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マドリッドからコルドバへAVEの旅

スペイン旅行のスタートはマドリッド(Madrid)からだった。マドリッドからコルドバ(Cordoba)へはスペインの高速鉄道・アベ(AVE)に乗車した。長距離移動にはやはり新幹線が便利だ。
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↑ アンダルシア方面などへの発着駅となるマドリッド、アトーチャ駅の旧駅舎正面。
アトーチャ駅(Estacion de Atocha)はAVEなど長距離線の発着するプエルタ・デ・アトーチャ駅(Puerta de Atocha)と近郊線のアトーチャ・セルカニアス駅(Atocha Cercanias)の二つからなる。
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↑ 植物園風の構内(旧駅舎プラットフォーム、待合室跡)。
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↑スペイン国鉄(RENFE)が運行する高速鉄道アベのプラットフォームへ。
04年3月11日の列車爆破事件(3.11事件)以来、荷物のX線検査を受けての入場となっている。
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↑オリーブ畑が延々と広がる。スペインはオリーブの生産量世界一。
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↑コルドバへは2時間弱の旅。もうしばらくで到着。広大な大地を移動するにはやはり便利が良い。
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by bonjinan | 2014-07-01 12:10 | 旅、散歩 | Trackback

プラド美術館@マドリッド

スペイン旅行から約1か月強、プラド美術館見学の記憶を書きとどめておこうと思う。
大きな美術館での美術鑑賞はとても難しい。それも海外旅行中となると時間の制約があるから一層難しい。今回のスペイン旅行では、マドリッドの観光の中心はプラド美術館、観賞する作品はとにかくガイドブックに出てくる有名なもの数点と決めていた。今振り返ってみて満足できる見学となった。

(コレクションの特徴)
プラド美術館は所蔵絵画が約8,000点、展示されている作品だけでも約3,000点と言われる。コレクションの特徴は、スペイン絵画の黄金時代といわれる17~18世紀の作品が中心だが、フランドル絵画、イタリア絵画などスペイン王室のセンスで収集されたものが多く味わい深い作品が多いこと。

(重点的に観賞した絵画)
①ディエゴ・ベラスケス ≪ラス・メニーナス(女官たち)≫ 1656年頃
皇女マルガリータと女官たち、国王フェリッペ4世とマリアーナ王妃、ベラスケスがあたかもそこに実在するかのような作品。しかし観れば観るほど作者の隠されたメッセージがあるのではないかと謎解きの世界に引きこまれる。明暗からすれば主役は明らかにマルガリータ王女であるが、登場人物の視線からすればこの絵は国王から絶対的信頼を勝ち得たベラスケス自身の自画像に他ならないと思えた。実際当時の常識では宮廷画家が王族と同じ絵に描かれるなどということはなかったという。

②フランシスコ・デ・ゴヤ ≪カルロス4世の家族≫ 1800年
ヨーロッパ各国で君主制が危機にあった時代の作品。人の良い国王と悪名高い王妃を中心に据えながらもこの絵では家族の結び付きの強さを表現している。しかしなぜか目線は青い服装の皇太子(後のフェルナンド7世)と背後のゴヤに移る。ベラスケス同様、王家の観察を踏まえその将来を洞察し描いたと思われる。

③ゴヤ ≪裸のマハ≫ 1797~1800年頃、④ゴヤ ≪着衣のマハ≫ 1800~1805年頃
上野・西洋美術館で2011年に④は公開されたが③④両者を並べて観るとその迫力に圧倒される。

⑤ゴヤ ≪1808年5月3日の銃殺≫ 1814年 戦争の非道を訴える傑作。
1808年5月3日未明、マドリード市民の反乱を鎮圧したナポレオン軍が市民を銃殺する場面。処刑隊とて人の子、直視することができず下を向いている。これは気づかなかったが今まさに銃殺されようとする白い服の男性の右手には殉教者の証、聖痕が描かれているという。
ゴヤの作品②~⑤をみただけでもモチーフが多岐。表現力豊かな画家であることを知る。

⑥エル・グレコ ≪胸に手を置く騎士≫ 1580年頃 
肖像画というジャンルは、ルネサンス時代に政治権力に仕えることの一環として、権力者の姿を描くことから始まった。しかし16世紀末、エル・グレコはトレドで、都市に生まれつつあった市民社会を構成する人々の肖像画を描き始めた。その初期の作品と考えられている。

⑦フラ・アンジェリコ ≪受胎告知≫ 1426年頃 
中世以来、最も人気のあるシーンでフィレンツェの修道僧アンジェリコはこの宗教的主題を何枚も描いている。観た絵にはエデンの園を追放されるアダムとイブ、聖母マリア様の生涯のエピソードが加えられていた。

