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カテゴリ:文化・歴史( 113 )

貨幣博物館見学

日本銀行金融研究所「貨幣博物館」に入ってきました。
2015年11月にリニューアルされてからは初めての入館でした。
富本銭など改めて見てみたいなと思い入ったもの。
なお展示物の撮影は禁止なので写真はありません。
(富本銭)
『日本書紀』によれば、683年に銀銭の使用を禁じ、銅銭の使用を命じたと記されているという。発掘調査により、使用を禁じられた銀銭が無文銀銭(丸く中央に小さな穴があるだけ)で、同時に使用を命じられた銅銭が富本銭とされる。正方形の穴を中心に、縦に「富夲」、両側に「7つの点」が亀甲型に配置されている(七曜星)。かつて日本で最初に造られた銭貨は8世紀初頭に発行された和同開珎とされてきたが、今日では富本銭が最初の銭貨とされている。ただ和同開珎が街道筋など比較的広範囲で使われていたのに対して、富本銭がどの程度流通したかは定かではなく、七曜星の文様を見ると厭勝銭(ようしょうせん:まじない用)であったのではないかとの説が残るのもうなずける。
(いろいろな紙幣)
17世紀初頭に伊勢山田地方の商人により発行された日本最初の紙幣「山田羽書(はがき)」、各藩で発行された藩札、戦時中に発行された軍票、外地で発行された紙幣(横浜正金銀行券、五円券、百円札に「永遠通用」などと書かれた紙幣)、目の不自由な人のためにパンチした紙幣、加刷紙幣(最初に印刷した金額に対して新たな金額を追加印刷したデノミ対応紙幣)、預金引き出しに紙幣が追い付かず表面だけ印刷された海外紙幣などいろいろな紙幣があることを知りました。
(ほか面白いと思ったこと)
古代には13種類の銅銭が発行されたが(7世紀後半の富本銭~958年の乾元大宝)、材料となる銅の産出量が次第に減少したことなどから粗悪になり人々から嫌われ、銅銭は発行されなくなった時期があった。これを解消したのが12世紀半ば以降、大量に流入した中国の銭貨(渡来銭)あった。貨幣がなくなるとどうなるか。米や絹などがお金として使われた。米俵を背負って旅に出た絵があった。こんな重いものを持って旅に出たかどうかは定かではないが滑稽だ。ほか両替商の必須ツールであった秤、銀行マークの基となった分銅、蓄財を目的とした分銅金(375g、金含有率95%前後)など・・・貨幣にまつわる歴史を楽しめました。

詳細:貨幣博物館ホームページ
by bonjinan | 2019-01-11 22:05 | 文化・歴史 | Trackback

2018年ノーベル賞

2018.10.1 ノーベル生理学・医学賞に本庶佑氏
2016年ノーベル生理学・医学賞に本庶佑(ほんじょたすく、76)、京都大学特別教授らに授与されることになった。免役の働きを抑える物質を発見し、がんの治療薬「オプジーボ」の開発につながった。がん治療は、外科手術、放射線照射、抗がん剤の三つであったが、先生の開発した方法はもともと体に備わっている免役の仕組みを利用してがんを攻撃する第四の治療法。この治療法のもととなったのは、免役細胞の表面にあるPD-1というたんぱく質の発見。がん細胞がこのPD-1と結合し免役細胞を働かせないようにしていることを突き止めたことで(1992年)、その結合をブロックすればもともとの免疫細胞ががん細胞を攻撃し続けるはずとの発想で新薬が開発されたようだ。ただどんな薬もそうだが全てのがんに効くわけではない。また人により、その時の体の状態により免疫力が強すぎることによる薬害もでる。人の体は微妙なバランスで成り立っている。専門医と相談するしかない。
(語録)報道されている先生の言葉「Stick to the question(疑問にこだわれ)」、「何ができるかより、何をしたいか」、「ナンバーワンより、オンリーワンを目指せ」、「論文の90%はウソ」など。先生にとっては当たり前のことなのだろうが厳しい言葉だ。自立するとはこういうことなのかも知れない。先ずは疑い、自分の頭でどこまで考えたが重要ということだろう。
参考:http://www.nobelprize.org

