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集団的自衛権

 安倍首相は15日、首相官邸で記者会見し、密接な関係にある他国が武力攻撃を受けた際、自国が直接攻撃を受けていなくても武力で阻止あるいは反撃する権利としての集団的自衛権について、「政府として検討を進めるとともに与党協議に入りたい」と述べ、憲法解釈の変更に意欲を示した。(報道各社)首相は記者会見で、「首相の私的諮問機関「安保懇」が示した積極的行使とは一線を画し、身近な課題であるとの印象を与えようと腐心した」(日経)。だが、「同盟国、さらには友好国の要請があればともに戦う」との本質は何ら変わらない。懸念されるのは「時々の内閣が自由に憲法解釈を変え手よいのか」、「時々の内閣が支援、参加の要請に対して状況により”NO”と言える外交力があるのか、更には武力行使を止める解決策を提示できる”知恵””提案力””胆力”を持ちえるのか」がもっとも重要になる。多分、これまでの歴代内閣も、これらに自信をもって説明できなく、「自衛のための必要最小限度の武力行使」しか認めていない憲法9条1項に抵触するため行使できない」として見送ってきたのであろう。首相記者会見でもこの観点からの説明はなかった。最近の国際関係をみると、米国の国際的指導力(ヘゲモニー)低下とともに、協調の時代から自国の利益を優先するパワーポリティクスの時代に後戻りしているように思えてならない。主権と主権がぶつかり合う時代には、ナショナリズムもからみ衝突を加速する場合もある。積極論者はだからこそ急ぎたいのであろうし、反対論者はだからこそ反対となるのだが、この議論は、国民的レベルで冷静に議論しておく必要がある。冷静な議論は、緊急事態に臨んだ場合においても有力な判断基準となるからだ。反対が賛成を上回る状況下での決定には無理がある。
補足:日本国憲法第9条第1項
「日本国民は、正義と秩序を基調とする。国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
現実世界の迷宮に入る前に、正義とは?秩序とは?から始まり、憲法制定時の国際平和に関する諸国民の考えが根本的に変っているのかどうかから深く議論する必要があろう。

2014.7.1 集団的自衛権の行使容認
政府は限定的ながら集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。その核となるのは、「密接な関係にある他国への武力攻撃でわが国の存続が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分である。表現は概念的で漠然としており、その運用、解釈はすべて政府に委ねられる。そこで重要になるのが、政府、政治への信頼(理性、外交力)ということになる。信頼の醸成は国民との対話を通してであることを考えればやはり議論不足である。なぜ今急がねばならないのかから始まり、個別的自衛権の強化と何が違うのか、また抑止力を高めるためと言われているるが、米国の国際的な指導力低下が指摘される中で抑止力がどのようなロジックで高められるのかなど説明が無く分からない。

2015.7.14 安保関連法案の採決
集団的自衛権の行使に絡む関連法案が今週にも採決されるようである。
何を審議し審議の結果、どのような状態になっているのかほとんど分からない。
参考:養老孟司『文系の壁』PHP新書より
「官僚の「ご理解いただきたい」は「私の言うことを受け入れて、文句を言うな」という意味になります。」この言葉は政治家も良く使うし、不祥事を起こした企業のリーダーが良く使う。今回の国会審議でも目に付く。よく理解されていないと感じているのだからもっと丁寧に説明すれば良いし、質問者は何が理解できないのかはっきり再質問すべきである。こうしたことが審議の中で審議しつくされないために議論が一向に深まらない。何が話し合われ何が明確になったのかも分からないまま議論しつくされたということはどういうことか。世界の存在感ある政治家をみてみると良い。文系政治家には任せられないのかも知れない。

2015.7.15 安保法案を可決
衆院平和安全法特別委員会は15日午後、安全保障関連法案(国際平和支援法案、平和安全法整備法案10法)を自民公明両党で可決した。

2015.7.16 安保法案、衆院通過
国家の重要案件であるにも関わらず、審議時間、60日ルールとかのテクニカルな日程で採決されたようだ。問題は議論の論点と中身。報道機関も対立の様子は報道するが議論の中身についてはほとんど報道しない。いやしようともしていないと感じる。民主主義とは?とは改めて考えさせられる。

2015.9.18 安保法案
安全保障関連法案が17日夕方、参院平和安全法制特別委員会で可決された。
テレビを観ている限り、採決されたのかされないのか分からない中での可決であった。

2015.9.21 民主主義=多数決?
安保法案が19日成立した。衆参合わせて200時間を超えると言われているがそれでも我われ国民にはほとんど理解されていなかった。今回のテーマはそれだけ議論を深めておかねばならない内容を含んでいるからであった。憲法との関連、平和主義との関連、個別自衛権との関連、米中関係との関連、勢力均衡論の効果と限界についてなどいくら議論してもしつくされない問題を含んでいた。また本問題を越えて民主主義=多数決なのかなど議論の進め方、政策決定論の基本問題を含んでいた。9/21日経経済教室で坂井豊貴は「いたずらに多数決をありがたる思想のことを多数決主義(マジョリタリアニズム)という。これは民主主義とは異なるもので、両者は区別が必要だ。多数決とは制度であり、民主主義は理念である。では民主主義とはいかなる理念か。端的に言えば「被治者と統治者の同一性」を目指す理念、すなわち「私たちで私たちのことを決める」こと。しかし理念はそれ自体では社会で実現しない。制度が必要である。すなわち私たちが問わねばならないのは、多数決という制度は民主主義の理念を実現するのに適しているのか否かである。」と述べ、18世紀にフランスの数学者ボルダーが考案したボルダールールを紹介している。ボルダールールとは賛成か反対かを問うた場合の反対の意見をどう救済するかという視点に立つ。こうした記事が出るのは今まさに民主主義のより良い制度を模索すべき時期にきていると考えるからだろう。筆者はボルダールールについては知らなかったが冒頭で議論を深めることが何よりも重要と書いた。それができない制度は民主主義にそぐわない制度だと。例えば、1案、2案、3案があたっとする。仮に2案、3案が議論されることなく、1案が強硬採決されたとしよう。この場合、2案、3案を考えていた人たちに「私たちの政策」という意識ができるはずがない。もし1案で不具合が出た場合、またそこに制限がなければ、行き着くところまで行くであろうし、完全に失敗だと分かっても引き返すこともないだろう。1案で上手く行かなかった場合、改めて2案、3案をベースに最良の案を組み立てていく冷静なプロセスがあってこそ民主主義は高度する。こうした観点からも論点を公平に議論することの重要性を感じるのである。

2015.11.20 南シナ海に自衛隊派遣検討
安倍首相は訪問先のフィリピン・マニラで米オバマ大統領と会談し、TPPの早期署名、発効に向けて連携強化を確認した。また南シナ海での自衛隊の活動は、「情勢が日本の安全保障に与える影響を注視しつつ検討する」と述べ、自衛隊による警戒監視活動などを検討する意向を示した。(日経)
by bonjinan | 2014-05-16 09:18 | 政治・経済