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昔なつかしい農村風景@世田谷 sanpo

半世紀前にはどこでも見られたような農村風景が世田谷「次大夫堀公園」に再現されて
います。昔の生活環境が想い浮かべられるような場所でした。
次大夫は、徳川家康の関東入国直後、普請奉行として多摩川流域の新田開発のため
用水開発を任せられた「小泉次大夫」のことですが、最後に触れたいと思います。
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火の見櫓:村のランドマークだったのでしょう。火災報知は三打「カン-カン-カン」でした。
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   村の風景:生垣の向こうから人が。子供たちの声が聞こえてきそうです。
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   旧安藤家座敷:豊かなお宅とは思いますが。心豊かな生活が偲ばれます。
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   機織機:綿が栽培され愛情溢れる着物がつくられたのでしょう。
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   水田と雑木林:田んぼで稲をつくり、雑木林で薪を拾い。まさにエコライフです。
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        次大夫堀はもう見られませんが、その雰囲気が窺えます。

(小泉次大夫の開削した用水路について)
徳川家康に命ぜられて1597年から1611年にかけ多摩川両岸の用水路を開削した。
東京都側では、現狛江市で多摩川から取水し世田谷領・六郷領(現狛江市の一部・世田谷
区・大田区)一帯を潤す「六郷用水」を開削した。旧世田谷領内では「次大夫堀」と言った。
都市開発が進み今では昔の用水路はなく、旧六郷領、現大田区田園調布の南に湧水を
利用した小川が「六郷用水跡」としてその面影を残す。
川崎市側では、現多摩区布田、上河原堰で取水し旧稲毛領・川崎領(多摩区から川崎区)
一帯を潤す「二ケ領用水」を開削した。こちらは現在でもそのほとんどが残り、工業化の
時代には工業用水として、現在では遊歩道も設けられ市民憩いの場となっている。
中原区小杉陣屋町は小泉次大夫の陣屋(建設事務所)があったことに因む町名として、
その名をとどめている。なお工事は東京都側と川崎側交互に少しずつ行われたようだ。
by bonjinan | 2010-01-22 15:03 | 旅、散歩