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青もみじ@嵯峨野・常寂光寺

  京都屈指の紅葉の名所、嵯峨野・常寂光寺の”青もみじ”を楽しんできました。
  夕立の過ぎた午後、陽の光に青もみじが映えていた。
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  茅葺の仁王門と参道に覆いかぶさる青もみじ。
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  苔むした参道。
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  本堂。桃山城客殿を移築したものという。
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  境内一杯に植えられたもみじ。
  常寂光寺の辺りは藤原家の風雅な山荘跡と言われる。
  石碑に「小倉百人一首編纂の地」とあり。
  藤原定家「忍ばれむ物ともなしに小倉山 軒端の松ぞなれて久しき」(拾遺愚草)
  常寂光寺は別名「軒端寺(のきばじ)」とも言われる。
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  多宝塔。常寂光寺は小倉山の麓、嵯峨野の町を見下ろせる。
  貞信公「小倉山峰の紅葉ば心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ」(百人一首26)
  藤原忠平が宇多上皇のお供で小倉山で遊んだ際、法皇が醍醐天皇にも見せたいものだと
  仰ったことを受け、上皇に代りお気持ちを詠ったとされる。小倉山の紅葉はそれほどす
  ばらしいということだ。秋の紅葉の時期にはまた訪ねたいと思う。

  参考:常寂光寺ホームページ

 (補足)菅原道真の事
  宇多法皇、藤原時平を出せば時平の政敵、菅原道真を出さないわけにはいかない。
  宇多天皇は藤原基経の死後、時平が若かったことから菅原道真を登用。宇多が譲位して後、
  時平が左大臣、道真が右大臣と両者並び立つが、昌泰の変(901年)により道真は大宰権帥
  に左遷される。この間、道真も宇多上皇の奈良への御幸に同行し歌っている。
  菅家「このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに」(百人一首24)
  この歌も宇多上皇の気持ちを代弁し詠ったものだが、どこか神様と神様の会話とも読み取
  れると論評されている。*幣(ぬさ):神に祈る時に供える捧げ物。
 
  
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by bonjinan | 2012-05-31 16:13 | 旅、散歩 | Trackback
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