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琳派400年記念展@山種美術館(2015年)

琳派の祖といわれる本阿弥光悦(1558-1637)が京都・鷹峰に「芸術村」を開いてから今年は400年ということで各所で記念展が開かれている。東京では山種美術館で「琳派400年記念、琳派と秋の彩り」が開催されている(9/1~10/25)。有名な作品、二点から琳派を考えてみようと思う。
①俵屋宗達(絵)・本阿弥光悦(書)≪鹿下絵新古今和歌巻断簡≫
「こころなき 身にも哀れは しられけり 鴫立つ沢の 秋の夕ぐれ」(西行法師)
(『新古今』の秋歌28首を記した長巻巻頭の絵、書)
琳派を代表する画家は俵屋宗達(生没年不詳)、尾形光琳(1658-1716)、酒井抱一(1761-1828)と連なる。琳派のもう一人の祖とされる宗達の絵を有名にしたのは自身の扇絵であったが、さらに世に知らしめたのは寛永の三筆と称された書家の一人、光悦が宗達の料紙を好んで用いたことからでもあった。①では琳派の源流となる光悦と宗達の絶妙なコラボ、琳派の絵と和歌の世界の相性の良さを確認できる。和歌の世界では春秋を題材としたものが多く、『新古今集』でもそうで歌数では秋の歌が多い。秋はそれだけ情趣あふれる季節ということだが、琳派の描く四季も秋は特に趣深い。本作品では琳派の表現法の一つとされる「たらし込み」も見られ、それが書との親和性を高めていることがわかる。たらし込みとは、ある色を塗って、乾かないうちに他の色をたらし、にじみをつくる日本画の技法の一つ。
②酒井抱一≪秋草鶉図≫
琳派の秋を象徴するような作品である。秋草と鶉を克明に描く一方、遠くにあるはずの、そして白く見えるはずの月をデフォルメし、すぐそこにあるかのごとく大きく、そして黒く描くことで、面白い絵になっている。そもそも月は元々は銀色だったものが酸化して黒くなったものなのか、銀色だたっとするなら、さらには月がそもそもそこに無かったならどういう世界になるのだろうかなど、特徴のある月があることによって、この絵から連想される物語の世界はどんどん広がる。筆者はまず大きな月があることについては、遠近法的にはありえない大きさですが、遠くにある月をも友として近くに呼び寄せ、秋の夜長を自然とともに楽しみたいという感覚、意図からと思う。月の色については、最終的には顔料の銀が黒に変色することを承知の上で、最初は銀色、すなわちその色合いの変化も楽しめるように工夫したと考えたい。
③琳派の絵について
琳派の絵は「装飾性」「意匠性」ということばでよく表現される。ただそれだけでは現代の「商工業デザイン」と区別がつかない。①特に②をみれば、筆者はこれに加えて、作者、観る人双方にとっての表現、解釈の「自由性」、「物語展開性、詩情性」を加えたくなる。なお琳派を語る場合、京琳派、江戸琳派という分け方もあって、京琳派が雅、江戸琳派が粋と表現される。①②の作品をみるとその通りにも思えるが、宗達が無名の時期に描いたとされる京都・養源院の杉戸絵≪白象≫≪唐獅子≫、もともとは千手観音の眷属として対になるべき千手観音がいない≪風神雷神図屏風≫などをみれば、「大胆な構図、構想力」を抜きにしては語れない。後に、北斎の大胆な構図にもつながり(『北斎漫画』にも風神雷神図あり)、それがひいては西洋画壇にも大きな影響を及ぼしたことを考えると、「装飾性」「意匠性」を越えた「創造性」という絵画の本質的要件を兼ね備えていることも忘れるべきではないだろう。  参考:2014.11.23ブログ記事「養源院」
参考:山種美術館ホームページ

参考
京都国立博物館「琳派 京を彩る」(2015.10.10~11.23)
静嘉堂文庫美術館「金銀の系譜~宗達・光琳・抱一をめぐる美の世界~」(2015.10.31~12.23)
by bonjinan | 2015-09-08 11:40 | 文化・歴史