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プラド美術館@マドリッド

スペイン旅行から約1か月強、プラド美術館見学の記憶を書きとどめておこうと思う。
大きな美術館での美術鑑賞はとても難しい。それも海外旅行中となると時間の制約があるから一層難しくなる。今回の旅行ではマドリッドでの観光の中心はプラド美術館、観賞する作品はとにかくガイドブックに出てくる有名なもの数点と決めていた。ほぼ満足できる見学となった。
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   ゴヤ像側から見たプラド美術館(MUSEO NACIONAL DEL PRADO)

(コレクションの特徴)
プラド美術館は所蔵絵画が約8,000点、展示されている作品だけでも約3,000点と言われる。コレクションの特徴は、スペイン絵画の黄金時代といわれる17~18世紀の作品が中心だが、フランドル絵画、イタリア絵画などスペイン王室のセンスで収集されたものが多く味わい深い作品が多いこと。

(重点的に観賞した絵画)
①ディエゴ・ベラスケス ≪ラス・メニーナス(女官たち)≫ 1656年頃
皇女マルガリータと女官たち、国王フェリッペ4世とマリアーナ王妃、ベラスケスがあたかもそこに実在するかのような作品。しかし観れば観るほど作者の隠されたメッセージがあるのではないかと謎解きの世界に引きこまれる。明暗からすれば主役は明らかにマルガリータ王女であるが、登場人物の視線からすればこの絵は国王から絶対的信頼を勝ち得たベラスケス自身の自画像に他ならないと思えた。実際当時の常識では宮廷画家が王族と同じ絵に描かれるなどということはなかったという。

②フランシスコ・デ・ゴヤ ≪カルロス4世の家族≫ 1800年
ヨーロッパ各国で君主制が危機にあった時代の作品。人の良い国王と悪名高い王妃を中心に据えながらもこの絵では家族の結び付きの強さを表現している。しかしなぜか目線は青い服装の皇太子(後のフェルナンド7世)と背後のゴヤに移る。ベラスケス同様、王家の観察を踏まえその将来を洞察し描いたと思われる。

③ゴヤ ≪裸のマハ≫ 1797~1800年頃、④ゴヤ ≪着衣のマハ≫ 1800~1805年頃
上野・西洋美術館で2011年に④は公開されたが③④両者を並べて観るとその迫力に圧倒される。
ところでマハとは下町の元気で粋な女という意味だ。

⑤ゴヤ ≪1808年5月3日の銃殺≫ 1814年 戦争の非道を訴える傑作。
1808年5月3日未明、マドリード市民の反乱を鎮圧したナポレオン軍が市民を銃殺する場面。処刑隊とて人の子、直視することができず下を向いている。これは気づかなかったが今まさに銃殺されようとする白い服の男性の右手には殉教者の証、聖痕が描かれているという。
ゴヤの作品②~⑤をみただけでもモチーフが多岐。表現力豊かな画家であることを知る。

⑥エル・グレコ ≪胸に手を置く騎士≫ 1580年頃 
肖像画というジャンルは、ルネサンス時代に政治権力に仕えることの一環として、権力者の姿を描くことから始まった。しかし16世紀末、エル・グレコはトレドで、都市に生まれつつあった市民社会を構成する人々の肖像画を描き始めた。その初期の作品と考えられている。

⑦フラ・アンジェリコ ≪受胎告知≫ 1426年頃 
中世以来、最も人気のあるシーンでフィレンツェの修道僧アンジェリコはこの宗教的主題を何枚も描いている。観た絵にはエデンの園を追放されるアダムとイブ、聖母マリア様の生涯のエピソードが加えられていた。

⑧ヒエロニムス・ボス ≪七つの大罪≫ 15世紀最終期
ネーデルランドの画家で≪愚者の船≫などで知ってはいたが実際にボスの作品を観賞したことはなかった。七つの大罪は、仏教における地獄・極楽、勧善懲悪との対比で興味があった。七つの大罪として、上から時計まわりに、怠情、色欲、傲慢、憤怒、嫉妬、貧欲、貧食を、四隅には左上から時計まわりに、死、天国(脚注)、最後の審判、地獄を描いている(七つの大罪と四終)。イエスの下のリボンには「汝ら心せよ、主は見そなわし給う」と書かれているといい、キリスト教の説く道徳感を表現している。宗教、時代が違っても人々に求める道徳は同じと思えた。ただボスは一般人を念頭に描いたのではなく、ビザンツ帝国がオスマン帝国に滅ぼされ、またペストなどの伝染病がが流行し、人々が恐怖におののいていたにもかかわらず聖職者が堕落しきっていたことから、彼らへの批判が込められているのだとも言われている。

追加、「ソフィア王妃芸術センター」
おもに20世紀の現代アートを所蔵する美術館。閉館間際に入館したので時間がなく、一目散にピカソ≪ゲルニカ Guernica≫に駆け寄った。ゲルニカはバスク地方の小さな町。1937年4月26日、ドイツ軍機ユンカースによって爆撃された。ゲルニカは戦争への怒りと生命の尊さを訴える。

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   ソフィア王妃芸術センター

補足:天国、極楽はどう描かれているのか?
天国とはどのようなところなのか。歌舞音曲を楽しみ美味しいものを食べて過ごせる世界を想像するがそうではない。ボスの絵をよく見ると神様をまじかに見上げている様子が描かれていているだけだ。どうしたことか。東大.藤原聖子先生のお話を聞く機会があった。洋の東西を問わず、天国、極楽は神様や仏様をまじかに拝むことができる場所、直接お会いできること自体が素晴らしいことであり、そうした環境の中で学び修行し続ける場として描かれているとのお話だった。
例えば、『Omne bonum』14C英、『ペリー公のいとも豪華ななる時祷書』15C仏、『当麻曼荼羅』13Cなどいづれもそのような場面として描かれていると紹介された。考えてみれば、神様、仏様が好き勝手なことをしている天国、極楽はありえず、神様、仏様の前で遊んで暮らせるなどという甘い世界はあり得ないということだ。ただ上記ペリー公(フランス王シャルル5世の弟ベリー公ジャン)の時祷書には豪華な着物を纏い、豪華な食事をしている装飾画が出てくる。これは当時、王侯貴族たちが、美しい時祷書をもっているかを競ったためで、神との関係は上記の通りである。
by bonjinan | 2014-07-01 10:58 | 文化・歴史