⑧ヒエロニムス・ボス ≪七つの大罪≫ 15世紀最終期
ネーデルランドの画家で≪愚者の船≫で知ってはいたが実際にボスの作品を観賞したことはなかった。七つの大罪は、仏教における地獄・極楽、勧善懲悪との対比で興味があった。七つの大罪として、上から時計まわりに、怠情、色欲、傲慢、憤怒、嫉妬、貧欲、貧食を、四隅には左上から時計まわりに、死、天国、最後の審判、地獄を描いている(七つの大罪と四終)。イエスの下には「汝ら心せよ、主は見そなわし給う」とも書き、キリスト教の説く道徳感を表現している。宗教、時代が違っても民衆に求める道徳は同じと思えた。ただボスは民衆を念頭に描いたのではなく、ビザンツ帝国がオスマン帝国に滅ぼされ、またペストなどの伝染病がが流行し、人々が恐怖におののいていた中で、聖職者が堕落しきっていたことから、聖職者への批判も込められていると言われている。
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   ゴヤ像側から見たプラド美術館(MUSEO NACIONAL DEL PRADO)

追加、「ソフィア王妃芸術センター」
おもに20世紀の現代アートを所蔵する美術館。閉館間際に入館したので時間がなく、一目散にピカソ≪ゲルニカ Guernica>>に駆け寄った。ゲルニカはバスク地方の小さな町。1937年4月26日、ドイツ軍機ユンカースによって爆撃された。ゲルニカは戦争への怒りと生命の尊さを訴える。

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   ソフィア王妃芸術センター
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by bonjinan | 2014-07-01 10:58 | 文化・歴史 | Trackback(1)

メスキータ@スペイン・コルドバ

赤と白を組み合わせた二重アーチとこれを支える柱が林立することで知られる「メスキータ」に入った。後ウマイヤ朝を創始したアブデラフマーン1世の命により、785年建設が始まり、その後の歴代カリフによって増改築され10世紀後半に完成したモスク。当時、2万5000人のイスラム教徒を収容できたという。しかしレコンキスタが進行していた1236年にはコルドバが再びキリスト教徒に征服され、メスキータはカトリックのカテドラルとなり、今日に至っている。イスラムの繁栄を今に伝える文化遺産。もちろん世界遺産。
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   ↑ 円柱の森。かつては1000本以上あったが、カテドラルへの改築により、現在約850本
    と言われる。
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   ↑ ミフラブ:イスラム教徒(ムスリム)が祈りを捧げるメッカの方向を示すくぼみ。
    モスクで最も大切な所。壁にはコーランの一部が刻まれ、金のモザイクで飾られている。
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   ↑ マクスラ:ミフラブを囲む荘厳な空間。
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   ↑ 華麗な多弁型二重アーチ
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   ↑ メスキータの中央部に建てられたキリスト教の中央祭壇。
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   ↑ オレンジの中庭からみるアルミナールの塔。モスクのミナレットが聖堂の鐘楼となった。
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   ↑ オレンジの中庭。モスクの時代には身を清める場所だった。
    オレンジの木はキリスト教の時代に植えられた。今は市民憩いの場所にも。
      
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by bonjinan | 2014-06-29 18:37 | 旅、散歩 | Trackback

ローマ橋@コルドバ

  紀元前にローマ帝国が建設した町、スペイン、コルドバ(Cordoba)。
  メスキータ(Mezquita)の南、グアダルキビル川に架かる橋がローマ橋。
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  プエンテ門(ローマ橋側):かつては城壁の一部だった。
  メスキータ側から来るとこの門。アルカサル通りを挟んでローマ橋。
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  アルカサル通り:パティオ祭りは過ぎたのだが。花飾りをつけた馬車の列が通り過ぎた。
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  ローマ橋とカラオーラの塔
  古代ローマ時代に造られた橋の土台の上に幾度となく修復を繰り返してきたという。
  カラオーラの塔はイスラム時代の要塞。
  グアダルキビル川を南に下る(写真の左方向)とセビーリャ。

  補足:第5代ローマ皇帝ネロの家庭教師、帝国の政治家、ストア派の哲学者、詩人
  セネカ(前27-後68)はコルドバで生まれている。
  コルドバはローマ帝国属州の州都であった。
  参考:2011.1.31記事「セネカの言葉」
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by bonjinan | 2014-06-29 18:13 | 旅、散歩 | Trackback

