら、印象主義的方向性を示していた。
by bonjinan | 2009-05-04 16:40 | 文化・歴史

東京国立博物館、阿修羅展

奈良・興福寺創建1300年記念、阿修羅展に行った。
展示会場に入るや我が国人気No.1、三面六臂の凛とした阿修羅像が眼に飛び込んできた。照明のせいでしょうか、奈良・興福寺国宝館で観るより一層輝いて見えた。著名人により見事な表現がされているが、私には、向かって正面左、世の中の不正や悪への怒りの表情、向かって正面右、忍の表情が、正面はこうした現実、修羅場を踏まえて、悩みながらも平安の世の中に向けて立ち向おうとする強い意志が感じられた。如来様、菩薩様のように我々凡夫の世界から超越した存在ではなく、悩み
迷いを分かち合っていただいているような感じもする仏様です。興福寺の阿修羅の仲間達、八部衆(仏教に教化され守護神(釈迦如来の眷属)となったインドの神々)も皆、若々しく清純な風貌、特に、沙羯羅像は子供のうようです。同じく展示されている十大弟子立像(現存する6体)も天平ならではの穏やかな表情でした。四天王像は鎌倉時代の作、打って変って力強い姿になっている。
*興福寺:藤原氏の氏寺。710年鎌足の子、不比等が現在地に寺地を移し興福寺と
改めている。現在、法相宗の大本山。
*八部衆立像:聖武天皇の后、光明皇后が母橘三千代(不比等の妻)追善のため
興福寺西金堂を建立し収めた。渡来人の仏師・将軍万福、画師・秦牛養の彩色。
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        入場時には30分待ち、退場時には1時間待ちになっていました。
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        館内のユリノキ(百合の木)の大木、花はチューリップに似ている。
by bonjinan | 2009-04-16 18:05 | 文化・歴史

個を活かし、全体を調和させる

 3/15、BSジャパンで日仏交流150周年を記念しての「パリに薫る東山文化~禅の心 香・茶・花~」が放映された。フランスで開かれたワークショップの様子で、香道、茶道、華道それぞれフランス人の関心を引いていた。最も感心したのは,銀閣寺花方を務められている佐野さんの生け花。
足利義政を流祖と仰ぐ無双真古流。佐野さんいわく、根元をしっかりと固定し交差させないで真直ぐに活ける、それぞれが引き立て合うように余白を観て活ける、枯れたススキと水仙の組合せで生と死を表現する、・・・・。東山文化は、禅の精神に基づく簡素さ、幽玄、侘びなど精神性を基調とし現代の日本文化の基調となっていると言われる。佐野さんのお話をお聴きしていると、まさにこの東山文化の基調を根本にして生け花で具現化されておられるように思いました。私たちが、国際交流をするにつけ、先ず、個の確立、その上にたっての協調が肝要ということでしょうか。勉強になる番組でした。
by bonjinan | 2009-03-17 21:14 | 文化・歴史

エマニュエル・トッドの主張

新規掲載順。

2016.12.24 混迷の世界を読み解く
NHK-BSで23日、「エマニュエル・トッド、混迷の世界を読み解く」が放送された(11/6放送の再放送)。以下、要点。
【Chapter 1】 世界で生き残るため日本的価値観から脱却せよ!
日本の伝統的家族制度、「跡継ぎ」という概念が、家を存続させることを重視し、会社至上主義をもたらしてきた。最近、少子高齢化対策として定年延長が叫ばれています(例えば65→75歳など)。10年長く仕事をする。しかしそれで大丈夫ですか? 年老いた社会は、変化についていくのに一苦労する。グローバル化でさまざまな国が過酷な競争を繰り広げる中、老人の国となった日本はグローバル化の渦に飲み込まれてしまう。明治維新に匹敵するような価値観の革命が必要です。

