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パンジー

  春到来。殺風景だった公園の花壇がにぎやかになってきました。
  パンジーの青紫が鮮やかでした。
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  パンジー:スミレ科  別名:三色スミレ  英名:Pansy
  @横浜、港の見える丘公園
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# by bonjinan | 2017-03-07 18:33 | 季節の花 | Trackback

沈丁花

  春の訪れを香りで知らせる沈丁花が咲きだしてきました。
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  ジンチョウゲ:ジンチョウゲ科    英名:Winter Daphne
  名前の由来は香木の沈香のような良い匂いがし、丁子のような花をつけることによる。
  金木犀(キンモクセイ)、梔子(クチナシ)と並び三大香木の一つ。
  香りの広がりでは一番ではないでしょうか。 
  花木は見えなくてもどこからともなく匂いが漂ってくる。
  @横浜山手、横浜地方気象台前
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# by bonjinan | 2017-03-05 20:06 | 季節の花 | Trackback

梅と桜と

 新宿御苑を歩いてきました。梅が咲き早咲きの桜(寒桜)がみごろ。
 冷たい風が吹いていますが春は着実に近づいている。
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 日本庭園の梅。
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 同じく日本庭園のカンザクラ。
 寒桜にも1月頃から咲くものもあれば今ごろ咲くものもありいろいろ。
 修善寺寒桜、オカメ桜、河津桜も咲いていました。
 その他、春の訪れを象徴するフクジュソウ、サンシュユも見ごろ。
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# by bonjinan | 2017-02-21 16:22 | 季節の花 | Trackback

しまなみ海道

 しまなみ海道(愛媛県今治市~広島県尾道市)のうち愛媛県側の島を回った。
 (県境は多々羅大橋で、大三島側が今治市、生口島側が尾道市)
 天気が良く、風もなく、観光には最高の陽気だった。
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 来島海峡SAから望む来島海峡大橋方向
 来島海峡大橋は来島海峡を挟んで今治と大島間に架かる。
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 村上水軍博物館(大島)から望む伯方・大島大橋方向
 村上海賊(村上水軍)のこと
 14世紀頃から瀬戸内海で活躍した一族。能島・来島・因島に本拠をおいた三家からなる。
 最近は「水軍」ではなく古文書などでも記されてきた「村上海賊」と呼ぶことが多いという。
 村上水軍については多くの歴史物語が残されているが、毛利元就に歴史的大勝をもたらした
 1555年の厳島の戦いは有名だ。 
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 伊予国一の宮、大山祗神社(大三島)
 海や山の神として、水軍、朝廷や武家の信仰を集め、戦勝の御礼に武具、甲冑などが奉納
 された。宝物館には国宝、重要文化財が数多く収納、展示されている。
 境内には樹齢2000年とも3000年ともいわれるクスノキの巨木(ご神木)がある。

関連ブログ:2009.5.26”しまなみ海道”

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# by bonjinan | 2017-02-20 07:09 | 旅、散歩 | Trackback

愛媛、道後温泉

  道後温泉に何年振りかで浸かってきました。
  いい湯でした。石手寺にもお参りしてきました。
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  道後温泉本館(1894年竣工)
  道後温泉は文献に表れるわが国最古の温泉。中でも道後温泉本館は町のシンボル的存在。
  夏目漱石が通ったことで一層有名にしている。
  この歴史ある建物がえひめ国体終了後の今年10月頃から耐震補強工事に入るという。
  道後温泉の顔であるが故に、全館休館にして工事するのか、営業しながら工事するのか、
  最終決定に至っていないという。いづれにしても約10年はかかるという。
  とりあえず外観を見ることができて良かった。
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  四国霊場、第51番札所「石手寺」(いしてじ) 本尊:薬師如来
  石手寺は、遍路の元祖とされる「衛門三郎」再来伝説ゆかりの寺。
  薬師如来さまには健康のことなどいろいろお願いした。
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# by bonjinan | 2017-02-19 13:36 | 旅、散歩 | Trackback

愛媛、宇和島、天赦園

宇和島、国指定名称「天赦園」(TENSHAEN)を訪ねた。宇和島藩七代藩主・伊達宗紀(号:春山)が退隠の場所として、二代藩主・宗利の造成した浜御殿の一部を大改造して竣工(1866年)した池泉回遊式庭園。浜御殿と言われた場所だけに庭園の西側は海だったようである。
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庭園の南側からみた園内の風景
池の向こう岸に「春雨亭」(書屋)。愛書家であった春山公は、ここで余生を楽しみながら数多くの書を残し、明治22年(1889年)、百歳の天寿をまっとうしたという。
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庭園の北側からみた園内の風景
天赦園には三つのこだわりがみられる。一つは石組、特に子孫繁栄を願っての陰陽石。二つ目は伊達家の家紋「竹に雀」にちなんでの竹や笹。19種類の竹や笹が植栽されているという。写真左手前の竹は蘇方竹(スホウチク)。三つ目は伊達家の先祖が藤原鎌足であることから何カ所かに「藤だな」を配していること。写真の向こう側に見えるのは「白藤太鼓橋」。西側を西方浄土(写真左側)に見立て、浄土に渡る掛橋とイメージしたようである。
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天赦園から望む宇和島城天守
築城は藤堂高虎。高虎は後に、伊勢津藩22万石の藩主として加増移封されている。

参考:宇和島市ホームページ

補足:他藩との姻戚関係
初代藩主・伊達秀宗:仙台藩主伊達政宗の庶長子。秀宗の妻:彦根藩初代藩主・井伊直政の娘。
2代藩主・伊達宗利の娘:信濃松代藩3代藩主・真田幸道の正室。
3代藩主・宗贇:仙台藩第3代藩主伊達綱宗の三男。
8代藩主・宗城の子、幸民:信濃松代藩10代藩主(松代藩最後の藩主)真田幸民となる。
以来、真田家本家は両養子となり伊予伊達家の血筋となった、・・・など。
※NHK大河ドラマとの関連
井伊直政は井伊直親の子。直親(亀之丞)は井伊直虎(おとわ、次郎法師)の許嫁。
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# by bonjinan | 2017-02-18 18:34 | 旅、散歩 | Trackback

愛媛・内子町、町並み散歩

 愛媛、内子町の町並保存地区を歩いてきました。
 内子町は江戸後期から明治にかけて木蝋生産で栄えた町。
 白壁、なまこ壁の美しい町並みが続く。
 手間暇かけてつくった建物は時代を超えて美しい。
 町内には全国的にも有名な内子座がある。 
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 重文・大村家住宅、本芳我家住宅付近
 よく見ると鏝絵(こてえ)、懸魚(げぎょ)などの豪華な装飾も見られる。
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 重文・木蝋資料館上芳我邸
 木蝋商だった上芳我邸の内部が公開されているほか、原料となるハゼの実から木蝋を生産
 する工程を知ることができる。
 
 参考:内子町公式観光サイト  
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# by bonjinan | 2017-02-18 06:56 | 旅、散歩 | Trackback