旧ユダヤ人街@スペイン・コルドバ

スペイン、コルドバは古代ローマ時代には属州の首都、イスラムの時代には後ウマイヤ朝(756-1031年)の首都として繁栄した。10世紀頃には最盛期を迎え、政治の町であるばかりでなく、古今東西の文化の中心地としてヨーロッパ各地から人が集まり、50万人とも100万人とも言われる人口を擁した。メスキータ(イスラム教のモスク)は殊に有名だが、その北に迷路のように路地が入り組んだユダヤ人街が広がる。イスラム時代には徴税等経済を支える存在として歴代カリフから厚遇されたユダヤ人が住んだがレコンキスタが完了した1492年には追放された。今は世界遺産「コルドバ歴史地区」の一部として観光客で賑わう。
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   ↑ 写真スポットとして人気の「花の小道」:メスキータのミナレット(尖塔)がはいる。
    個人旅行で行った友人は分からなかったというが、確かに狭く、かつ袋小路。
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   ↑ 小さなモスク。イスラムの時代には約300のモスクがあったという。
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   ↑ 町の広場に咲くハカランダの花。まぶしい紫色だった。
    ハカランダ/ジャカランダ(Jacaranda):ノウゼンカズラ科 世界三大花木の一つ     
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by bonjinan | 2014-06-29 17:44 | 旅、散歩 | Trackback

アルハンブラ宮殿@スペイン・グラナダ

スペイン旅行から帰って約1か月。みどころ多いスペインでしたが、南部アンダルシア地方で印象に残るのは何と言ってもイスラム芸術の最高傑作と言われるアルハンブラ宮殿(グラナダ)。
建築美、装飾美、庭園美に驚かされる。
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ライオンの中庭:庭の中央に12頭のライオンが支える噴水があり、噴水を中心に十文字に切られた4本の細い水路に泉水が流れる。「獅子のパティオは、イスラム教徒の全能の神アッラーの楽園に似せられて造られた地上の楽園とされる。」(『ことばコンセプト辞典』第一法規)。また中庭の周囲には124本の細い大理石の柱が立ち並ぶ回廊がめぐらされている。柱の上部のアーチも美しいが、アラベスク模様の透かし彫りはさらに美しい。
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パルタル庭園:西欧の庭園とは違って権力を誇示するものではなく、砂漠の民にとっては水と緑あふれる庭園は天国の様相を現す楽園だったようだ。「緑の園がふたつもあって・・・さまざまな木々が茂り・・・さらさらと泉水が流れ・・・あらゆる種類の果物が実り・・・」(『コーラン』井筒俊彦訳、岩波文庫)。「それまでの宗教と比べ、聖典に天国は庭園であると明記し、庭園と天国は密接なものとしている」(深見奈緒子編『イスラム建築がおもしろい!』彰国社、2010年)。
庭園の先に見えるのは通称、貴婦人の塔。

以下、アルハンブラ宮殿の建築美を細部から再確認
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by bonjinan | 2014-06-24 19:28 | 旅、散歩 | Trackback

ヘネラリフェ庭園@スペイン・グラナダ

アルハンブラ宮殿(スペイン、グラナダ)を大きく分けると最も古い城塞部分であるアルカサバ、ナルス朝宮殿(王宮)、カルロス5世宮殿、夏の離宮ヘネラリフェ庭園の4つに分けられる。その内、特にナルス朝宮殿は華麗な建築様式と装飾美で私たちを魅了するが、ヘネラリフェ庭園は砂漠の民が夢見た水と緑の織り成す庭園美で魅了する。もし近くにあるならば何度でも行きたくなる癒しの空間であった。
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   離宮中央に位置するアセキアの中庭。アセキアとは水路、掘割の意だという。
   シェラネバダ山脈から引いた清らかな水が噴水として上がり水路を静かに流れる。
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   アセキアの中庭の横にある庭園。
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   離宮から眺めるアルハンブラ宮殿とグラナダの町。
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   離宮上段の庭。
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   離宮下段の庭。水と緑が暑いアンダルシアの地であることを忘れさせる。
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   離宮下段の歩道。刈り込まれた糸杉と花壇の花も美しいがモザイク模様の歩道も美しい。
   ジャスミンの花咲く歩道もある。
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   歩道から眺めるアルハンブラ宮殿。じっと眺めていたくなる風景だ。

参考:アルファンブラ宮殿公式パンフレッドより
GENERALIFE:The Generalife area includes the lower gardens, and the Generalife Palace
and upper gardens. It was constructed as the leisyre area of the Granadan monarchs,
where they escaped from the official routine. Do not miss Lower Generalife gardens,
Patio de la Acequia(Court of the Water Channel),...
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by bonjinan | 2014-06-20 10:27 | 旅、散歩 | Trackback