by bonjinan | 2018-10-01 18:37 | 文化・歴史 | Trackback

大田区立龍子記念館

  大田区立龍子記念館を訪ねた。
  龍子記念館は、日本画の巨匠・川端龍子(1885-1966)によって、文化勲章受賞
  と喜寿とを記念して1963年につくられた記念館(1991年~ 大田区立)。
  現在、「ベストセレクション龍子記念館の逸品」(2018.4.28~8.26)開催中。
  伝統的な日本画とは違った迫力ある日本画を堪能できました。
  例えば、《筏流し》1959年、245×727cm
      《虎の間》1947年、245×727cm
      《爆弾散華》1945年、249188cm
      《波切不動》1934年、342×302cm
  川端は、日本画を床の間芸術から会場芸術に、あるいはパブリックアートに変えたと
  評される。巨大な絵ではあるが粗削りではなく軽妙な筆致、色使いには上品さがある。
  館内のスペースも広く、ゆっくり鑑賞できる。また行きたい美術館の一つ。
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  龍子記念館、
  写真の右側は龍子公園。旧宅とアトリエが保存されている。

  参考:大田区立龍子記念館ホームページ
by bonjinan | 2018-07-31 18:53 | 文化・歴史 | Trackback

幸福度ランキング

国連が20日の世界幸福デーを前に、14日発表した2018年版世界幸福度ランキングでは、1位フィンランド、2位ノルウェー、3位デンマーク、次いでアイスランド、スイスの順だった。日本は54位(昨年51位)。ちなみに主要国では、上記のほかオランダ、カナダ、ニュージーランド、スェーデン、オーストラリアは10位以内で常連国。ドイツ15位、米国18位、英国19位、ロシア59位、中国86位。調査は所得、自由、信頼、健康寿命、社会的支援、寛容の6項目を幸福の主な指標として156か国の幸福度を比較したもの。(出典:CNN.co.jp)
by bonjinan | 2018-03-15 18:39 | 文化・歴史 | Trackback

仁和寺と御室派のみほとけ展

 「仁和寺と御室派のみほとけ展」(東京国立博物館)に行ってきました。
  国宝24点、重文75点、うち秘仏8体、圧倒される規模の特別展。
  現地の寺院を訪ねても見られない仏様も拝むことができました。    
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  再現された仁和寺観音堂(ここだけ写真撮影可)
  仁和寺でも普段は修行僧の修行道場で非公開の場所。
  観音堂は現在工事中で、その間に企画された展示。
  千手観音立像を中尊に二十八部衆立像、両脇に風神雷神立像の33体を配置。
  三十三間堂(蓮華王院)の構成を模したと言われる。

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  正面の右側(雷神立像側)からみた仏様群
  諸仏の後ろの壁画、壁の裏側の壁画も写真で再現されたもの。

  どれもこれも魅せられる仏様、文化財ばかりでした。
  特に印象に残る仏様ほかを挙げれば以下の通り。
  ①国宝、薬師如来坐像(秘仏)、円勢・長円作、平安時代・1103年、京都・仁和寺蔵
   像長12cm。白檀を精緻に彫刻した仏様。歴代門跡の持念仏だった。
  ②国宝、阿弥陀如来坐像および両脇侍立像、平安時代・888年、京都・仁和寺蔵
  ③国宝、千手観音菩薩坐像、奈良時代・8世紀、大阪・葛井寺(ふじいでら)本尊。
   千手観音は一般に40本の手で千本を表すが、本像は大手・小手合わせ1041本ある
   という。合掌した手を中心に外に向け広がりを感じる見事なつくり。
  ④国宝、三十帖冊子、空海ほか筆、平安時代・9世紀、京都・仁和寺蔵
   空海(774-835)ほかが中国で書き写し持ち帰った、真言密教の秘書とされる。
  ⑤国宝、高倉天皇宸翰消息、高倉天皇筆、平安時代・1178年、京都・仁和寺蔵
   高倉天皇(1161-81)が兄・仁和寺第六世門跡・守覚法親王に宛てた手紙。
   祈祷により、中宮・徳子が後の安徳天皇を無事出産したことのお礼を伝える内容。
  (参考)守覚法親王の歌(壇ノ浦の戦いを知ってか、あるいは関係なくか)
  「常ならぬ この世のはてぞあわれなる おもへばたれも よもぎふのちり」
   *よもぎふ(蓬生):ヨモギなど雑草が生い茂る荒れ果てた所。   
  ⑥国宝、医心方、平安時代・12世紀、仁和寺蔵。当時の医学書。
  ⑦国宝、新修本草、鎌倉時代・13世紀、仁和寺蔵。当時の漢方薬書。
  ⑧重文、日本図、鎌倉時代・1305年、仁和寺蔵
   山城国を中心に南を上に北を下に描いた地図。
   房総半島が能登半島にみえたり不思議な感覚になる。

