人気ブログランキング |

AREKORE

bonjinan.exblog.jp
ブログトップ

コンスタンティヌスの凱旋門@ローマ

ローマ帝国の心臓部は「フォロ・ロマーノ」。その隣にあるのが「コロッセウム」。ローマの平和(パクス・ロマーナ)と呼ばれる時代の80年に建造されたパンと見世物を象徴する建造物。両者の間にあるのが「コンスタンティヌスの凱旋門」。こちらはコンスタンティヌス帝(副帝306年~、正帝310-337)がマクセンティウス帝に勝利したことを記念して315年に造られた。
c0192215_1862694.jpg

  コロッセウムから見るコンスタンティヌスの凱旋門
c0192215_1875713.jpg
  
  最上段のパネルはマルクス・アウレリウス帝の生涯。
  下の円形レリーフはハドリアヌス帝の生涯。
  その下のレリーフはコンスタンティヌス帝の戦闘を描いているという。

参考:コンスタンティヌス帝の時代について
コンスタンティヌス帝が帝位に就いた頃はローマ帝国が崩壊に向かう時期、この時期の政策はその後の中世ヨーロッパのみならず現代のヨーロッパ社会とキリスト教の枠組みを決める重要なものだった。
・313年、ミラノ勅令
(キリスト教公認。キリスト教会を利用して帝国統一を強化しようとした。その後の中世ヨーロッパにおける聖(教皇)と俗(国王)の二元的統治構造につながる)
・325年、ニケーア公会議
(イエスの人性を強調するアリウス派を異端とし、イエスを神の子とする(のちの三位一体説)アタナシウス派を正統とした。)
・330年、コンスタンティノプールへ遷都
(帝国の北方、西方ではゴートなどゲルマン人の侵入が起こっていたが、東ローマではその影響が少なかったこともあり1000年の輝きを放った。統治形態としては皇帝教皇主義を貫いた。)
・331~332年、コロヌスの土地緊縛令
(小作人の土地への固定を制度化。中世ヨーロッパの農奴の原型であり身分の固定化につながった)
by bonjinan | 2009-10-22 17:33 | 旅、散歩