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ミラノ散策

イタリアの旅、最後の街となったミラノ。イタリア経済を牽引しファッションの発信基地としてミラネーゼが闊歩する街をたっぷり味わおうと思っていましたが、買い物に気をとられて写真は僅か。
一応ミラノの歴史から概観します。歴史舞台に登場するのはコンスタンティヌス帝がキリスト教を公認する「ミラノ勅令」を発布した4世紀。その後は北方東方からの襲撃を受け不安定な時代もあるが12世紀近隣自治都市とロンバルディア同盟を結び自治権を確固たるものとし経済的にも発展。14世紀末からはミラノ公国として黄金時代を迎える。支配したヴェイスコンティ家、スフォルツア家とも芸術を振興し芸術家・建築家を招いた。結果としてダ・ヴィンチの「最後の晩餐」などの名作が残された。1796年からはナポレンの支配下となる。軍の被服など供給したことから繊維産業発展の基盤となった。現代におけるファッションの街の異名もこうした背景に基づく。こうしてみてくるとその時代時代に残すべきものを残し、新たな時代にしたたかに備えてきた街のように思えます。街の規模が膨れ上がったのはここ200年位の間だという。他のイタリアの都市と比較して、コンクリートの建物、最近、高層ビルが目立つ。ビジネスの街だ。
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ドゥオモ:1386年から何と500年を費やして完成したという。後期ゴシック建築の代表
作。外装には2245体の聖者像、135本の小尖塔が立つ。白亜の殿堂。
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ガッレリーア・ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世:ドゥオモ広場からみたアーケード。
イタリア再統一を記念して統一イタリア初代国王の名をとり1865~1877年に造られた。
巨大かつ豪華、中の十字路にはかかとで回ると幸運が訪れるという雄牛のモザイクがある。
観光客のみならず地元っ子も回るのでへこんでいる。
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夕暮れのドゥオモ広場:電光掲示板にサッカーの画面。ここはセリエA、ACミラン、
インテルの本拠地でした。
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住宅街の出勤風景:ミラノはビジネスの町。朝7時台とはいえバルBARも開いています。
エスプレッソを飲んで気合を入れて出勤。風景は違ってもここでは日本と同じだ。
by bonjinan | 2009-10-30 19:06 | 旅、散歩