  参考: 「仁和寺と御室派のみほとけ展」HP、筆者ブログ記事「仁和寺」
      
by bonjinan | 2018-02-15 21:10 | 文化・歴史 | Trackback

ウィーン美術史博物館

美術史美術館ともいわれる世界遺産・美術史博物館(Kunsthistorisches)を訪ねた。
ハプスブルク家が収集した膨大なコレクションを収蔵するヨーロッパ屈指の博物館。
みどころは2階にある名画の数々、中でもフランドルの画家・ブリューゲルの作品の収蔵数は世界
最多という。もう一つの特徴はネオ・ルネサンスと分類されている博物館の建築技術と建築美だ。
まず入館するなり圧倒された建築美から振り返ってみようと思う。 

 《建築美》
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 美術史博物館外観
 フランツ・ヨーゼフ1世の命により建設された博物館(1891年に完成)。
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 2階への階段の様子。建築美に圧倒される。
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 天井の中央が吹き抜けになっているドーム型天井(1階の天井)。
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 柱もない1階天井の上が見事なカフェになっているから更に驚かされる。

 《絵画鑑賞》
 数ある作品のなかからここでは有名な3点をピックアップしたい。
 2つは何といってもブリューゲル(父)の作品から。次にフェルメールの作品から。
 (同美術館はフラッシュ撮影は禁止だが通常撮影は可)。
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 ブリューゲル『バベルの塔 Turmbau von Babel』1563年
 旧約聖書の創世記にある伝説上の塔。ノアの大洪水の後、人類が天に達するほどの高い
 塔を建てようとしたことに神は怒り、それまで一つであった言葉を混乱させて互いに通じ
 ないようした。そのため人々は意思疎通が図れず工事を中止し各地に散っていったという。
 人間の傲慢さに対する戒めとされる塔。実現不可能な計画の例えとしても使われる。
  
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 ブリューゲル『農民の婚礼』1568/69年
 農民画家と呼ばれるブリューゲルならではの作品。社会の下層に生きていた農民の、質素な
 しかも粗野なしぐさまでも忠実に描いている。しかしここには庶民への深い愛情と同時に
 権力者や聖職者への権力批判が込められているとされる。
 ほか『謝肉祭と四旬節の喧嘩』『ゴルゴダの丘への行進』『雪中の狩人』など鑑賞。

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 フェルメール『絵画芸術(絵画の寓意、アレゴリー)』1665/66年頃
 ギリシャ神話に登場する女神クリオ(祝福する女の意)を登場させフェルメール自身と向き合う
 構図をとることで絵画という芸術への礼賛、画家という芸術職業への自負を寓意表現していると
 される。手前のカーテンがアトリエの立体感を創りだし空気感まで伝わってくるようである。
 フェルメールは晩年の苦しい生活の中でもこの1枚を最期まで手放さなかったという。

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 子供たちが美術館で模写する様子
 立派な施設で最高の芸術に触れている風景をみるととてもうらやましい。
 この中から世界を魅了する画家、芸術で街を活気ずける人材が育ってくるのだろう。

