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『日の名残り』

カズオ・イシグロの著作を初めて読みました。
土屋政雄訳『日の名残り』早川書房です。原題は”THE REMAINS OF THE DAY”.
話の舞台は第二次世界大戦前後の英国が舞台。ナチスドイツの台頭、およびブレトン・ウッズ協定を境にしての覇権国家としての英国の没落と米国の台頭を考えれば政治経済の舞台裏を描いたノンフィクション小説かと思わせるがそうではない。誰しも考えるであろう普遍的なテーマ”人生とは何か、どう生きるべきか”に焦点をあて考えさせる小説なのだ。物語は次の3つの大きな節目となる出来事(提案、行動、意見)があり展開していく。だが登場人物はどのような思いから提案したり行動したり、また語ったのかは書かれていなく想像するしかない。しかしその時の心情、感情まではっきり書かないことでむしろ物語を味わい深いものにし、また品格あるものにしている。第1はダーリントンホールの新たな持ち主、主人となって間もないファラディ氏が執事・スティーブンスになぜ英国国内旅行を勧めたのか。第2は物語のタイトルとも関係する最も重要な部分だが、ダーリントンホールの元女中頭・ミス・ケントン(ベン夫人)はなぜクリスマスカードのような儀礼的なものではなく不遇の中で過ごしているともとれる内容の手紙をスティーブンスに送ったのか。結論からすればいろいろ迷いながらもスティーブンスとの明確な決別の機会を持ちたかったからと考えられるが本当にそうだったのか。そうではない展開も想定していたのだろうか。第3は旅行の最終日、ウェイマスの海辺の遊歩桟橋で出会った男の言葉「人生、楽しまなくちゃ。夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。脚を伸ばして、のんびりするのさ。」をスティーブンスはどう捉えたか。この部分は現役から引退する時期に必ずそうしたいと思う言葉である。しかしスティーブンスはそんなことは少しも考えないという雰囲気でジョークを学びファラディ氏との新たな関係を築こうと意気込む。執事の生き方としては完璧に近い話であるにしてもその選択に迷いはなかったのか、ファラディ氏のスティーブンスへの旅の提案は引退への勧告、いわば実質的肩たたきではなかったのかなど疑念がわかなかったのだろうか。ほかの選択肢もあったのではないかなど、わが身に投げかけられた問題と誤解させるほど引き込まれる小説であった。しばらく読後の余韻を楽しみたいと思う。最後に訳文のこと。とかく訳文は著者の思いとは違った意訳が入り込み読みにくいのが常ですが、本書は訳文が原文かと思わせるほど滑らかなに翻訳されている。訳者の力量を称賛したい。
by bonjinan | 2017-10-12 17:47 | 読書