人気ブログランキング |

AREKORE

bonjinan.exblog.jp
ブログトップ

中原街道@川崎

   多摩川の丸子橋を渡り中原街道を進むと歴史ある社寺と緑豊かな森が点在する。
   涼しく静かな早朝に散歩するととても良い。

c0192215_13173069.jpg

   丸子橋を渡り中原街道を直進すると西明寺と小杉御殿跡を記す石碑。
   この西明寺、江戸名所図会にも描かれ、鬼平犯科帳では「相模街道は丸子宿を通り、
   最明寺手前から左へ屈曲しつつ伸びている。松並木の参道が美しく、田畑と松林に
   囲まれた最明寺は藁屋根の本堂を中心にして、いかにも鄙びていた」と著した。
   またここには徳川家康が江戸と中原御殿(平塚)、駿府と往復する際の宿舎とした小
   杉御殿があった。今でも小杉御殿町としてその名をとどめる。
   また小杉御殿の近くには家康から農業用水路(多摩川を挟んで川崎側に二ケ領用水、
   世田谷、大田区側の次大夫堀、六郷用水)を命じられた旗本天領代官、用水奉行で
   あった小泉次大夫の陣屋があったことから命名された小杉陣屋町がある。

c0192215_13185194.jpg

   西明寺には鎌倉幕府第5代執権・北条時頼が参詣し再興したことから三つ鱗の家紋
   が残る。

c0192215_1353380.jpg

   西明寺を過ぎ屈曲した中原街道を西に進むと道路沿いに供養塔と庚申塔がある。
   供養塔の台座には、「東江戸、西中原」と記されている。
   写真は庚申塔で「見ざる聞かざる言わざる」で知られた庚申信仰の盛んであった江
   戸時代に道標を兼ね建てられたもので台座には「東江戸道、西大山道、南大師道」
   と記されている。中原街道は江戸から西に向かう主要街道であったことが知れる。

c0192215_1471579.jpg

   更に街道を進み二ケ領用水を渡ると泉沢寺。
   室町末期、世田谷領主・吉良氏がここに菩提寺を世田谷から移したのが始まり。
   冬の世田谷ボロ市に対してここでは夏のボロ市が開かれたという。
   西明寺と並び小杉御殿を守る寺でもあった。

c0192215_1437882.jpg

   中原街道から府中街道に曲がると鎮守の森に囲まれた春日神社、薬師堂、常楽寺。
   どこの鎮守の森もそうであるように、ここでも昔からある植生をみることができ
   南関東を代表する、シイ、タブ、カシ、ケヤキが鬱蒼と茂る。

c0192215_14373576.jpg

   常楽寺。通称まんが寺とも言われる。
   戦時中、漫画家が勤労奉仕にかりだされたおり、人を明るくする漫画の力に感銘し
   た先代住職が漫画家と交流したという。その縁あって本堂襖には多くのマンガが
   描かれている。

c0192215_14423729.jpg

   更に府中街道を北に行くと等々力緑地。
   サッカー、野球、テニスなど何時も賑わうが、周辺には緑地帯が広がる。
   遠方には武蔵小杉駅周辺の高層マンション群が見える。
by bonjinan | 2010-08-27 14:56 | 旅、散歩