【Chapter 2】 トランプ現象は何を意味するのか?
マスコミはトランプ支持者は教育を受けていない層だと言います。トランプを支持するなんて社会の最下位層に違いないと。でもそれはまったく違います。大学に入っても卒業していない中間層と呼ばれる人々です(大卒以上30%、中退25%、高卒32%、中卒13%)。アメリカ人の死亡率をみるとヒスパニック系が減少している一方、白人男性の男性が高くなっています。これをみると社会全体が不安を抱えていることが良く分かります。また教育のレベルによっても死亡率に差があり、大卒や院卒のいわゆるエリートの死亡率が下がっている一方、トランプ支持層でもある中間層は一向に下がっていません。昔のようにほとんどの人々が高卒で読み書きできる程度であった時代は、みんなが一緒で差がないため社会全体は民主的なものになります。しかし現在、実際に力を持っているのは30%の大卒の人々です。彼らはエリートだという自意識があり、他の階層への関心を失いがちです。その状態が続くと、エリート層の意識も変わり、30%というマスエリートは傲慢になり、表向き「みんなのため」と言いながら、全体のためにならないグローバル化を推し進めています。トランプ支持者は決して教育を受けていないわけではなく、愚かでもなく、理性的に考えない人々でもありません。むしろトランプ本人より理性的な人々です。彼ら中間層は、停滞するアメリカ社会に翻弄され社会に対して怒っているのです。内側を疎かにし外側に目を向けるエリートの「覇権主義」と内側に目を向ける一国主義の戦いなのです。

【Chapter 3】 世界のグローバル化は終焉する「EUの動向に注目」せよ
EUはグローバル化からヨーロッパを守るはずだったが、今や世界で最も自由貿易を推し進めているのです。ドイツはその中でも最も生産能力を誇る国です。今やドイツがEUをコントロールしていると言っていいでしょう。EUの理念はすべての国が平等であるということでした。しかし実際はその逆で、国と国の格差が広がっていった。ドイツの独り勝ちを招いています。このことは多くの国に悪い影響を及ぼしています。イギリスをみれば、ロンドンはグローバル化の拠点となり、経済は金融に特化しましたが、北部の都市との間に大きな格差が生まれました。イギリス以外にも多くの国がEUを出たいと思っています。例えばイタリアはドイツに対していらだっています。今やEUはまるで監獄のようです。そしてドイツが看守のようです。このままではEUは崩壊するでしょう。

【Chapter 4】中国は何処に向かうのか?
中国がグローバル化の中で重要な要素だというのは誤解です。自らその役割りを選んだわけではありません。中国はロシアよりうまく共産主義と距離をとり市場経済への移行を選択して、他国からの技術を呼び込むことに成功したと言われています。しかし本当にそうでしょうか? それは中国が自らの力で成し遂げたことではないのです。アメリカ、ヨーロッパ、日本がそうさせたのです。例えば中国人の賃金はアメリカ人の1/20です。それを使えば簡単に企業は利益を上げることができます。ですが実はその構造が中国に悪い影響を与えているのです。世界各国の労働者の賃金を押し下げ、消費を停滞させ需要を減少させています。しかしそれがブラーメンのように自国に戻り、中国の労働者の仕事がなくなることにつながるのです。中国がグローバル経済の中で果たしている役割りの大きさを考えると、この悪循環は深刻です。中国経済は、個人消費35%、政府支出13%、固定資本形成47%と個人消費が極めて少ない。中国に対しては悲観的未来しかみえません。さらに中国は今、人口流出に直面しています。欧米では大学進学は40~50%、一方中国は人口が多いとは言え比率では6%と極端に低い。未成熟な国から教育を受けた人がいなくなってしまうことは非常に大きな問題です。グローバル化によって安定した国と逆に不安定になった国があります。先行きが見えないという点でヨーロッパと中国が似ているのです。今、中国は非常に覇権主義的な姿勢を見せていますが、実際、その軍事力は国内をコントロールするのが精一杯なのです。恐れるべきは、中国が内部から崩壊に向かうことです。中国は非常に不安定な国なのです。このことをきちんと理解しなくてはなりません。感情的になってはいけません。日本のナショナリズムを持ち込んではいけないのです。

