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貨幣博物館見学

日本銀行金融研究所「貨幣博物館」に入ってきました。
2015年11月にリニューアルされてからは初めての入館でした。
富本銭など改めて見てみたいなと思い入ったもの。
なお展示物の撮影は禁止なので写真はありません。
(富本銭)
『日本書紀』によれば、683年に銀銭の使用を禁じ、銅銭の使用を命じたと記されているという。発掘調査により、使用を禁じられた銀銭が無文銀銭(丸く中央に小さな穴があるだけ)で、同時に使用を命じられた銅銭が富本銭とされる。正方形の穴を中心に、縦に「富夲」、両側に「7つの点」が亀甲型に配置されている(七曜星)。かつて日本で最初に造られた銭貨は8世紀初頭に発行された和同開珎とされてきたが、今日では富本銭が最初の銭貨とされている。ただ和同開珎が街道筋など比較的広範囲で使われていたのに対して、富本銭がどの程度流通したかは定かではなく、七曜星の文様を見ると厭勝銭(ようしょうせん:まじない用)であったのではないかとの説が残るのもうなずける。
(いろいろな紙幣)
17世紀初頭に伊勢山田地方の商人により発行された日本最初の紙幣「山田羽書(はがき)」、各藩で発行された藩札、戦時中に発行された軍票、外地で発行された紙幣(横浜正金銀行券、五円券、百円札に「永遠通用」などと書かれた紙幣)、目の不自由な人のためにパンチした紙幣、加刷紙幣(最初に印刷した金額に対して新たな金額を追加印刷したデノミ対応紙幣)、預金引き出しに紙幣が追い付かず表面だけ印刷された海外紙幣などいろいろな紙幣があることを知りました。
(ほか面白いと思ったこと)
古代には13種類の銅銭が発行されたが(7世紀後半の富本銭~958年の乾元大宝)、材料となる銅の産出量が次第に減少したことなどから粗悪になり人々から嫌われ、銅銭は発行されなくなった時期があった。これを解消したのが12世紀半ば以降、大量に流入した中国の銭貨(渡来銭)あった。貨幣がなくなるとどうなるか。米や絹などがお金として使われた。米俵を背負って旅に出た絵があった。こんな重いものを持って旅に出たかどうかは定かではないが滑稽だ。ほか両替商の必須ツールであった秤、銀行マークの基となった分銅、蓄財を目的とした分銅金(375g、金含有率95%前後)など・・・貨幣にまつわる歴史を楽しめました。

詳細:貨幣博物館ホームページ
by bonjinan | 2019-01-11 22:05 | 文化・歴史