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危機からの脱出

塩野七生さんの短編集『日本人へ 危機からの脱出篇』文春新書(2013)を読む。
『ローマ人の物語』で有名な著者。かつて司馬遼太郎が塩野の作品を「歴史研究でもなく歴史小説でもない。その中間を行こうとしている。」(若者たちへより)と評したようだ。研究者の書いた歴史書は事実に忠実であろうとするために、やたらと注釈が多く私のような素人には読みにくく、教科書では反対に種々ある見かたの最大公約数となるために時代背景までは読み取れない。一方、歴史小説は人間模様を生き生きと描くために創作部分も加わるから、どこまでが事実でどこが創作部分かは分からない。塩野の書は、史実に基づきながら、登場人物を間近に見、その場の空気すら感じさせる不思議な物語になっている。多分、史実を消化し、今その場に生身の自分がいる感覚で、自分の言葉で書いているからだろう。前置きが長くなった。本書は最近の時事問題を題材にしたエッセイだが、歴史書同様に斜に構えた見方ではなく当事者意識が感じられる意見となっている。印象に残るところを書き留めておきたい。
「勝ちつづけながらも、一方では譲りつづたのである。ローマが主導して成りたった国際秩序でもある「パクス・ロマーナ」とは、この哲学の成果であった。」(世界中が「中世」より)。
現在の覇権国家アメリカは、世界に自由と民主主義を求めてきた一方、大きな市場を開放してきた。アメリカの衰退とともに台頭しつつある次なる覇権国家は世界に何を提供しようとしているのだろうか。「トライアヌス帝は、あることに気づく。帝国の領土は最大になったが、その帝国にとっては本国にあたるイタリア半島が、「空洞化」していることに。・・・これではマネーは、どうしたって属州に流れてしまう。それによる投資の減少は、雇用の減少につながる。・・・毎年の収益の三割は、絶対に本国に投資すること。・・・だが付加価値が高いから単価も高くなる物産の生産になってあらわれた。・・・パクス・ロマーナのおかげで属州でも経済力が向上していたから、高価でも需要があるように変っていたのである。」(善政の例より)
よくアジアの成長を取り込むと叫ばれている。どういうことなのか良く良く吟味すべしということだ。「ヨーロッパ人は少なくとも、過去の戦争は自分たちにも責任があった、とは思っている。だがアジア人は戦争を、旧帝国主義のせいだと信じて疑わない。自分の過去に対して疑いをもたない人間は、不都合なことがあると、それを他人のせいにする。他者に責任を転嫁する生き方しか知らないできた人に、新しい一歩は絶対に踏み出せない。・・・アジアでの連帯は、経済上のことに留めておいた方が無難だと思っている。」(EUって何?より) 私もそんな気がしている。お互い様感覚と相互依存が確認されないと本当の連帯は難しい。結局、やれるところからやるしかないということだ。
追加2013.11.24
「偽善者とは自分に課す基準と他人に課す基準が違う人のことだ」ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)『知の逆転』NHK出版新書(2013.7 13刷)
by bonjinan | 2013-11-09 22:27 | 読書