(補足、ブリューゲルとハプスブルク家のこと)
ブリューゲルが活躍した時代は宗教改革が始まった後で教会からの絵画の注文が減り、フランドルでは風景、静物、風俗がテーマとなり市民が絵画を注文しだした時代、また諺や格言集が人気になった時代でもあった。ピーテル・ブリューゲル(1525年頃-69年)はこうした時代に当時の世相を深く観察し、諺を通して人間の本質、社会への警鐘を表現しようとした。表現技術を超えた気迫が感じられる。ただ分からないことがある。フランドル地方は当時、スペイン・ハプスブルク家の支配下にあったとはいえ、なぜ上流階級が嗜好すると思われる上品な絵ではなく、いわば社会派の絵画、風俗画を描いたブリューゲルの絵をたくさん集めたのだろうか(16世紀のフランスアカデミーでは歴史画、宗教画、神話画、風俗画、風景画、静物画といった序列をつけていた)。同家にはルドルフ2世のような異常なほどの収集家がいたことにもよるが、約650年続いた同家の歴史をみれば庶民の生活にも常に関心をもち同家の立ち位置を検証し続けていたとの答えは安直でほめ過ぎだろうか。

(補足、サリエラ)
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  ベンヴェヌート・チエッリーニ作『サリエラ』1540-43年
美術史美術館となるとどうしても絵画となるが素晴らしい工芸品も展示されている。その一つがサリエラ(イタリア語で塩とか胡椒入れ、ここではハプスブルク家の繁栄と切っても切れない塩と関係のある黄金の塩入れ)。フランス王・フランソワ1世の依頼によりフィレンツェ生まれの金細工師、彫刻家により製作されチロル大公・フェルナンド2世に贈られたもの(世界史的には15~18世紀半ばまでフランス王家とハプスブルク家は対立関係にあった筈。皇帝との関係を裂こうと画策してのことだったかなどどのような経緯で贈られたのかは?)。
by bonjinan | 2017-10-28 14:30 | 文化・歴史 | Trackback

2016年、ノーベル賞

2016.10.3 ノーベル医学・生理学賞に大隅良典氏
2016年ノーベル医学・生理学賞に大隅良典(71)、東工大栄誉教授に単独授与された。受賞理由は、オートファジー(Autophagy、日本語では自食作用)と呼ばれる、細胞が持っている細胞内の不要になったタンパク質などを分解するメカニズムを解明したことによる。タンパク質は合成されるのと同じだけ分解されており、体内でバランスがとれているという。オートファジー機能の異常は、神経疾患やがんを引き起こすと考えれており、その治療法の開発が期待されている。大隅先生の話を聞いていると、自分自身の興味を持ったこと、他人のやっていないことに集中した結果のようだ。凡人は脚光を浴びている流行に乗りたがり、そして流れに埋没し、やがて流行は去り忘れ去られる。昨年受賞した大村先生も大隅先生と同じような研究姿勢であった。大隅先生の受賞を機会に若い人には生き方として改めて考えてもらいたいと思う。
気になるのはノーベル賞受賞がこれからも続くかということ。近年の状況をみるとかなり難しくなってきていると言われている。①大学でも企業でも流行りのテーマ、それも商品化を強く意識したテーマに集中するようになり、結果として基礎研究からはどんどん離れてきていること、②中等教育が受験のための教育となっており、知らないことを知る喜びを知らないまま過ごすつまらない期間になっていること、③4月一斉入社(先進国では日本だけ)の習慣が続いているために、大学に入ってしばらくすると就活、基礎をしっかり学ばないまま、学部生活を送っていること、有名大学生ほど大学入学時点で人生の頂点を迎えているのではないか、等々。気になる症状が散見される。話はそれるが、雇用の流動性と職業の高度化は時代の要請。これには教育制度改革(別途所見)も必要とするが、まず企業の通年採用から手を付けるのが良い。同一時期大量採用がその後の使い捨てにつながり、職の不安定化を招き、社会全体では生産性を低下させていることになる。企業も一人ひとり丁寧に面接し、納得のいく採用をすることがその後の生産性を高めることにつながるだろう。
参考:http://www.nobelprize.org

