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コペルニクスの仕掛人

デニス・ダニエルソン 『コペルニクスの仕掛人』 東洋書林、2008.7 を読んだ。
ニコラウス・コペルニクス(1473-1543)は「コペルニクス的転回」で知られるよう、古代ローマ時代から中世を通じての絶対的な宇宙観であった「プトレマイオスの天動説」に代わりある種の相対論である「地動説」を唱えたことで知られる。(当時は大航海時代、星の観測で船の位置を確認していたが、火星の観測で順行と逆行があることが知られ大問題になっていたことへの解釈として提示した)だがそれ以上のことはあまり知られていない。本書を読むと、コペルニクスはポーランドのバルト海に近い小さな町の著名な行政官、医者ではあっても無名のアマチュア天文家に過ぎなかったこと、彼を歴史上の天文学者に仕立て上げたのは若き天才数学者ゲオルク・レティクス(1514-74)であったことを知る。二人の出会いからはじまってコペルニクスが地動説を主張したことの証となる著作『天球の回転について』(1543年刊)の刊行に至るまでを鮮明に描いている。歴史に if はないというがまさに「レティクスなくしてコペルニクスなし」と主張する書である。

補足:コペルニクスの生きた時代(本書からの整理)
イタリアではレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)が、ドイツではルター(1483-1546)が活躍したいわゆるルネサンス期にあった。ルネサンスは直訳すると再生だがその本質は古典の再解釈であった。ルターが神のことばの書物(聖書)の再解釈にあたったとすれば、コペルニクス、ダヴィンチは神の作品の書物(創造物)の再解釈に取り組んだのだと言える。また後年、ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が「宇宙という壮大な書物は数学のことばで書かれている」と述べているように再解釈するための新たな知見、手法が模索される熱気あふれる時代でもあった。因みに前出レティクスは幾何学と三角形の専門家でもあった。今でいう三角関数表などを著した。これは余談となるが、コペルニクスは経済学に関する著作『貨幣制度に関する小論』の中で「悪貨は良貨を駆逐する」を述べているという。いわゆるグレシャムの法則を最初に体系化したのはグレシャム(1519-79)ではなくコペルニクスだという。ルネサンス期はまことに多才な人材を輩出したものだ。

補足:『天球の回転』における隠れた成果
本書では、観測に基づく各惑星の配置(内側から水星、金星、地球、火星、木星、土星)が初めて示されていること。

補足:『週刊エコノミスト』(2016年5/31号)より
もう一つ。コペルニクスの生きた時代のヨーロッパ社会は、それまで数百年間ほぼ安定していた物価が突然上昇し大混乱になっていた。コペルニクスはインフレの原因を考察し国王に提出した。これによると航海技術の発展で新たな航路が開拓され、アメリカ大陸から金銀が大量に流入するようになり、それが通貨として使われたため通貨総量が増加し通貨価値が下落し、物価が上がったと述べているという。「悪化は良貨を駆逐する」と並び「金融緩和」の本質を観察していたことになる。
参考:2011.1.19ブログ(科学ってなに?)2010.9.6ブログ(美の構成学)

補足:オッカムの剃刀
「ある事柄を説明するために、必要以上に多くを仮定すべきではないとする考え方で思考節約の原理と呼ばれる。オッカム(1285-1349、通称はイングランド・オッカム地方のウイリアム)はキリスト教とアリストテレスの天動説とを結びつけたトマス・アクイナスと同じスコラ学の代表的神学者。しかし学問上はアクイナスに反対する立場をとり、アリストテレスの自然学についてもすべて受け入れる必要はないと考えていた。コペルニクスがこのオッカムのことを知っていたかどうかは分からないが、天動説では順行・逆行を説明するのに80個を越える周転円という、あまりに多くの仮定を必要としていたのに対して、コペルニクスの地動説では地球の公転という発想の逆転以外には、追加する仮定は一つもありませんでした」(三田一郎『科学者はなぜ神を信じるのか』講談社より抜粋)
by bonjinan | 2012-02-16 20:25 | 読書