【Chapter 5】国内に向き合うことで未来を探れ
日本の公園に行って、子供たちと母親が遊ぶ姿をみて驚きました。パリでこのような光景を見ることはできません。この(昼)の時間には、子供は保育園、両親は仕事をしています。仮に、急に保育園をつくったとしても問題は解決しないでしょう。なぜなら日本には、子供を預けるのは良くないことだという暗黙の文化があるからです。文化や価値観を変えなければなりません。20年前、来日した時、日本は人口減少を問題視していましたが、騒ぐだけで今も何も変わっていないことに驚きます。このままほおっておくと人口減少は経済よりも極めて深刻な問題になるでしょう。
最後に、グローバリズムの理想は世界中の人々が皆、平等になることでした。結果は、社会の分断と格差拡大でした。エリートと大衆の断絶をなくし、同じ国の仲間だという意識を持ってまとまることです。「国という単位でまとまろう」と主張する私が日本に対して言えるのはここまでです。グローバル化は終わろうとしています。その発想を生み出した社会の中から終わろうとしているのです。
(感想)トッドの主張には違和感を覚えるところもあるが、その違和感として感じるところが実は新しい時代に進むネックになっているのかも知れない。
(補足)
トランプ旋風について、英歴史学者・ニーアル・ファーガソンもトッドとほぼ同じような見方をしている。うまい表現なので追記。トランプ次期米大統領を生んだポピュリズム旋風の原動力は何ですか?「グローバル化がもたらす経済的な不満だけではなく、マルチカルチャー(多文化主義)への反感も大きい。欧州連合からの離脱を選んだ英国と同じだ。移民の急激な増加にいら立ち、エリートのリベラルな価値観に共鳴しない中間層が目立ってきた。既存の政治は少数派ばかりに配慮し、積極的な差別是正装置を講じてきた。多数派の私たちはもはや重要な存在ではない。そんな疎外感を抱く白人の勤労世帯が多様性をを重んじるオバマ政権下で増えた。人種差別という単純な言葉ではかたずけられない問題をはらむ。・・・過去で参考になるのは、19世紀後半、1873年、英国に端を発した世界的な大不況がもたらしたポピュリズム旋風。庶民の生活を改善できず、帝国主義に基づく国際秩序を大きく変えることもなかった。しかし現在の米国が保護貿易や移民排斥に傾けば、当時よりはるかに深刻な問題に直面する」(12/25日経)筆者はますます進展するグローバル化の中で、政治において、抽象的な市民社会とか国民という言葉が頻出する一方で、実際に日々あくせくしながら生きている大多数の人々を指す「庶民」という言葉が消え失せたところに問題が現れていると思っている。かつて庶民と言いながらも何とか生活できる自信に裏付けられての庶民として語られたが、今では脱落者的語感すらするのである。ここ約20年間、社会のリーダー達が進めた急激なグローバル化の問題点としての社会の亀裂を静かにしかも確実に修復していく時期にきていると思う。
※ここでも大衆迎合主義と訳されるポピュリズムが出てくる。この言葉が使われるのは、政治家が建前を言い続け現実の問題から目を背けていることの結果として、政治が庶民と遊離している証であると捉えるべきであろう。

2016.2.1  EUは20年以内に分裂する 
TBS News23 で来日中のトッドへのインタビューが放送された。
要点、①テロは先進国の内部から生まれる。国内のことについて分析する必要あり。
②EUは移民問題などEUの本質からそれた議論を問題視し見解の相違から20年位で分散分解する。
③リーダー不在といわれる現象は、リーダーが凡庸なこと、中間層が自分さえよければ良いとの考えることから生じている。④日本の長所は短所、出生率が上がらないのは日本人が完璧さを求めることから生じている。移民などある程度無秩序を受け入れる必要がある。(記憶で書いたので若干の誤りがあるかも知れない)