by bonjinan | 2016-10-03 18:58 | 文化・歴史 | Trackback

ポンピドゥー・センター傑作展

「ポンピドゥー・センター傑作展」(2016.6.11~9.22)東京都美術館に入った。1900年代初頭から70年代まで、1年ごとに1作家の1作品を展示している。フランス20世紀美術をタイムラインに沿って堪能できる。1年1作家1品、選者の努力が伺える。それとこの美術展の良さは、巨匠の言葉が作品に添えられていること。作者はどのような思いで描いたかなど、作者自ら作品の前に立ち解説してくれているような気分にさせてくれる。モダンアートを身近に感じさせてくれる美術展であった。
以下、メモ。
①マルク・シャガール(1887-1985)
展示作品「ワイングラスを掲げる二人の肖像」(1917~18)
言葉「私を空想的だと言わないでください。その反対で、私はレアリスト。私は大地を愛しています」。展示作品の背景にはしっかり故郷の町が描かれている。
②パブロ・ピカソ(1881-1973)
展示作品「ミューズ」(1935年)
言葉「私は、他の人たちが自伝を書くように絵を描いているのです」
展示作品からは悩めるピカソの自画像のようにも思えた。
③アンリ・マティス(1869-1954) 
展示作品「大きな赤い室内」(1948年)
言葉「私は色彩を通じて感じます。だから私の絵はこれからも色彩によって組織されるでしょう」
展示作品からは、色彩なくしてマティスなし、マティスなくしてこの色彩なしと思えた。

参考:東京都美術館ホームページ
by bonjinan | 2016-06-23 11:32 | 文化・歴史 | Trackback

重力波を初観測

米研究チームが11日、宇宙からやってくる「重力波(gravitational wave)」を観測したと発表した。重力波はアインシュタインが1916年に存在を予言した現象。質量を持った物体の周りでは空間がゆがみ、重い星やブラックホールが合体したり動いたりすると周りの空間が伸び縮みし、その歪みが水面の波のように広がっていく。その波が重力波と言われている。米研究チームは「LIGO」と呼ぶ1辺4キロメートルの巨大なL字型観測装置を建設(結節点から両端までの距離を等しくしておき、X軸Y軸の距離のズレから重力波による空間のゆがみを観測しようとする装置)。今回捉えたひずみは今から13億年前に太陽の29倍以上の質量がある2つのブラックホールが合体した時に発生した重力波とみられている。東大宇宙線研究所も観測装置「KAGRA」を建設し初観測しようとしていた。先を越されて残念ですが再確認と新たな視点で研究して貰いたい。 参考:東大KAGRAホームページ
by bonjinan | 2016-02-12 09:36 | 文化・歴史 | Trackback

始皇帝と大兵馬俑展

東京国立博物館で開かれている「始皇帝と大兵馬俑」展(2015.10.27~2016.2.21)に入った。
春秋・戦国時代の小国から巧みな連衡策によって巨大帝国にのし上がった秦(紀元前778-紀元前206)時代の歴史遺産が鑑賞でき、中国大陸を初めて統一し始皇帝と名乗った(紀元前221)頃の栄華、権力を垣間見ることができた。
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   記念撮影コーナーの兵馬俑(レプリカ)

以下、記憶に残る名品。
秦の歴史と領土拡大を祈願した銘文が記された「秦公鐘」青銅器、前8~前5世紀
「加彩陶壺」陶製彩色、前7~前6世紀
「金銀象嵌堤梁壺」青銅、金・銀象嵌、前5~前2世紀
度量衡を統一し始皇帝と記しまさに権力の象徴ともいえる「両詔権」(重さの規準)青銅、前3世紀
同、「両詔量」(容積の規準)青銅、前3世紀
貨幣「半両銭」青銅、前3世紀
中央集権制の一端を表す「内官丞印」封泥(紐で結んだ竹簡を巻き封印した)土製、戦国~前3世紀
高度なインフラ技術を表す「取水口」「L字形水道管」「水道管」陶製、戦国~前3世紀
特別展の目玉「銅馬車」(複製)青銅製、彩色、前3世紀、始皇帝陵銅馬車抗出土
同「永遠」を守るための軍団「兵馬俑」陶製、前3世紀、始皇帝陵出土

参考:東京国立博物館ホームページ

by bonjinan | 2015-12-06 19:39 | 文化・歴史 | Trackback