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均衡、協調、共同体

細谷雄一『国際秩序』(中公新書、2012年)を読んでみた。国際秩序としての三つの体系、「均衡」「協調」「共同体」を切り口に、近代ヨーロッパ歴史を振り返り、日本外交のあるべき姿を説いている。結論から言うと、ニクソンの言葉「世界史の中で長期にわたる平和が存在したのは、バランス・オブ・パワーが存在した時代だけである」を引用し、秩序の歴史を概観するかぎり、この認識は基本的に間違いではないと述べ、「平和を永続するための「協調の体系」や「共同体の体系」を確立するためには、「均衡の体系」を否定するのではなくむしろそれを基礎に置くことが重要となる」と述べている。またわが国については、「日本が十分な国力を備えて、日米同盟を安定的に強化して、アメリカが東アジアへの関与を継続できる環境を整えて、その上でこの地域において価値や利益を共有することである」と述べている。平和に対する考え方には理想主義とリアリズムがあるが後者の立場に立った書と言える。中国外交が最近、改革開放路線からガバナンスを重視した主権重視の姿勢に変わってきたことを踏まえると、改めて考えてみる主張ではある。筆者が興味を持ったのは、こうした論点の一方で論じられる経済交流についての意義、効用であった。本書では、「経済学の父」とも「古典派経済学の始祖」とも言われ、「見えざる手」でも有名なアダム・スミス(1723-1790)はどう考えたのであろうか触れられているので引用する。「『国富論』の中で、「自分自身の利益を追求することによって、彼はしばしば、実際に社会の利益を推進しょうとするばあいよりも効果的に、それを推進する」と述べ、「『道徳的感情論』において、それではなぜ自己利益を追求しながら、社会に一定の秩序が成立するのであろうかに関して、「人間が他者に対する「同感」の感情を抱くからだ」と考えたと、「均衡」から「協調」の考え方の芽生えとして引用し紹介している。アダム・スミスの考えは、現代の東アジアでも通用するのであろうか。どうも素直には適用できない。グローバルな競争が激化し経済交流も武力戦争に代っての経済戦争にもみえ、また国家資本主義が台頭してきているようにも思えるからだ。どうもここでも協調、共同体意識への良い道筋が見えない。本件は筆者自信の宿題として本稿を一旦閉じたい。
(注)『国富論』の正式な題名は『諸国民の富の性質と原因についての研究』。
アダム・スミスは国の政策としての重商主義に反対した。「国が豊かになるため」に論じたのではなく「国民が豊かにため」を論じた。著者は国家と国民を一体のものと扱っているように思うが若干違和感がある。政治は雲の上のこと。政治は国民を守ること、軽い税、法の適正な執行だけで良いと考えていた。
関連ブログ:2012.07.14”ASEAN外相会議”
by bonjinan | 2013-01-10 19:22 | 読書