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幸福論

日本全体の高齢化が進み、老齢人口(65歳以上の人口:2012年で総人口1億2752万人の約24%)が年少人口(15歳未満の人口:同13%)を上回っている。また年間死亡数(2012年126万人)が年間出生数(同104万人)をはるかに超え、喜びより悲しむことの方が多い時代になった。そのせいか、最近、生老病死、特に老病死に関する話題が多くなった。また並行して、少なくとも幸福な晩年を過ごしたいと願う人が多くなったことからか幸福論も話題にされるようになった。幸福論については古今東西の哲学者、文学者などが論じ有名な言葉を残している。それも参考にはなる。しかし言葉が発せられた背景が分からないから、単に知識として知るだけであり、結局は個人個人の心もちの問題だで終わってしまう。哲学的ではなくもっと身近に感じられる説明がないかと思っていたところ、二つのベストセラー書に書かれていた。その気になれば誰にも実行できそうである。仏教でいう「無財の七施」(特に和顔愛語)と同じかも知れないが・・・。

①三木清『人生論ノート』新潮文庫、(2014年4月第107刷、初版1954年9月)より
P.24 「機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現われる。歌わぬ詩人というものは真の詩人ではない如く、単に内面的であるというような幸福は真の幸福ではないであろう。幸福は表現的なものである。鳥の歌うが如くおのずから外に現われて他の人を幸福にするものが真の幸福である。」

②渡辺和子『置かれた場所で咲きなさい』幻冬舎、(2014年7月第56刷、初版2012年4月)より
P.60 著者が30代に感化されたという「ほほえみ」という詩
「もしあなたが 誰かに期待したほほえみがえられなかったなら 不愉快になる代わりに あなたの方からほほえみかけてごらんなさい ほほえみを忘れた人ほど それを必要とする人は いないのだから」

(追加)
1.アラン(本名:エミール・シャルティエ)『幸福論』1925(世界三大幸福論の一つとされる)
「新年の贈りもので私がお勧めしたいのが上機嫌である。これこそ、贈ったり、貰ったりすべきものだろう。これこそ世のすべての人を、何よりもまず贈り主を豊かにする真の礼儀である。」
木原武一『大人のための世界の名著50』角川文庫(2014)より引用
木原は「不機嫌な顔を見ればこちらも不機嫌になる。こちらが少々不機嫌でも笑顔を見れば、心が和らぐ。ドイツの詩人ゲーテは「不機嫌は犯罪」であるとさえ言っている『若きヴェルテルの悩み』」を紹介している。

2.元ウルグアイ大統領、ホセ・ムヒカ(1935- 在位2010.3-15.3)の言葉
「我々は発展するためにこの地球上にやってきたのではない幸せになるためにやってきたのです」、「貧しい人とは少ししかものを持っていない人ではなく、もっともっとといくらあっても満足しない人のことだ」。(4/8フジTV 来日緊急スペシャル、世界一貧しい大統領×宮根×池上彰より)
古代ローマ時代の哲学者セネカの言葉にも通じる「質素」であることの幸福感が伝わってくる言葉だ。

(参考)「幸福の語源」、「幸福の象限」
1.漢字からの点検
「幸福」の「幸」は手にはめる手かせを描いた象形文字。手かせを嵌められる危険から危うく逃れた、から、思いもよらず運よくの意となり、さらに幸運の意味で広く使われている。「福」の偏はもともとは「示」で祭壇を、旁は酒がたっぷり入ったとっくりを描いた象形文字。神の恵みが豊かなことの意。「幸」も「福」も1文字としては古くからあったが、それらが結び付いて「幸福」となるのは江戸時代後期だった。「幸福」となっても意味は
思いもよらず運に恵まれての意味だった。(参考:漢和辞典等)
「幸福」の元々の意味合いからすれば、「特別悪いことがなければそれで幸福」と言うことだろうと思う。最近は、幸福は個人個人の心の持ちようの問題として捉えられたり、或いは意識して努力すれば掴めるものと認識されるようになっているが、本来の「運」とか「偶然」の意味が薄れてしまったのだといえる。

2.大和ことばからの点検
幸福を意味する大和ことばである「さち」「さいはひ」「しあはせ」は昔から使われていた。
「さち【幸】」は、獲物を取る道具、獲物の意から転じて、獲物の多いこと=幸運、幸福の意味でも使われた。「さいはひ【幸い】」は運がよいの意味。幸運な人を幸ひ人と言った。
「しあはせ【仕合はせ】」は、「めぐりあわせ」「運命」の意で、よい場合にも悪い場合にも用いられた。例えば、「しあはせよし」「しあはせ悪し」のような使われ方をした。幸運、幸福の意味で使われるのは江戸時代からだった。幸運な人をしあはせものと言った。(参考:古語辞典等)
こうして幸せの源流を訪ねれば、いずれも、自然の惠、偶然といったことと密接に関係していることが分る。

3.Happines の語源
「幸福」を意味するもっとも一般的な英語happinessでみてみたい。
「happyは14世紀末頃から使われ始めた語で、「偶然、運、幸運」を意味する名詞hapからつくられた形容詞である。したがって、元来happyは「幸運な」という意味で、めぐり合わせが自分にとって好都合であることを意味していた(ちなみに、動詞のhappenも同じくhapの派生語で、「偶然起こる」ということである)。しかし、しだいに人間が心の中で感じる満足した状態をも意味するようになり、16世紀の初め頃から現在の「幸福な」という意味が生じた。このようにhappyの意味がいわば「内面化」していくにあたっては、この時期にオランダあたりから全欧に広がった「近代的信心」の影響があったと考えられる。」
(渡部昇一『ことばのコンセプト辞典』第一法規より)
「幸福」という言葉はどうやらヨーロッパでも日本と同じく、元々は「偶然」という意味から派生してきた言葉であることが分る。

4.「幸福の象限」(2014.12.21追加)
カナダ出身の精神科医・エリックバーンは、自我は3つの要素(親P、成人A、子供C)からできているとして、人々はどのように交流するか分析した。これを簡単に4つに区分すると
①I'm OK. You are OK.(私もあなたもOK)→自己肯定+他者肯定。互いの立場を尊重。創造的な対話。人間関係で望ましい態度。
②I'm not OK. You are OK.→自己否定+他者肯定。影、コンプレックス(マイナスのラベルを貼った感情)との対話。
③I'm OK. You are not OK.→自己肯定+他社否定。攻撃的、支配的、独善的。→自我(ego)を抑制し相手の話を聴く。
④I'm not OK. You are not OK.→自己否定+他者否定。絶望。→存在の承認。②(自己否定)と③(他者否定)はペアになりやすい。この人間関係を継続していると永遠にラリーが続く。
結局、①こそが「幸福の象限」であることが分る。
(東大病院循環器内科・稲葉先生の講義を思い出して)
本項関連:2013.12.3ブログ記事、追加部分

by bonjinan | 2014-07-29 12:39 | 読書