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社会起業家としての僧・行基

 最近、利益をあげつつ社会の課題を事業として解決する社会起業家が注目されている。
我が国でこれに該当する最初の人物は、多分、奈良時代の僧・行基(668-749)ではないかと思われ足跡を調べてみた。河内の国生まれ。682年、出家。その後、僧・道昭*らについて瑜伽論、唯識論の経典をんだ。たちまち理解したと言うが、3年程でめぐまれた環境の官寺を飛び出す。山林修行の後、各地を周遊し布教活動を始めたという。当時、僧は官許なくしてはなれず、僧は税を免除されるものの鎮護国家の重要な役割を担っており、僧尼令により厳しく行動が制限されていた。私的な僧は私度僧というが、徴税を逃れる者として固く禁じられていた。717年、民衆を惑わす妖僧として国家から名指しで糾弾されるが、柔軟に対応したためであろう刑罰は受けなかった。723年、三世一身法(潅漑を新造し開墾した者は三代、旧来の潅漑を利用し開墾した者は一代に限り所有が認められる)が発布されるや転機が訪れる。師・道昭から学んだ利他行(=菩薩行)を徹底的に実践する。池造りなどの潅漑事業、港、橋、布施屋(旅人の休息所)など数多く造立した。勿論、行基一人でなし得るものではなく、工人集団を従えてのことではあったが、郡司レベルの地方豪族と結びついて推進した。地方豪族を資本家、公民を労働者、行基集団を経営者とみるならば、まさに現代の資本主義、株式会社組織とも言えるが、当時、人口の増加、荒廃田の増加、税の徴収不足、即ち口分田の不足、および偽籍、浮浪、私度僧の増加は社会問題でもあったことから、利潤を求めた事業ではなく課題の解決を第一義とした事業であった。利他行(=菩薩行)だけを捉えると宗教心に基づくボランティアとなるが当時の社会的課題を解決しようと取り組んだこと、公益なくしては公民の参加はなく、継続して推進できなかった事業であることを考えれば行基は今風に言う、社会起業家であったと言えるのではないだろうか。さて、こうして行基が実績を上げるとともに、人々から菩薩と仰がれるようになった。国もこれを認めるところとなり、僧尼令もより緩やかに修正されている。743年、大仏造立を念頭にした景気刺激策だったのだろう、墾田永年私財法が制定される。同年、聖武天皇より大仏造立の詔が出され、行基は聖武天皇、光明皇后から三顧の礼をもって大仏造立の勧進役に迎えられる。その後、僧の最高位、大僧正に任ぜれれる。民衆は、カリスマ行基のもとで、良く働き、驚くほどの速さで造立は進んだという。大僧正、行基は、752年の東大寺大仏開眼供養を待たずして749年亡くなる。*遣唐使にしたがい唐に渡り、かの有名な三蔵法師玄奘について,インドからもたらされた法相教学を学ぶ。宇治橋を架けるなど、仏教と社会事業を結びつけて活躍もした。

2014.3追加
団塊世代の定年退職に伴って、何か世の中のお役に立ちたいと思う人が増えていることもあって、最近、ソーシャルビジネス、コミュニティービジネスという言葉を良く聞く。比較的古くからはNPO法人があるが、内容はほとんどこれと変わらない。最近は行政が、財政難から手の届かない部分で活動して貰いたいということもあって奨励していること、大学でもビジネスコースの一部に講座を開設していることなどからも良く聞くようになったのだろう。ただ筆者の知見するところによれば、①発足までこぎつけたが具体的に活動が起動しない。②走り出したが息切れしてしまい先細りになる。③軌道には乗っているが新規参加者がいないなどの問題を抱えている。なかでも①が数字に表れていないものを含めると圧倒的に多いだろう。その理由は具体的なニーズ、顧客がないままに思いだけで動き出した結果による。結論から述べると、まずたとえ小さな仕事でも具体的に仕事があるということがカギになる。ソーシャルビジネスのボランティア活動と違うところは、作業の有償化によるモチベーションの維持、責任感にあるとされるが、具体的ニーズ、顧客がなければどうにもならないのである。もし具体的なニーズがつかめていないのであれば、ボランティア活動から始まり有償化へと静かに動き出すというのが基本であろう。
by bonjinan | 2009-04-24 23:31 | 企業・起業