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豊臣秀吉の耐震工事

京都、東福寺「三門」(国宝、室町時代の建造物で三門としては日本最古)に通称「太閤柱」と呼ばれる柱がある。天正大地震による傷みを豊臣秀吉が大修理の際に大屋根の四隅に補足した角柱のこと(立て看板より)。
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  太閤柱
話の続き、天正大地震(1586年1月18日)とは、日本海の若狭湾から太平洋三河湾に及ぶ歴史上例のない巨大地震だったと言われ、秀吉の築いた近江長浜城が全壊し現長浜市のある集落が液状化現象により水没、京都、三十三間堂では仏像600体が倒れたという。少なくともMw8は超えていた。
(以上、ウイキベディアより抜粋)
太閤柱は地震対策の必要を今に伝える建造物と言える。こうして地震にはたいへん注意を払っていた秀吉ではあったが伏見城が完成して2年後の1596年、慶長伏見大地震により伏見城は倒壊し、方広寺大仏が開眼前に倒壊している。
by bonjinan | 2012-06-03 09:13 | 文化・歴史