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比叡山延暦寺三塔巡拝

 比叡山延暦寺三塔(東塔、西塔、横川)を巡拝してきました。
 延暦寺は伝教大師最澄が草庵を結んで以来、多くの高僧、開祖を輩出してきた名刹中の名刹。
 法然、親鸞、一遍、道元、栄西、日蓮などそれぞれ天台宗から独立し新たな宗派を開いた。
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  ケーブル延暦寺駅(標高638m)から東塔へ
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  霧が立ち込める境内は聖地であることを改めて認識させるものでした。
  長谷川等伯「松林図屏風」(国宝)にも似た杉林の幻想的な風景でもあった。

  <東塔>
  比叡山延暦寺三塔の中心。延暦寺発祥の地。
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  文殊楼から望む根本中堂(比叡山の総本堂、国宝)
  根本中堂は宗祖伝教大師が788年に一乗止観院として創建したのが始まり。
  本尊は大師が自ら刻んだと言われる”薬師如来(秘仏)”がまつられ、宝前には開創以来の
  ”不滅の法灯”が1200年の時を越えて輝き続けている。
  現在、根本中堂は2016年から約10年間の予定で改修中。
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  霧の中、凛として建つ前出の文殊堂
  ほか大講堂、戒壇院、阿弥陀堂、東塔に参拝。

  <西塔>
  東塔より北に1km、釈迦堂を中心に諸堂が点在。
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  釈迦堂
  本尊は伝教大師御自作の釈迦牟尼如来立像。
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  常行堂(写真右)と法華堂(左)、通称、弁慶のにない堂。
 
  <横川、よかわ>
  西塔からさらに北へ4km、昔日の面影を今に残す聖地。
  平安の昔から文学作品の舞台ともなっている。『源氏物語』に登場する「横川の僧都」は
  架空の人物だが、985年『往生要集』を著した恵心僧都源信がモデルとされる。
  横川で出家したとされる吉田兼好は『徒然草』238段で「三塔巡礼の事侍りしに、横川の
  常行堂の中、龍華院と書ける、古き額あり。」と記している(龍華院は四季講堂の別名)。
  古典を材料とした芥川龍之介『邪宗門』などにも横川の僧都は登場する。
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  巡拝受付を過ぎるとこれまた霊気漂う霊場の雰囲気。
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  横川中堂。横川の中心となる御堂。
  848年慈覚大師円仁によって開創された。本尊は聖観世音菩薩立像。
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  横川域内に点在する西国三十三ヶ所石仏の一つ。
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  四季講堂、或いは元三大師堂(がんざんだいしどう)
  ここを住房とした慈恵大師良源は延暦寺中興の祖、一般には元三大師として知られる。
  中世以降、厄除け大師、角大師、豆大師など様々な別称があり、広く信仰を集めている。
  前出の源信は良源に師事したことでも知られる。
  また全国あちこちの社寺でみられる「おみくじ」の創始者は良源だという。

 参考:延暦寺ホームページ

 参考:天台宗の本尊
 (東塔)根本中堂の本尊は「秘仏薬師如来像」、(西塔)釈迦堂は「釈迦如来像」、
 (横川)横川中堂は「聖観音立像」。さてどう解釈したら良いのか調べてみました。
 「現在も未来も人々を救いとるという「久遠実成の釈迦牟尼仏を本尊とする。したがって、
  その働きの属性を象徴した薬師如来や観音菩薩などあらゆる諸仏、諸菩薩をまつっている」
 (松濤弘道『仏教のわかる小辞典』PHP新書)
 
by bonjinan | 2018-06-03 08:20 | 旅、散歩