スペインの旅、アンダルシアの州都セビーリャの世界遺産、大聖堂(カテドラル)を訪ねた。
カテドラルは、その昔はイスラム寺院(モスク)であったが、レコンキスタが完了しつつあった15世紀初頭、「後世の人が驚くほど大きなカテドラルを建てよう」との決定を受け約100年後の1519年に完成したキリスト教聖堂。世界ではローマのサン・ピエトロ大聖堂、ロンドンのセント・ポール寺院に次いで3番目の規模だという。聖書の場面を彫刻したといわれる巨大な木製祭壇などみどころはたくさんありますが、ここではスペインに莫大な富をもたらしたコロンブス(ca1451-1506)の墓、スペインを代表する画家ムリーリョの絵画、「ヒラルダの塔」からの眺めをアップします。
カテドラル:イスラム的文様とゴシック建築と、スペインらしい風景。
コロンブスの棺を担ぐ当時の4人の王。
セビーリャはグアダルキビル川を通じて大西洋につながる港湾都市として中世から栄え、アメリカとの貿易では独占港として繁栄した町。モニュメントはこの町ならではのもの。剣でザクロを刺す姿はレコンキスタの完成(1492年)を象徴している(イスラム最後の王朝があったグラナダの地名はスペイン語でザクロを意味)。
ガイドブックによると、「4人の王は当時スペインを構成したレオン、カスティリア、ナバーラ、アラゴンの王」となっているがレオン王国はカスティリア王国に統合され1252年には消滅しており、またコロンブスが亡くなったのは1506年だから、レコンキスタに貢献した王たちとして理解するのが正しいのだろう。ただレオン王国は9世紀初頭、ヤコブ(サンチャゴ)の墓が発見された地としてレコンキスタの起爆地となったことからすればレコンキスタの最大の貢献者といえる。ザクロを剣で刺しているのは身に着けた国章からレオンの王と思われる(正面にライオンの紋章)。
アントニオ礼拝堂のムリーリョ『サン・アントニオの礼拝』
当初はムリーリョ『無原罪の御宿り』(サン・ペドロ礼拝堂)を観たいと思っていたのですがすっかり忘れていました。なお聖具室にはゴヤなどの絵があるという。
ヒラルダの塔:高さ97m
12世紀末にモスクのミナレット(尖塔)として建設され16世紀になり鐘楼が付け加えられた塔。先端のブロンズ像が風向きによって向きを変えるヒラルダ(風見)なのでヒダルダの塔と呼ばれる。塔の中は階段ではなくスロープだからゆっくり歩けば簡単に上がれると言われつい調子に乗って登ってしまった。最後になると結構きつかった(馬でもあがれるようスロープにされたようだ)。
ヒラルダの塔から望むオレンジの中庭。
モスクであった時代にはオレンジの木はなく身を清める水場だったところという。
同じくヒダルダの塔から望むセビーリャの街とグアダルキビル川