2015.10.5   ドイツの強さと弱さ
私たちはドイツ人のイメージを合理主義者と捉える。しかし良く良く考えてみると合理的考え方とは常識的考え方にも似てそれが普遍的か、言い換えればどこでも誰にでも通じる考え方なのかと問われれば自信がなくなってくる。エマニュエル・トッドはドイツ文化には、日本もそうだが直系家族(長男を跡継ぎにし、長男の家族を両親と同居させ、他の兄弟姉妹を長男の下位に位置づける農村の家族システム)という形態の影響が残るという。権威の構造に家族的・家父長的性格がみられるという。そう言われれば特定のニッチに対して品質とテクノロジーにこだわり決定的な強みを発揮していること、VWの確信犯的法令違反も何となく理解できる。またトッドは言う。日本とドイツの違いはその性格において日本は他人に迷惑を掛けないがあるがドイツはむき出しの素直さがあるという。
参考:エマニュエル・トッド『ドイツ帝国が世界を破滅させる』文春文庫(2015.6)

2015.7.23   独り勝ちのドイツ
ユーロ、ドイツに辛辣な発言をしているエマニュエル・トッドは「ドイツの権威主義的文化は、ドイツの指導者たちが支配的立場に立つとき、彼らに固有の精神的不安定性を生み出す。・・・・・歴史的に確認できるとおり、支配的状況にあるとき、彼らは非常にしばしば、みんなにとって平和でリーズナブルな未来を構想することができなくなる。この傾向が今日、輸出への偏執として再浮上してきている。」と述べる。 参考:『ドイツ帝国』が世界を破滅させる』文春文庫(2015.5)より
(補足)
ユーロ圏の経済指標をみるとドイツの独り勝ちの状況にある。ただそれがドイツの努力であるにしても域内格差が拡大し続けドイツの発言力だけが増すようだとそれに比例して域内の軋みも増大していく。まずユーロ圏内の貿易不均衡を是正していくことが必要だろう。

2011.1.8  空回りする民主主義
「空回りする民主主義」と題した仏人類学者エマニュエル・トッド氏へのインタビュー記事が1/8付け朝日新聞に掲載されていた。私たちが世界の流れとして当たり前に受け入れている「自由貿易こそが閉塞感を打破する」とするイデオロギーに疑問を投げかける。
その要点、①今の時代に権力を握っているのは政治家たちではなく自由貿易という経済思想になっている。政治は経済に対して無力になっているということだ。リーマン・ショックの後、先進各国首脳は景気刺激策を一斉に講じた、しかしその結果はというと企業の利益は回復したものの本来的に目指す雇用と賃金は増えず、新興国の景気を刺激しただけだった。②自由貿易のもたらす深層的問題は超個人主義。同じ共同体に生きているという感覚を解体していく。個人の確立は民主主義を創ったが今度は解体に向かっている。これらの問題点を解決するには、政治の規模と経済の規模を一致させること。いわゆる制御可能な政治経済を説く。トッドの論は現実離れのようでもあるが観察に間違いはなさそうでもある。グローバル化の進展は止められないにしても、その延長上で何を果実とするのかを展望できないまま自由貿易を金科玉条とする動きには問題もあるということだ。

2009.3.1   行き過ぎた自由貿易の弊害
2/28NHKBS1「未来への提言」にて三神万里子さんのエマニュエル・トッド氏へのインタビューが放送された。自由貿易もある段階を過ぎると、競争を激化させ、賃金=コストとみなされ、労働分配率を究極的に低下させる。米国は世界からの資本流入により貿易赤字相当分の過剰消費に沸いたが、日本、欧州は内需が低迷したままにある。賃金上昇の抑制力が働く限り内需回復はできない。一旦、保護貿易化し所得と内需の再上昇を図るべき、と述べていたように思う。世界各国、或いは経済ブロックには歴然たる経済力の格差が存在する中で、先進諸国自身が疲弊してしまっては、世界経済は縮退するのみと云うことだろう。

(注)*Emmanuel Todd:フランスの人口学、歴史学、人類学者
1976年の最初の著書『最後の転落』で10~50年以内にソビエト連邦が崩壊すると予測し、2002年の著書『帝国以降』では2050年までにアメリカの覇権が崩壊すると予測するなどで一躍有名になった。さらにロシアについて、1990年頃、乳幼児(1歳未満)1000人当たり20人超の死亡率であったものが低減し続け、13年にはアメリカ並みの10人未満に半減したことを上げ、ロシアをみくびってはいけないと主張する(『ドイツ帝国が世界を破滅させる』2015)。

