下町情緒あふれる大須観音(おおす)を歩いてきました。
のんびりできました。

真福寺宝生院(通称、大須観音):ご本尊、聖観音
大須観音の名前、地名の由来は、徳川家康が名古屋建設にあたり岐阜県羽島市大須の真福寺
の一院をこの地に移したことによる。東京の浅草観音、三重の津観音と並び日本三大観音の
一つとされる。ただし誇り高き生粋の名古屋人に言わせれば観音さんといえば大須観音より
ずっと前からあった尾張四観音をあげるが今は大須観音が知れ渡って有名になっている。

門前商店街の一つ、大須仁王門通り商店街
近代的ビルが林立する名古屋にあって、下町の代表格が大須商店街。
観音さんの町らしく庶民に寄り添った商店が並び、大須演芸場などがある下町がその印象。
かつて秋葉原、日本橋と並ぶ電気街として知られていた。その後、シャッター街化した時期
もあったようですが、観音さんを頼る人は絶える事ことがなく庶民の町として活気を取り戻
しつつあるようだ。少し歩いただけですがここには全国チェーンの店は少ないような気がし
た。ファーストフードにたこ焼き、たい焼きが似合う。町は時代とともに変化するとしても、
観音さんのおひざ元であることを感じられる町であり続けて欲しいと思う。いやこれからも
っと賑わうかも知れない。高層ビルが立ち並び名古屋がどんどん都市化、無機質化するのに
反比例して見直されるだろうと思う。
参考:
大津観音ホームページ
補足:2019.1.22 ビートたけし『フランス座』文藝春秋より
「やっと漫才の仕事があり、嬉しいのだが衣装がない。場所もちゃんと大須演芸場だし背広
要るが、まず金がない。・・・寝泊りは楽屋で、賄い付きだし、・・・・衣装どうすんだと
聞くと、大須演芸場の側にコメ兵という服の安売り屋があるので、・・・」