スペイン、幻想的光景の町「トレド」 sanpo

マドリッドから南へ約70Km。繁栄した時代をそのままに時間が止まったような町「トレド」がある。タホ川を挟んだ高台から町を見ていると幻想の世界にいるのではないかと思えてくる。
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  ↑ 幻想的光景のトレド:眼下にタホ川、写真中央左にカテドラル、右にアルカサル。
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  ↑ トレドは古代ローマ時代から要塞都市として栄えた。以後、支配者が代るたび、建物は
    スクラップアンドビルドされ建材はリサイクルされた。壁にはそんな痕跡が伺える。
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  ↑ カテドラル:1226年に建設が始まり1493年に完成した大聖堂。スペイン・カトリックの
    総本山。
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  ↑ キリスト教の世界を絵で説く主祭壇。堂内には聖体祭の日だけ外でお披露目される聖体顕示
    台もある。
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  ↑ エル・グレコ作 『聖衣剥奪』 が掲げられた聖具室。トレドはグレコが半生を過ごした町
    でもある。
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  ↑ サント・トメ教会。トレド観光では必ず組み込まれるという。ギリシャ人ながらトレドを
   こよなく愛したグレコ作『オルガス伯の埋葬』を観賞できる(写真撮影禁止)。
   肉体は土に魂は天国に昇天する不思議な絵だ。
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by bonjinan | 2014-06-11 12:12 | 旅、散歩 | Trackback

スペイン、セビーリャのカテドラル

スペインの旅、アンダルシアの州都セビーリャの世界遺産、大聖堂(カテドラル)を訪ねた。カテドラルは、その昔はイスラム寺院(モスク)であったが、レコンキスタが完了しつつあった15世紀初頭、「後世の人が驚くほど大きなカテドラルを建てよう」との決定を受け約100年後の1519年に完成したキリスト教聖堂。世界ではローマのサン・ピエトロ大聖堂、ロンドンのセント・ポール寺院に次いで3番目の規模だという。みどころはたくさんありますが、ここではスペインに莫大な富をもたらしたコロンブス(ca1451-1506)の墓、モスクの尖塔(ミナレット)に鐘楼が追加された「ヒラルダの塔」からの眺めをアップします。
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カテドラル:イスラム的文様とゴシック建築と、スペインらしい風景。
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コロンブスの棺を担ぐ当時の4人の王。
セビーリャは、グアダルキビル川を通じて大西洋につながる港湾都市として中世から栄え、アメリカとの貿易では独占港として繁栄した町ならではのモニュメント。剣でザクロを刺す姿はレコンキスタの完成(1492年)を象徴している(イスラム最後の王朝があったグラナダの地名はスペイン語でザクロを意味)。
ガイドブックによると、「4人の王は当時スペインを構成したレオン、カスティリア、ナバーラ、アラゴンの王」となっているがレオン王国はカスティリア王国に統合され1252年には消滅しており、またコロンブスが亡くなったのは1506年だから、レコンキスタに貢献した王たちとして理解するのが正しいのだろう。なおザクロを剣で刺しているのは身に着けた国章からレオンの王と思われる(正面にライオンの紋章)。
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ヒラルダの塔:高さ97m
鐘楼の先端のブロンズ像が風向きによって向きを変えるのでヒラルダ(風見)の塔と呼ばれる。
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ヒラルダの塔から眺めるオレンジの中庭。
塔の中は階段ではなくスロープだからゆっくり歩けば簡単に上がれると言われてついつい調子に乗って上がってしまった。最後になると結構きつかった。(馬でもあがれるようスロープにされたようだ)
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街の風景。白い壁と観光馬車。のどかなアンダルシアの風景でした。
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by bonjinan | 2014-06-09 15:26 | 旅、散歩 | Trackback(1)

スペイン広場@セビーリャ

 1929年に開かれたイベロ・アメリカ博覧会の会場として造られた半円形広場。
 ムデハル様式の建物の下にはスペイン各県の特徴や歴史的場面を描いた58のベンチがある。
 セビーリャ市民の憩いの場となっているという。
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   ↑ スペイン広場
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   ↑ ムデハル様式の建物
   ムデハル:レコンキスタ以降、キリスト教支配下のスペインにとどまったイスラム教徒。
   その生み出した建築様式(大辞林)。
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   ↑ タイルで描かれたベンチ。

   補足:スペイン広場
   スペイン広場と名の付く広場は小さなものまで含めると数多くある。
   その中で世界的に有名になっているのは①映画「ローマの休日」で有名なスペイン階段の
   あるスペイン広場、②ドンキホーテの像があるマドリードのスペイン広場、
   ③ここセビーリャのスペイン広場。
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   ↑ マドリードのスペイン広場 セルバンテス没後300年を記念して造られた。
   文豪セルバンテス像とドン・キホーテとサンチョ・パンサ像  
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by bonjinan | 2014-06-09 13:15 | 旅、散歩 | Trackback