(注)クルーグマン流に表現すれば、「自由貿易、経済のグローバル化への過度な期待は市場をオープンシステムと考える企業の論理そのものであった。クローズドシステムたる国民経済はこれとは違った経済一般原理で見直すべきである」となる。経済のグローバル化が当たり前となり、何をいまさらとも感じるのであるが、グローバル化の果実は何であったのかを振り返ると明確なイメージが湧かない。むしろ先進国すべてが閉塞感を感じているのも事実である。
(注)Paul Robin Krugman:米プリンストン大学経済学教授、 08年ノーベル経済学賞受賞、直近の著書『クルーグマンの視座』ダイヤモンド社(2008.12)
by bonjinan | 2009-03-01 09:18 | 文化・歴史

武相荘@東京,町田

 白洲次郎(1902-1985)、神戸一中の同級・今日出海が評して「野人」*、正子夫人曰く「まことにプリンシプル、プリンシプルと毎日うるさいことであった」*という。白洲を振り返ってみよう。太平洋戦争敗戦直後、まだ大日本帝国憲法を基本とした国体護持が支配層の大勢を占める中、吉田茂(1878-1967)、外相、首相の右腕、黒子として、国際的視野から日本の採るべき進路、姿を冷静に見据え、日本国憲法草案に深く関わった。GHQ評して「従順ならざる唯一の日本人」*だったと云われる。昨今、日本国憲法草案をつくる過程を捉えてマッカーサーから押し付けられたものとの意見がある**。白洲は言っていた「新憲法のプリンシプルは立派なものである・・・・戦争放棄の条項はその圧巻である。押し付けられようが、そうでなかろうが、いいものはいいと素直に受け入れるべきではなかろうか」***と。厳しい交渉の当事者として万感の思いをもって述べたのでしょう。結果として、天皇制を国家統合の象徴として残したことで今日の日本の安定と繁栄に導いたことを重く受け留めたい。最近、NHKで白洲次郎が採り上げられている。日本の今後を考える機会としたい。
*武相荘のしおりより、**鶴見紘「白洲次郎の日本国憲法」光文社
***清水蒋大「男の品格Ⅱ白洲次郎名言集」コミック新書
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1943年、鶴川(現東京都町田市能ケ谷町)に移り住み「武相荘(ぶあいそう)」と名付けた。
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ケンブリッジ時代の親友ロビンから送られたというスコッチの樽
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学生時代はベントレーボーイ、80歳までポルシェを乗り回した根っからのオイリーボーイだった。
by bonjinan | 2009-02-22 17:57 | 文化・歴史

ナンバー2、直江兼続

最近、NHK大河ドラマに歴史上では脇役だった人物が登場する。1億総中流と言われた時代とは異なり頂上に上り詰めた人物より親近感を感じるからだろう。直江兼続(1560-1619)もその一人、下級武士の長男として生まれるが、上杉謙信の姉、仙桃院の眼に留まり、その子、景勝(後、上杉景勝)の近習となり、終生、景勝に使える。殆どめぼしい戦績はないが、上杉家執事として不動の№2にのしあがって行く。豊臣秀吉の№2石田三成と盟友となることにより、後日、上杉家は家康を牽制する役割を受け会津に転封されるが、90から120万石に加増され豊臣政権の5大老に就任につながっていく。しかし三成が家康に倒されると、上杉家は米沢30万石に転封されることにもつながっていく。これも最上攻めからの的確な撤退判断があったればこそ上杉家は存続したとも評される。 その後、上杉家生き残りに尽力、これまた家康の№2といわれた本多正信とも接近、家族を犠牲にしての本多家との縁組、軍役の軽減などに奔走する。晩年、反家康判断の反省から、大阪冬の陣(1614)で景勝と共に見事な采配を振るう。最後は直江家断絶を判断し正真正銘№2の生涯を終える。 一般に、一兵卒から権力に近づき成り上がった者は、自分の才覚のなせる業と思い、特に部下に対しては傲慢になる。場合によっては主従関係を絶ち寝返ることもある。しかし明智光秀を引き合いに出すまでもなく№2は所詮トップをみトップの威光でのし上がった者、カリスマ性が備わっていないから、頂上に上り詰めた途端に組織は崩壊に向かっていく。№2であり続けることが美しいのです。 織田信長の家臣秀吉ですら、その天下はたったの10数年で終わっています。
by bonjinan | 2009-02-11 22:54 | 文化・歴史

