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ウィーン美術史博物館

美術史美術館ともいわれる美術史博物館(Kunsthistorisches)を訪ねた。
ハプスブルク家が収集した膨大なコレクションを収蔵するヨーロッパ屈指の博物館。
みどころは2階にある名画の数々、中でもフランドルの画家・ブリューゲルの作品の収蔵数は世界最多という。もう一つの特徴はネオ・ルネサンスと分類されている博物館の建築技術と建築美だ。
まず入館するなり圧倒された建築美から振り返ってみようと思う。 

 《建築美》
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 美術史博物館外観
 フランツ・ヨーゼフ1世の命により建設された博物館(1891年に完成)。
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 2階への階段の様子。建築美に圧倒される。
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 天井の中央が吹き抜けになっているドーム型天井(1階の天井)。
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 柱もない1階天井の上が見事なカフェになっているから更に驚かされる。

 《絵画鑑賞》
 数ある作品のなかからここでは有名な3点をピックアップしたい。
 2つは何といってもブリューゲル(父)の作品から。次にフェルメールの作品から。
 (同美術館はフラッシュ撮影は禁止だが通常撮影は可)。
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 ブリューゲル『バベルの塔 Turmbau von Babel』1563年
 旧約聖書の創世記にある伝説上の塔。人間の傲慢さに対する戒めと説明される塔。
 人間がそれぞれ勝手気ままに利益を追求しだし共同体が崩壊していく様を描いている。
 ブリューゲルは調和ある社会を願って描いたと言われる。
 
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 ブリューゲル『農民の婚礼』1568/69年
 農民画家と呼ばれるブリューゲルならではの作品。社会の下層に生きていた農民の、質素な
 しかも粗野なしぐさまでも忠実に描いている。しかしここには庶民への深い愛情が感じられる。
 ほか『謝肉祭と四旬節の喧嘩』『ゴルゴダの丘への行進』『雪中の狩人』など鑑賞。

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 フェルメール『絵画芸術(絵画の寓意、アレゴリー)』1665/66年頃
 ギリシャ神話に登場する女神クリオ(祝福する女の意)を登場させフェルメール自身と向き合う
 構図をとることで絵画という芸術への礼賛、画家という芸術職業への自負を寓意表現していると
 される。手前のカーテンがアトリエの立体感を創りだし空気感まで伝わってくるようである。
 フェルメールは晩年の苦しい生活の中でもこの1枚を最期まで手放さなかったという。

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 子供たちが美術館で模写する様子
 立派な施設で最高の芸術に触れている風景をみるととてもうらやましい。
 この中から世界を魅了する画家、芸術で街を活気ずける人材が育ってくるのだろう。

(補足、ブリューゲルとハプスブルク家のこと)
ブリューゲルが活躍した時代は宗教改革が始まった後で教会からの絵画の注文が減り、フランドルでは風景、静物、風俗がテーマとなり市民が絵画を注文しだした時代、また諺や格言集が人気になった時代でもあった。ピーテル・ブリューゲル(1525年頃-69年)はこうした時代に当時の世相を深く観察し、諺を通して人間の本質、社会への警鐘を表現しようとした。表現技術を超えた気迫が感じられる。ただ分からないことがある。フランドル地方は当時、スペイン・ハプスブルク家の支配下にあったとはいえ、なぜ上流階級が嗜好すると思われる上品な絵ではなく、いわば社会派の絵画、風俗画を描いたブリューゲルの絵をたくさん集めたのだろうか(16世紀のフランスアカデミーでは歴史画、宗教画、神話画、風俗画、風景画、静物画といった序列をつけていた)。同家にはルドルフ2世のような異常なほどの収集家がいたことにもよるが、約650年続いた同家の歴史をみれば庶民の生活にも常に関心をもち同家の立ち位置を検証し続けていたとの答えは安直でほめ過ぎだろうか。

(補足、サリエラ)
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  ベンヴェヌート・チエッリーニ作『サリエラ』1540-43年
美術史美術館となるとどうしても絵画となるが素晴らしい工芸品も展示されている。その一つがサリエラ(イタリア語で塩とか胡椒入れ、ここではハプスブルク家の繁栄と切っても切れない塩と関係のある黄金の塩入れ)。フランス王・フランソワ1世の依頼によりフィレンツェ生まれの金細工師、彫刻家により製作されチロル大公・フェルナンド2世に贈られたもの(世界史的には15~18世紀半ばまでフランス王家とハプスブルク家は対立関係にあった筈。皇帝との関係を裂こうと画策してのことだったかなどどのような経緯で贈られたのかは?)。
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by bonjinan | 2017-10-28 14:30 | 文化・歴史 | Trackback
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