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紅葉@高山寺

 京都中心部とは違って、山深い三尾(栂尾、槇尾、高雄)では紅葉の真っ盛り。
 世界遺産にも登録されている栂尾山(とがのおさん)高山寺(こうざんじ)を訪ねた。
 広大な境内を歩き、石水院(国宝)では静かに紅葉を楽しませていただいた。
紅葉@高山寺_c0192215_20503145.jpg

 石水院縁側から望む紅葉。
 石水院は後鳥羽上皇の学問所を移し、明恵上人が住まいとした建物。
 ここでは≪鳥獣人物戯画≫、≪明恵上人樹上坐禅像≫(ともに国宝、複製品)も楽しめた。
 鳥獣戯画は「日本最初のアニメ」とも称される絵巻物。人間とは滑稽な動物である。

(参考)
①明恵上人(1173-1232)の茶との関わり
 和歌山生れ。鎌倉時代前期に高山寺を再興。
 茶祖・栄西禅師(1141-1215)から贈られた茶の実を播き育てた。ここから宇治をはじめ
 全国に茶が普及したとされる。境内には茶園があり「日本最古之茶園」碑がある。

②明恵上人の言葉からみる思想
 「我は後世(ごせ)たすからんと云う者に非ず。ただ現世に、先づあるべきようにて
 あらんと云う者なり。」(栂尾明恵上人遺訓)
 古来、死についての考え方には二つある。一つは、死は来世への旅たちである。もう一つ
 は死はすべての終わりであるという考え方だ。宗教は一般に前者の考え方をするが、
 明恵は後者の考え方であった。自力本願の立場に立つ特異な宗教人であったと言われて
 いる。しかし、・・・

 ここで安易に自力本願という言葉を使ってしまいましたが、私見を述べます。
 自力本願とは自分の力だけを信じて他人の力に頼らないということではないと思います。
 先ずは自ら邪念を排し、自(おの)ずからの力、すなわち自然の大いなる力を信じそれを
 取り込むことによって元気を回復しよとすることであり、それが仏様の願いであり、見守
 っていてくださると信じてのことと考えます。
 一方、他力本願は例えば南無阿弥陀仏を唱えることで、全ての人を救いたいとの阿弥陀如
 来様の願い(本願)に身をゆだねるということでは表面上他力本願ですが、阿弥陀如来は
 自然の大いなる力の象徴とも考えられており、本質的にはその大きな力の助けを借りて自
 立したいとの願いと考えられます。そう考えるならば他力も自力も仏様の前では本質的に
 は同じことになります。私たち一般人は人生の局面局面で、二つの切り口から信じ、祈り
 困難を乗り切っていると思います。もし絶対的自力本願者だとすれば宗教の原型とされる
 祈りを否定する無神論者ということになるのではないでしょうか。明恵上人は因果応報の
 世界ではなく今を大切に生きよとした宗教者ということであり、自力本願、他力本願で
 分類するのは無理があるように思います。

③残された和歌
 「むらさきの 雲のうえへにぞ みをやどす 風にみだるる 藤をしたてて」
 (『明恵上人和歌集』)
 明恵は和歌にも長けていたといわれる。遁世の僧・西行(1118-1190)に似た歌である。
 「ねがはくは 花のしたにて 春しなん そのむらさきの もちつきのころ」
 (西行『山家集』)

 高山寺歴史等:高山寺ホームページ
by bonjinan | 2014-11-20 21:25 | 旅、散歩