照葉樹の島、鎮守の森

かなり前のことになるが、長年に亘り植生を調査研究されてきた横浜国大の宮脇昭先生のお話をお聴
きする機会があった。日本の常緑広葉樹林*の主木は”シイ、タブ、カシこれだけは覚えておいてください”と仰られたこのをよく覚えている。植生は気候、土壌、植物同士の葛藤、人間生活などの影響を受け次第に変化している。しかし鎮守の森、お寺の森は、自然をも神とする日本人の宗教観から昔のままで残っている。近年、都市化が進み、元々生きていた樹木がどのようなものか分からなくなってきているが、散在する鎮守の森を調べると、主木はシイ、タブ、カシの種であることが判るという。どんな木か分かっていたつもりではあったが、意識してはみていなかった。幸いなことに最近では美観風致維持の観点から該当する樹木に保存樹木と表示してある。散歩を兼ね近くの神社に行った。タブ、カシの木はあったがシイの木はなかった。近所では同類のクスの木が公園などにも植えられ多いことも知った。この散歩で、どれがタブ、カシの木なのか改めて確認するとともに年中常緑の木あってこその神社仏閣であり、日本人の精神文化は自然とともにあることを改めて感じる。
*常緑広葉樹の内、葉が大きく光っている種類を照葉樹、オリーブなど葉が小さく硬い葉をつけた種類を硬葉樹という。前者は北東アジア、後者は地中海地帯に分布。
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                鎮守の森
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                保存樹林表示
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                タブの木
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                シラカシの木
by bonjinan | 2009-02-07 20:36 | 文化・歴史

新しい中世

中世(西欧)は一般に西ローマ帝国の滅亡(476年)から東ローマ帝国の滅亡(1453年)の時代をいう。初期(5~9世紀)はローマ帝国が崩壊しゲルマン人諸国が乱立、文化面では後退し暗黒時代*ともいわれる。盛期(10~13世紀)には土地の開墾と農業技術が進み、温暖化と相俟って人口が増加した。当時はイスラム諸国が先進地域でありスペイン、コルドバなど通じてラテン語に翻訳され広まっていた。後期(14から15世紀)は人口増による食料不足、寒冷化による飢餓の常態化、ペストの流行などで人口は1/3に減少した。またこれまで農業本位の封建領主は没落を余儀なくされていった。これが歴史的概観ですが、経済という面からみるとどうだったのか、07年に発売された水野さん**の著作の中から抜粋すると次の通り。「中世では1人当りGDPは概ねゼロ、貯蓄もゼロ、投資による生産増分もゼロの定常状態にあった。投資が教育、福祉、文化等ものをつくることのない投資であった。今でいう労働分配率も一定していたから貴族と農民の関係も恒常的関係にあった」 「現在の日本のドメステック企業の一人当たりの生産性は低下の一方、むしろ成長を目指すのではなく、新中世に入ったと考え、雇用を安定し定常状態で均衡させることが肝要だ」、「グローバル企業においては高成長を目標とすべし」として、二極から考える必要を説いている。歴史をこうした側面からみると面白いことは面白い。ただし成長ゼロでも人々は幸福であったのか、社会が安定していたのかについては言及されていない。当時は教会に納める十分の一税があり、国、封建領主を超えて聖界が俗界も支配していた。宗教が社会を安定させる大きな要素でもあったと思う。このことを抜きにして経済論だけから論じるのはどうかとは思うのだが・・・。
*暗黒時代は14~16世紀のルネサンス期に言われ出した表現のようだ。ルネサンスがギリシヤ、ローマ時代に生まれた芸術の復活再生にあったからこの間を何も良い事がなかった時代と表現したのであってかならずしも暗黒であった訳ではない。この時期、文化の中心は西欧というよりイスラム圏に移っていたのだ。そう考えるならば新しい中世に入ったというより世界の中心は移動しているのだと捉えた方が良いのかも知れない。 **水野和夫「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」日経新聞出版社

