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京都、千本釈迦堂

 京都西陣、大報恩寺(通称、千本釈迦堂)を訪ねた。
 本堂建立に当っての阿亀(おかめ)の悲話で有名ですが、霊宝館でみる六観音像はとても
 やさしいお姿で迎えてくれる。よく京都は庭園、奈良は仏像などと言われるが千本釈迦堂の
 諸仏を拝観すると必ずしもそうとは言えないことが分かる。
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  北野天満宮から花街の上七軒を通り、千本通に向かうと千本釈迦堂。  
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  本堂(国宝)
  今から約800年前、鎌倉初期の1227年に創建された京洛最古の建物。
  京都に多い雅な造りとは違って中世の雰囲気が漂う魅力的な建物である。
  本堂西側に霊宝館。六観音(聖、千手、十一面、馬頭、准胝、如意輪)像(定慶作)
  十大弟子像(快慶作)など重文が安置されている。
  写真の左に見えるのは阿亀桜(枝垂桜)。  
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  本堂内部。本尊、釈迦如来坐像(行快作)。
  近くの小学生が説明を受けたり、子供たちがお参りするなど地元に密着した雰囲気が良い。
  12月7~8日にの成道会には境内で「大根炊き」が行われ参詣者に振舞われる。
  本堂の柱には、応仁の乱当時の槍や刀の傷が残る。
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  おかめ塚とおかめ像
  おかめは本堂造営の棟梁だった夫のミス(大事な柱を短く切ってしまった)に機転をきか
  せて枡組を提案し救ったが、そのことが世間に知れては夫の恥と自ら命を絶ったと伝わる。
  こうした苦労があってか、本堂は奇跡的に応仁の乱(1467年~)の災火を逃れ今日に至っ
  ている。お参りすると縁結び、子授けにご利益があるとされる。

  参考:千本釈迦堂大報恩寺ホームページ

  参考:大報恩寺創建の頃のこと
  平安京が造られた当時、現千本通りが朱雀大路で、道幅は28丈(約85m)だった。
  平安宮の内裏(大内裏)は現、千本丸太町の一帯、大極殿跡に中心があった。
  大内裏はたびたび火災を起こすが1227年には大内裏のほとんどを焼失し、以後再建される
  ことなく荒廃してしまった。大報恩寺が創建されたのは丁度、この頃だった。  
by bonjinan | 2018-06-04 10:42 | 旅、散歩