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ナポレオンの戴冠式

ルーヴル美術館、約35,000点に及ぶ美術品を保有し毎年約800万人が訪れる。数ある作品の中で最も人気があるのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』(1503-19頃)。その次となると定かではないが、ここでは歴史の教科書にも載り、これまた人気のある、ジャック・ルイ・ダヴィッド『ナポレオンの戴冠式』(1805-07頃)を採り上げたいと思います。
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ジャック・ルイ・ダヴィッド『ナポレオンの戴冠式』(1805-07頃)
『ナポレオン1世の戴冠式』とも『ナポレオン1世と皇妃ジョセフィーヌの戴冠』とも言われる。大きさ約縦6m×横10m。人物を等身大に近く描いた迫力ある作品。ナポレオンはローマ教皇からではなく自分で自分に冠を授けたと言われるから事実をそのまま描いたものではない。ではなぜローマ教皇でもなく、ナポレオンが皇后に冠を授けているかを考えさせるところがこの絵のみどころ。諸説あるが、教会は政治支配のもとにあること、ナポレオンもジョセフィーヌも貴族の生まれながらフランス本流の貴族出身ではなかったこともあって国民に選ばれた皇帝であること(脚注)、すなわちフランス革命の正当な相続人であることを高らかに宣言したかったのだと考えられる。ジョセフィーヌへの戴冠は絵全体を和やかにしているほか、ジョセフィーヌを一般国民、ナポレオンをフランス革命の相続人と置き換えれば作者ダヴィッドの意図を鮮明に理解することができる。歴史画は歴史上の一コマを描写するものだが、時代の大きな流れを的確に表現したという意味ではこれまた立派な歴史画といえるだろう。

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同上部分図。
教皇ビウス7世が、『受胎告知』(例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチ)で天使ガブリエルと同じように手のポーズで皇帝と皇后を祝福している様子が描かれている。これもどうやら事実ではなく、主役の一人であるはずの教皇が苦々しく見守るしかなかった教皇の姿を、甘んじて祝福している姿に修正したものと言われている。

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ヴェルサイユ宮殿、戴冠の間に掲げられた同じくダヴィッド作『ナポレオンの戴冠式』
ルーヴル美術館のそれと何が違うのか、これも見どころとなっている。

(脚注1)ナポレオン・ボナパルト(1769-1821)
フランス王国コルシカ島生れ。フランス革命後の混乱を収拾して軍事独裁政権を樹立した。ナポレオン1世(在位1804-1814、1815年)として皇帝に即位した。華やかな生涯であるが父親の代に遡るとそうではない。コルシカ独立の父としてコルシカ島で尊敬されるパスカル・パオリ(1725-1807)に就いていたが、ナポレオンが生まれる直前にフランス側に寝返り、その見返りとしてフランス貴族と同等の権利を得ている。こうした父親の転向により、ナポレオンはフランス貴族の学ぶパリの陸軍幼年学校に国費入学し出世街道を走り始める。コルシカ島ではナポレオンは裏切り者として扱われているようだ。
(脚注2)ジャック・ルイ・ダヴィッド(1748-1825)
フランス革命時、左派勢力ジャコバン派に属し革命に参加。ジャコバン派が政権を握ると国民議会議員となった。政権が倒れるとダヴィッドも失脚するがナポレオンが台頭すると今度はナポレオンの主席画家として宣伝、もっと言えば印象操作に協力した。血気盛んな画家といえる。西洋絵画史上では新古典主義を代表する画家。有名な作品としては『ホラティウス兄弟の誓い』1784年、『テニスコートの誓い』1791年、『サン・ベルナール峠を越えるボナパルト』1801年。


by bonjinan | 2010-10-08 09:23 | 文化・歴史