2018.2.21 資本主義下の現局面
市民講座で水野先生の講義を再び拝聴した。「利子率の長期的低下はマネーの需要縮小を意味する。資本が資本を生み出すのが資本主義とすれば資本主義の限界を意味した」「しかし一方で企業等が依然としてROEなど指標に利益の最大化を狙っている」「こうした現在の局面を先生はどう評しますか?」と質問してしまった。先生曰く「アベノミクスの三本の矢もそうだがドン・キホーテのようなものだ」と即座にお答えになった。こうした内容の答えるだろうとは想像していたが、ドン・キホーテを例に出されたところがシンプルで印象に残る。セルバンテス『ドン・キホーテ』(1605年、1615年)は、騎士道物語の読み過ぎで現実と物語の区別がつかなくなった郷士が自らを騎士と任じ冒険の旅に出る物語である。騎士道物語を成長物語と置き換えてみれば分かり易い引用である。

2015.5.5 資本主義の終焉
水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』集英新書が売れているようだ。先日、水野氏の講演を拝聴した。講演は本書のタイトルと同じで内容も同じであった。以下、要点。資本主義=資本の自己増殖プロセス、自己増殖の成果を図る尺度=利潤率(利子率)=潜在成長率。従来の記録では17世紀初頭のイタリア・ジェノバの成長率は1%台前半。このころ中世地中海世界の資本主義が終わった。なぜ成長戦略がうまくいかないのか。超低金利の21世紀、資本が自己増殖するのは実物投資空間ではなく電子・金融空間しかなくなったから。ここでの成果を図る尺度は利子率ではなく株価となった。信頼、信義のメカニズムがなくなった。どうすべきか。近代システムを越えて、「よりゆっくり、より近くに、より寛容に」という。以上があらましである。
以下、感想。限りなき成長はありうるのか。もう限界にきているのではないか。こんな思いは最近、誰しも感じていることではある。個人個人の生き方の問題としては分かるが、経済論として成長なき社会は国際関係を含めてどのような社会で、今の社会よりより良い社会であるのかどうか納得できる論を立てた人はいない。水野氏にはこの観点からも論じて貰いたいものである。
by bonjinan | 2009-01-29 21:17 | 文化・歴史

リーダーに求められる資質

わが国の首相が二代続けて任期途中で放棄、選挙の顔として後を引き継いだ麻生首相も支持率が急降下一体リーダーに求められる資質は何なのでしょうか。世の中が安定していれば良識ある人であれば誰でも良いのでしょうが、混乱の時代ではやはり未来を託したくなるリーダーを求めたくなります。
改めて塩野七生著「ローマから日本が見える」*を読み直した。
「指導者に求められる資質は次の五つである。知力。説得力。肉体上の耐久力。自己制御の能力。持続する意志。カエサルだけが、このすべてを持っていた」(イタリアの普通高校で使われる歴史教科書より)として紹介され、古代ローマ史上の人物を採点されています。また日本のビジネス誌などでよくとりあげられる決断力、実行力、判断力などは当然持ち合わさねばならない資質で取り上げるまでもないと仰られています。わが国の政治について見ます。今日の混迷も昨日今日始まったわけではなく、これまでの施策の何が良く何が合わなくなってきたか、この分析を踏まえて何をどう変えようとしているのか、利害関係にどう影響してくるのか、外国とはどんな軋轢を生じるのか、また納得頂き巧く調整できるのか、などまさに知力、説得力、気迫なくしては何もできない状況にあります。わが国でのリーダー選定は、どうも儒教文化圏にあるためか人望とか徳と結び付き、また一方では直近の解決を急ぐあまり人気、調整能力型がイメージさてれいます。好むと好まざるに関わらず国政においても企業においても国際化なくしては存続し得ない環境にあり、普遍帝国、古代ローマ史から学ぶことが多そうです。
*塩野七生「ローマから日本が見える」集英社文庫
by bonjinan | 2009-01-13 22:11 | 文化・歴史