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権威勾配、PTA

かつて寺田寅彦が「文明が進化するほど災害も進化する」というようなことを言った。
福島原発事故はこのことを象徴するような出来事になってしまった。
科学技術が益々高度化し複雑化する現代社会にあって便益に付随するリスクについてどう考えるべきなのか。専門家に任せるしかないのか、Wistle Blower(公益通報者)に期待するしかないのか、一般市民がリスクを軽減させる道はないのか。
先日、市民講座(講師:村上陽一郎氏)で「権威勾配」、「PTA(participatory technology assessment)」という言葉を知った。拝聴したことの1/10も理解していないが、現代社会を生きる私たちにとってとても大事な概念に思えた。自分流に復習してみた。
【科学と技術】
科学と技術の歴史からみた性格を振り返ってみると、科学はサロン文化の中で発展してきたものとすれば技術は徒弟制度の中で発展伝承されてきたという違いはあるもののいずれも一般市民と隔絶した世界の中で発展してきたという点では似ている。科学技術のもたらす便益に付随するリスクをどう考えるかは基本的には専門家の倫理観に頼わざるをえない。しかし・・・・。
【権威勾配】
もともとは飛行機の中での機長と副操縦士の関係を表した航空用語のようだ。飛行中に突然危険が迫ってきた場合を考えてみる。権威勾配が急であれば、情報の流れはすべて一方向のいわゆる指示のみとなる。もし副操縦士が迫る危機を感じたとしても何でも事細かに指示する機長のことであり承知のはずと思えば情報伝達は遅れるであろう。逆に権威勾配が弱ければ決定が遅れてしまう可能性が高い。勾配が強すぎても弱すぎても問題が起こる。コックピットの中に限らず、医療、教室、会社、・・・、もちろん原子力を含めてあらゆる分野でこんな場面が想定される。危機管理を考える場合の重要な視点と言える。
【pTA】
技術の発展によって引き起こされる社会的影響を評価したり意思決定を支援する取り組みとして、以前からTA(テクノロジーアセスメント)があった。PTAはこれに専門知識を持たない一般市民が参加するかたちのものだ。専門家だけで政策決定することによって引き起こされるかもしれない社会的不利益を一般市民の常識からも評価を加えリスクを軽減しようとする試みだ。しかし概念として理解はできても実際にどのような方法で参加する市民を選ぶのか、ランダム選定なのか、公募選定なのか。そして最も重要となる最終判断において誰の意見を優先すべきなのかなど難しい問題を含んでいる。実践例としてはデンマークのコンセサス会議などが紹介されているが、どのような方法を採るにしても何回かの討議を通して論点を絞り込んでいくプロセスが不可欠であり、安易な結論を出さないために複数のシナリオの中で最悪を予想し手立てを考えること(precutionary principle)が不可欠となる。以上、pTAについて書いてみたが既にわが国においても裁判員制度でそれが始まった。我々一人ひとりが社会問題に眼を向け判断し責任を担わなければならないとの覚悟が必要となることは言うまでもない。




追記:市民参加の政治
☆市民陪審(citizens' jury)
英国など、十数人が集まって自治体の政策決定者に提言。
☆討論型世論調査(deliberative polling)
米国、英国など、無作為抽出による世論調査への回答者から参加者を募集し民意をまとめる。
☆コンセサス会議(consensus conference)
デンマーク、オランダなど、国会や行政機関の下で科学技術などのテーマを討議し提言する。
☆市民会議(citozens' assemly)
カナダ・ブリテッシコロンビア州、有権者名簿から無作為抽出された市民が討議し候補者名簿
を順位付する。但し州政府に提案したものの住民投票で否決されている。
引用:2012.1.6 朝日新聞
by bonjinan | 2011-12-12 17:30 | 文化・歴史